ペンは剣よりも強し
大雨をみてると思い出す。
でかいカミナリが鳴って、いきなり彼女に抱きつかれたことを。
でかいカミナリが鳴って、桜とデートの約束をしたことを。
あと、ひとつ前のループでは、あの安藤と予想外のアクシデントがあった。
10月3日は特別な日なんだ。
今日だって…………例外じゃない。
「ラブレター!?」
「そう」
登校のときの校門前。
黒いカサをさした深森さんが、ゆっくり横顔を向けた。
「それって、だれに……」
「『だれに』を説明しないとわからないほど、あなたはあほではないはず」
「も、モアに……だよな」
深森さんがおれのほうを見る。
気持ち、ちょっとあごをひいて、上目づかいぎみに。
「放課後までにぜんぶ書き上げて」
「えっ? ほ、放課後っ!? うそだろ。せめて明日とかでいいんじゃ……」
「文句ある」
あっても却下、といわんばかりのど迫力。
――というわけで、なかばムリヤリ決められてしまった。
まずい。ひじょうにまずい。
六時間目。最後の授業。外の雨は、にわかにいきおいを増してきている。
(たったの一文字も書けてないっっっ!)
どうする?
あの『恋愛心理学』の本にも、さすがにラブレターの書き方まではのってなかったぞ。
昼休み、友だちの優助に相談してみても、「やー、直接コクんのがいんじゃね?」とまったく参考にならなかったし。
(時間がない……もう、なるようになれ‼)
カリカリカリカリ、とあまりにも加速がつきすぎて、となりの女子にヘンな目でみられてしまった。
気にするな。集中集中。おれはまた便せんに視線をもどして、カリカリとシャーペンをすべらす。
残り5分、からのドトウの追い上げだった。
(ふう~~~~~~っ)
どうにか完成はした。
じゃあこの手紙を折りたたんで、深森さんがくれた封筒にいれて……
(ん? いま気づいたけど、これってハートか!?)
おもわず二度見してしまった。
封筒といっしょに受け取ったときは、シールまであるなんて用意がいいな、ぐらいにしか思わなかったから。
ハートだと……。
ハート。
しつこいがハート。
あの深森さんが―――――
(うおっ!!!?)
がたーっ、とイスからころげ落ちそうになった。
となりの女子に、またしてもヘンな目でみられる。
(こ、これは彼女のほうに視線を向けてたから……だよな。そうだと思いたい)
それでも超人的なんだが。ノールックでうしろからの視線を察知できるとか、スゴすぎないか?
サッ、と深森さんは肩ごしにおれをチェックしていた姿勢を元にもどす。
(いや……もしかして「書けた?」っていう意味だったのかもな)
もしくはただの偶然。
ともあれ、赤いハートのシールで封。
これで、準備はOK――ってわけか。
「かして」
手のひらを上に向けて、まっすぐおれに伸ばしてくる。
放課後。
とりあえず人目のないとこへ、というわけでおれたちは二人で階段を上がった。
三階から屋上につづく部分のおどり場のところで、この一言だ。
イヤな汗がじわっと出た。
「え、えっと……何を?」
「ラブレター」
「あー……もうシールを……」
関係ない、と深森さんは胸のまえに垂らした二本の三つ編みごと、腕を組む。
「一回はがしたぐらいならまたはれる。はやくかして」
ギラッ、とメガネごしにするどいまなざし。
どうやら問答無用らしい。
おれはあきらめた。
「いい? これはデータとして私が知っておくために必要な手続きなの。けっして好奇心からではないから」
と言いながら、どことなく表情がニヤニヤしてるような……。
気のせいレベルで、ほかのクラスメイトがみても無表情にしか見えないだろうけど。
ずいぶん長くつきあってもらって、おれもけっこう彼女のことがわかってきたみたいだ。
(もっとはやく話しかけてたら、よかったな)
おそらくループが終わると、優助や萌愛はともかく、この深森さんと再会することはできないだろう。
おれにはそんな予感が…………
「萌愛へ。おれたちが知り合って、もうどれくらいになるんだろう。思えば、おれのとなりには」
(まさかの音読っ‼)
「いつもおまえがいた気がする――。まあ、わるくない書き出しね」
「いやあの、できれば声にださすに……」
「萌愛。じつはおれは、まだ」
ピクッ、と深森さんの片方の眉がうごいた。
「まよっているんだ……? 別所くん。これはいったいどういうこと?」
「正直な気持ちだよ」おれは階段の折り返し部分の手すりに背中をつける。「あいつにウソはつきたくないからさ」
じと……というフキゲンそうな目つきになったが、また手紙に目線をもどした。
「この気持ちを伝えていいのかどうか、わからない。おれたちが幼なじみなのは、この先もずっと変わらないだろう。だから、ぎこちない関係になりたくないんだ。でも―――――」
決心した。
伝えるよ。
萌愛のことが好きだ。
――頭の中で自分の声のナレーションが流れる。「でも」から先、深森さんは声に出さなかった。
「あっ」
階段の下から声。
なんか逃げるようなそぶりをしたので、おれはあわてて追いかけた。
「まって! 小原さん」
立ち止まってふりかえったのは、つぶらな瞳の、肩ぐらいまでの長さの髪の女子。
「いや……なんかごめんなさい、おじゃましちゃったみたいで……」
「ジャマもなにも、べつにそういうんじゃないんだ」
「ほんとに?」
そこでおれと目が合って、ふむ? という表情で顔が少しななめになる。
「知らない人だなーと思ってたけど、同じクラスの」
3秒か4秒、窓の外からの雨音だけの時間になった。
そのみじかい時間で、おれは彼女といっしょにすごした日々があることを、なつかしく思い出した。
「……えと、ごめんね、誰くんだったっけ?」
「別所です」
「だよね」と、いかにも知ってたみたいに言い返して、ちょっとズルい。「ところであのさ」顔を近づけて、ひそひそ声でいう。「あそこにいたの、もしかして深森さん?」
「そうだよ」
「告白?」
「ぜ、全然ちがうよ。ただ世間話してただけなんだ」
ふーん、と桜がいたずらっぽく目をほそめて、片手を口元にあてる。
「おしゃべりにしちゃあ場所がちょっとねぇ……」
「カンベンしてよ、小原さん」
一瞬で、あはは、と明るい表情に変わる。
ははっ、とおれも笑ってノリを合わせた。
で、階段のほうをチラッと見ると―――
(いない!? 移動してる!)
だがどこへ? しかも、おれのラブレターをもったままで。
教室。その近くの廊下。階段の下。ダッシュで一回りする。
どこにもいない。
(え?)
靴箱の前に立っているのは、萌愛か?
とっさにおれは柱のカゲに身をかくしてしまった。
いつかと同じ場所だ。
――「もう。バレるからそんなに身を乗りださないで」
――「ごめん」
脅迫状のアレ。そんなこともあったな。
とにかく、いったんここからあいつの様子をうかがおう。
(なんか手に持って読んで…………おい、まじか!!!??)
あれはまぎれもなくラブレター。
〆切に追われて必死に書き上げたラブレターだ。
奥のほうになっててよく見えないが、左手にはたぶん、封筒をにぎっていると思う。
カッ、とはげしい閃光が走った。
しかしラブレターをみつめている萌愛は、びくともしない。
おれも正直カミナリどころじゃない。
(黙読もけっこうキツいもんがあるよな……この待ってる時間が)
なんか体のどこかがキリキリしてくる。
くっ。
もういっそ、ラクになるか。
「モア」
「わっ‼ びっくりした!」
「それ読んで……くれたか?」
「……」
「だまるなよ」
「知らないじゃん」
すっ、とあいつは紙をスクールバッグのポケットにさしこんだ。
「私、もう帰るから」
「まてよ。こんな雨だし、よかったらいっしょに帰らないか?」
「……」
「だまるなって」
「だまるでしょ。ほんとに、いつもいつもなれなれしいんだから……」
「モア」
「バカ。『モア』って呼ぶな」
とんとん、靴の先で地面をけるあいつ。
ばさっ、と傘をひろげるあいつ。
そしてとり残される、おれ。
あいた正面玄関から吹き込んでくる風で前髪が巻き上がった。
「やっと理解できた? 今の彼女が、あなたにどれだけ冷たいかを」
うしろを向くと、三つ編みに片手をそえた深森さんが立っていた。
セーラー服の赤いスカーフが、生きものみたいにバタついている。
「あなたにてっとりばやくわかってもらうために、大事な手続きだったってわけ。……ねえ、きいてる?」
ひどい大雨の中をパタパタ走ってゆく萌愛の小さい背中。
注意してないとすぐに見失うぐらい、まじで小さい。
「別所くん。これはあなたの、あなた自身さえ知らない本当の〈10月〉―――――――」
そのとき。
真っ白なフラッシュとほぼ同時に、大音量のカミナリが鳴りひびいた。
「っ~~~~~~~!!!!!???」
さけぶのをかみ殺したような声だった。
メガネの奥の両目をぎゅっとつむって。
(……)
ふいの落雷におどろいた深森さんに千切れるぐらい右腕をひっぱられて、
制服にアトが残るほどワシづかみされて、体もぐらんぐらんよろめいて、
たぶんその強いダメージのせいで、
――「コウちゃん」
おれは涙がでた。
◆
翌日。
よく晴れた天気のいい日。
おれは一人で外出することにした。
「ごきげんよう、タイムリープくん」
「うん……」
さすがの深森さんは、おれが〈この場所〉の〈この席〉にくることをすでに予想してたみたいだ。
やっぱり彼女は平凡なおれなんかとちがう。
「お願いがあるんだ。協力してほしい」
「すでにしてると思うけど。べつの世界の私……いいえ、私たちがね」
「もっとたのむ」
「えっ?」
「全力で協力してくれたら、おれができることなら、なんだってするよ」
まだ照明の落ちていない館内。
ずらっとならんだ座席の真ん中ぐらいの位置に、おれたちはとなり合って座っている。
「あなた、すこし顔つきが変わった感じ。ようやく覚悟ができたの?」
「ああ、できた」
じりりり……とベルが鳴って、ゆっくりと幕が上がる。
明かりが弱まる寸前、おれははっきりと彼女にこう言った。
「おれは萌愛に『いかないで』を言ってもらって、このループから出ていくよ」




