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三度目の正直

 いよいよ転校の日。


 やれることはぜんぶやった。

 どんな場所でもチャンスがあれば声をかけたし、二人きりで親密な会話もできるようになった。誕生日にはプレゼントももらったし、先週の日曜日には念願のデートにだって行けた。


 ゼロからのスタートだったら、これでもまだむずかしいかもしれない。 

 しかし――あいつは、気心の知れたおれの幼なじみだ。


 決め手となる告白こそしていないものの、おれの想いはじゅうぶんに伝わっているはず。

 いや……逆に伝わりすぎてはいけないんだ、きっと。

 サジ加減(かげん)というか、とにかくこっちからよりも向こうから――熱烈に――すきになってもらわないといけない。じゃなきゃ、「いかないで」という強い〈引きとめ〉は引き出せない。


 おれは「いかないで」のために、一ヶ月、いやそれ以上の時間をかけて努力してきた。

 ミスればすべて水のアワだが、けっこう自信まんまんだ。


 さあ行こう。


 この中学ですごす最後の一時(ひととき)へ。



「元気でなー」「元気でね」「転校先でもがんばれよ」「バイバイ」



 拍手まじりにそんな声がきこえてくる。

 学校の正門の手前につくられた、左右にずらりとクラスメイトがならんだ花道。

 数分前、お調子者の安藤(あんどう)が手をふりながらその真ん中を歩くフリをすると「おまえじゃねーだろ!」と笑いが起こっていた。


 深呼吸。おちつけ自分。


 ここまでやってダメなんてことはないさ。


 ある日、なんの前ぶれもなくおれの人生にあらわれたハードすぎるハードル。

 飛べるまで何度でもやり直しさせられるっていう冗談みたいなファンタジー。


 だが、

 だが!

 おれはこれを乗り越える!


 あとはたった一言だけ、あいつが言ってくれたら……


(……あれ?)


 異変に気づいた。

 左右の列のどこにも、あいつの姿が見えない。

 手招きして、花道の真ん中あたりで拍手していた背の高い友だちを呼んだ。


「ベツ。どうした?」

「いや……その……なんというか……」

「ん?」

「も、萌愛(もあ)のヤツは、どこにいる?」


 親友は行動力があるから、すぐに小走りで女子や先生のところに聞きこみに向かった。そしてもどってきて、


「トイレ」


 と一言。


「トイレ?」

「トイレ」

「ト………………」


 んなバカな!!!!

 おれがまさに転校しようとしている、この大事なタイミングで?

 ただのおわかれの演出じゃなくて、正門をこえたらおれはこの学校にノーリターンなんだぞ?

「いかないで」はどうしたっ⁉

 大だか小だか知らないが、ちょっとぐらいの間、ガマンできなかったか? 


「どうしたんだ、ベツ」

「いや……。な、なんでも……ないんだ。じゃ……、元気で、な。優助(ゆうすけ)

「おまえも。くっそー、明日からさみしくなるなー」

「明日……か」

「おい。そんな暗い顔すんな。今生(こんじょう)のわかれじゃねーさ!」


 と、目にうっすら涙をうかべて明るく笑う。

 こいつは底抜けにいいヤツだ。

 そして言ってることは正しい。たしかにおれたちはまたあえる。まだ転校することすら伝えていない、一か月前にもどされるから―――。 


 ……。

 こうなったら誰か、

 誰でもいい、

 お願いするようなことじゃないのは百も承知だが……おれを……遠いところへ行くおれを…………


 泣いて引きとめてくれーーーっ‼



「いってきます」


 おれは家を出た。

 3度目の10月1日。さわやかな秋晴れの朝。

 1度目でループに巻き込まれたのを自覚して、2度目でベストと思える選択肢をえらんだ。

 だから、おれにとっては、ここはもうくるはずがなかった日。かえりたくなかった時間。


 しくじったのは、ぜんぶ――――



「なに?」



 この気まぐれな幼なじみのせいだ。

 

 里居(さとい)萌愛(もあ)


 たくさんの時間とエネルギーをムダにさせやがって。まったく。

 おれと同じで中学には歩きで通学しているが、萌愛はギリギリまで寝るタイプで朝はあまりエンカウントしない。今日みたいな日はめずらしい。おれは学ランでこいつはセーラー服に赤いスカーフ。こうやってならんで歩くのは今のうちだけで、学校が近くなったらどちらからともなくすーっと距離をあけるのが暗黙(あんもく)のルール。


「なんかいいたそうな顔してるじゃん」

「べつに」

「べっしょ」

「それおれの名前」

「あはは」


 お気楽に笑ってくれる。このやりとり、小学校からずっとやってるのに、まだ面白いのかよ。

 おまえにはいいたいことがありすぎて頭ん中はパンパンだ。


(最後のデートのときとか、あんなにいい感じになったのに……)


 それでも結果はあのザマ。

 で、はっきりわかった。



 ―――こいつはおれのことなんて、たいしてすきじゃなかったんだな。



「モア。大切な話がある。じつはおれ、こんど転校するんだ」

「知ってるよ。すこし前、アンタのお母さんから聞いた」

「いなくなったら悲しいよな?」

「はぁ⁉ なにいってんの? なんのボケ?」


 ぷいっと後ろ頭を向けた萌愛。中学に上がるときにばっさり切った長い髪は、今はもうない。ショートボブっていうのか、丸っこい輪郭の髪型にしてる。


 とにかく、

 忘れるなよ、おれ。


 こいつは「いかないで」と決して口にしなかったこと。

 あまつさえ、おれとのわかれよりトイレを優先させたこと。


 でも手ごたえはあった。

 現時点のこいつぐらいとの関係性でも、一ヶ月間がんばって女の子の好感度さえ上げれば、「いかないで」の可能性が出てくるってことがわかったから。


 両手を頭のうしろに回して、横顔を向けたまま萌愛は言う。


「まっ、でも……ちょっとだけ、ほんのほ~~~んのちょっとだけは」


 問答無用で再スタートしたループ。

 おれは一人の女子と――わかれを悲しんでくれるぐらいまで仲良くならないといけない。


「さみしいかな」

「はいはい」

「『はいはい』じゃないでしょー! よろこぶトコだろうがー!」


 

 げし、とおれのケツをけったこいつ以外で、まずは相手をさがすところからだ。


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