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「いかないで」と全力で引きとめられるまで転校できません  作者: 嵯峨野広秋


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19/41

下手の考え休むに似たり

 中学の入学式があった日。

 親からではなく姉から「ほれ」と人生初のスマホを手渡しされたとき、なんかイヤな予感はしたんだ。

 中をみたら、やっぱり。

 電話番号、メール、ラインのぜんぶに問答無用で登録ずみだったその名前は―――「モアちゃん♡」。


「しょうがないじゃん。ことわれなかったんだから」


 ぶすっとしたあいつの顔がみえるようなメッセージ。

 これが、幼なじみからのはじめてのラインだ。もちろん、いまでもスマホに残っている。

 そこからしれっと一年以上連絡ナシ。

 最近だと夏休みに一度「宿題みせてよ」というのがあったぐらい。



「ふかい意味はないんだよ?」



 しまった。

 返信を考えすぎて、彼女から次のメッセージがきてしまった。


「ただ、きいてみただけ」

「ほんとほんと」

「でも興味あるんだよね」


 ……こまったな。既読もつけちゃってるし。

 はやく返さないと。

 

「いるよ」

「おっ! それは……誰かな?」

「そ」盛大に指がすべった。「それはおれの名前だから」


 まちがって予測変換をえらんで、あやまって送信ボタンにふれる。

 これは萌愛(もあ)とのやりとりでつかう定型文。

 江口(えぐち)さんには、意味不明すぎる。


 新しいメッセージがきた。



「?」



 ……そりゃそうだよな。


「ごめん!打ちまちがえた!」

「あー」

「前に、友だちに送ったやつの予測変換のせいでさ」

「友だちね。なるほど」


 そして――――フルスピードのフリック入力。

 相手よりもはやく、はやくないと意味がない。



「江口さんは、好きな人はいるの?」

「じゃ~また明日~☆」


 なっ⁉

 冗談っぽく、かつ、あざやかに質問がかわされた。


 つづきがこないかしばらく待ったあとで、おれはスマホを机の上にもどす。


(もしかして、けっこう恋愛経験が豊富なのか?)


 っていうか、じつは元カレとかいたり……。

 いや現在進行形で彼氏がいても、べつにおかしくないのか。

 どちらにせよ、おれよりオトナなのは確実だな。


 10月2日。


 朝の通学路では萌愛に会わなかった。


「うぃ」


 靴箱のところで肩で肩を押してきたのは、おれの友だち。


優助(ゆうすけ)。こんなにながくつきあってもらって、わるいな」

「あぁ? 朝イチからおかしなこと言うぜ。ベツとダチんなって、まだ一年もたってねーぞ?」

「いや、もうだいたい一年になる」

「ははっ。わけわかんねーよベツ」


 そして教室まで向かう途中。


「ひとつ教えてくれないか?」

「おお。いいぜ」

「こう……ある程度、なんていうか、おれが女子に好かれてる状態だとしてだな」

「えっ⁉ 里居(さとい)ちゃんのことか!」


 おれは否定せずに、話をさきに進めた。


「その子に対して、どういうアクションを起こしたらいい?」

「それはなベツ」優助は平泳ぎのマネをした。「流れに身をまかせんだよ」


 ほんとにそれでいいのか?

 でも、たしかに追えば逃げるとかいうしな。

 江口さんにかぎっては、おれからグイグイいくのはやめておくべきなのだろうか。



「部活はやってないの?」



 と、ナチュラルに靴箱で話しかけられる。

 セーラー服に斜めにさしかかる夕陽(ゆうひ)

 ストレートのきれいな髪の、少し内側にカールした毛先。

 この流れは……まさか今日もおれといっしょに下校してくれるのか。


「別所くん、帰宅部だっけ?」

「一応、入ってる。あ、いや入ってた」

「どこ?」

「サッカー部」

「えーっ‼ めっちゃ意外だねー!」


 手を口元にあてて、彼女は一瞬、おれの足をみた。


「スポーツ得意なの?」

「ぜんぜん。小学校がいっしょだった友だちにさそわれて、なかばムリヤリ。半年でやめたよ」


 まるでずっとそうしてるみたいに、自然に話しながら歩きだすおれたち。


「江口さんは?」

「帰宅部」

「そう……なんだ」

「そんな残念な女子をみる目でみないでよ~。ラクでいいじゃんか」


 笑顔で、ぽん、とやさしく胸を手でおされるおれ。

 女子と二人でこんな会話するとは。リア充ハンパない。


(まてまて。ここだと〈入ってる〉ぞ。そーっと……)


 おれはダテに『恋愛心理学』の本を何度も読み返していない。


 人間にはパーソナルスペースっていうのがあるらしい。

 わかりやすくいえばナワバリ。


 そこに入りすぎると警戒――つまりきらわれる原因になってしまう。

 で、さらにむずかしいのは、はなれすぎてもダメってことだ。

 45センチが基準。だいたいペットボトルを縦に二本つないだぐらいの長さ。

 それより接近すると〈親密ゾーン〉っていって、ようは彼氏彼女の距離感となる。

 今はそこに入るのはまだはや―――


「もっと近づこうよ」


 ぐいっと腕をひかれた。


「私といっしょにいるの、はずかしい?」


 友だち同士だと45センチから120センチ……の、はずなんだが。

 友だちの関係をスキップするような間合(まあ)いだ。

 ついカンちがいしそうになる。

 おれがそんなにモテるはずないのに。


(本当にこの道をすすんでいいのか? 「いかないで」にたどりつく……のか?)


 10月3日。

 天気は朝から大雨、夕方には雷雨(らいう)


 おれは決心した。


 もう助けてくれない―――って言ってたけど、やっぱり彼女はたった一人のたのもしい味方なんだ。


 放課後。


 わかりやすく読書のフリをしていれば、気がついてくれて前のループと同じになるはず。

 会おう。もう一度だけ。

 深森(ふかもり)さんに。



「なに読んでるの?」



 声をかけられて、目線をあげる。

 そうか。江口さんがいたんだ。

 ニコニコした顔で、本をのぞきこむように顔を寄せてくる。いいにおいがした。


「私も自習でもしようかな。帰る気になったら、教えてね」

「あ、あのさ」

「ん?」彼女は口をとじたままでハミングをならす。

「ごめん。今日友だちと……約束があるんだ。しばらく教室で時間つぶさないといけなくて」

「えー。ほんとにー?」


 じゃしょうがないね、と案外あっさり引き下がってくれた。

 正直ホッとした。

 彼女まで居残(いのこ)ってたら、出てきてくれない可能性があるからな。


 そしてザーザーザーと切れ目のない雨の音をきくこと数十分。

 テスト前のせいかこの荒れた天気のせいか、教室はからっぽになった。


 いける。


(……)


 おれは彼女の机に近づくと、手をゆっくり中へさしこんだ。



「盗難やイタズラを避けるために、私は机にモノを置かない」

(よしっ!!! ばっちりだ!)



 教室の外側、非常階段につながる通路へのドアがあく。

 あらわれたのは、びしょ濡れで腕を組んだポーズの彼女。

 タイミングもセリフも、あのときのままだ。理由はわからないが、ちょっと泣きそうになってしまった。


 おちつけ。

 ここからが勝負。

 ちゃんと、おどろいておかないとな。


「な、なにーーっ!!??」


 ドギモを抜かれた―――演技。

 無言で近づいてくる深森さん。

 歩きながら、メガネの横に手をあてて一言(ひとこと)



「あなた、タイムリープしてる」



 バリバリッ!! と心に電撃が走った。

 演技じゃなくてホントにおどろく。

 見抜いたスピードが人間ワザじゃない。

 最後の音を〈(さげて)〉断定するように言ってるところが、とくにふるえる。


「すくなくとも3回。ちがう?」

「え、えーっと……」

「なにもしなかった1回目、〈私〉にいわれて机の中をのぞいた2回目―――」


 ばん、と彼女は乱暴に机をたたいた。たたいた音は、ほとんど雨音にかき消された。


「目的は何?」

「こ……こうなったら白状するよ。おれはずっと10月がループしてて、出られない。深森さんだけがそれに気づいて、助けてくれたんだ」

「あほ」

「えっ⁉」

「私が私なら、とっくにあなたなんかループを出てる」

「そ、それは……」

「あなたの失敗のシリぬぐいを、私にさせないこと。ケツは自分でふいて。話は以上」


 くるっと回って背中を向けた。

 遠心力で回った三つ編みの髪が、おれの顔に(こま)かい水しぶきをかける。


「おれ、どうしたら……いいのかな?」

「まよったときは、原点にかえるのよ」


 深森さんはふりかえって言った。

 直後、どっがぁあぁん、というど派手なカミナリの音。

 ワープしたように、彼女はおれに抱きついてきた。

 パーソナルスペースなんかおかまいなしで。


(原点――――か)


 おれもうっすらそう思っていた。

 最初の失敗は、じつは失敗じゃなかった……そんなことも深森さんが教えてくれたから。


 翌々日の日曜日。天気は晴れ。



「出かけないか?」



 せいいっぱいオシャレしたおれが、萌愛の家の玄関で言った。


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