一話:アリエス
◆◇◆
宮廷魔導士。それは国の中でも屈指の魔導士のみがなれる名誉ある職業……
「うぇーい。よっ、無才くん」
だが、何事にも例外というモノは存在する。
九十九からなる宮廷魔術師のみの組織黄金郷。その理念は国家に貢献し続けるべく日々練磨し続けること。
その理念に則る形で九十九の魔術師にはランクが与えられている。
ランキング:99位 ドレッド・クォーター。
俺のことだ、世の中では俺はこう呼ばわれいる。
「何睨んでるんだよ、神の流産」
二つ名:神の流産
曰く、神から捨てられた子供。
絶対なる神すら見放す無才の申し子。それが俺だ。
挨拶を言わんばかりのノリで、背中を靴裏で蹴られる。
「……カルクス卿、貴殿はいつ、挨拶というモノを学ぶのだね?」
お気に入りのマントに付いた土を叩き落としながら、諫めるような言を放つ。
カルクス。九十九の黄金郷の中でも俺と最も近い年齢の男。
俺は18歳。コイツは16歳。そして俺は最下位の魔術師。
「無才は否定しねーんだ? うけるww」
「その件は自他ともに認めておるさ、今更否定したとしてガキの癇癪にしか見えぬだろうさ」
つまりコイツは、俺より年下のコイツは俺よりもランキングが高いということ。
それに自覚はある、コイツには才能はある。俺には才能は無い。
「それよりも、だ。俺よりも上位に位置するのであればそれ相応の態度を取れ。
聞けば他の方にさえその態度を取っているらしいな。その態度は敵を作るぞ」
泥水啜って肥溜め泳いで牙で喰らいついているのが俺ならコイツは天上人が下界に住む人間のために膝を折って余裕そうな表情で食事を訳知り顔で配っているようなもの。
ゆえに――――
「ははは、あはははは」
ぼーん♡
腹部を火の玉で炙られても、それに対応すら出来ないという無様を晒すこととなる。
「オレは、君とは違うので~ごめーん。あっ、無意識にファイアボールだしちった♡」
「無意識で人を燃やすなと、今週は12回ほど言っている気がするな」
「は? 14回だが? お前ふざけんなよ?」
「暗記するな、というか何故俺は今怒られたんだ」
というか一日二回のペースで燃やされてたのか俺。
「というわけで天才の俺目指して頑張ってね~」
「算数やってそうなノリで話すな」
「ねえあれ、ここでは関わっちゃいけない人だから覚えておいてね」
「知ってる知ってる、無能って噂の魔術師さまでしょう? 魔術適正、メイドの私よりも少ないとか本当面白過ぎるわ」
燃やされて帰路に就く。お気に入りのマントを脱いで確認する。
「…………ふむ、気に入ってたのだがな」
暗い自室で燃えたマントを広げ、その大きすぎる穴を見る。
「…………」
これとの出会いに、思い出と言えるようなモノは無かった。
ただ、幼少期にカッコイイマントに憧れて、子供特有の経済事情から涙を呑み…………この地位に立ってから、買うことが出来た。
謂わば、手の届いた憧れ。それがこのマントだった。
「…………またか、これは」
そして涙が流れていることに気付く。
少し前から、よく起きる現象だ。
意味も分からず涙が溢れる。
「…………くだらん」
苦しいのやもしれぬ、悲しいのやもしれぬ。
だが、言ってしまえばそれだけの話だ。俺は机に座り、魔導書の教本とノートを開いた――――仕事の続きだ。部屋に持ち帰ってでもやらねばそれさえできない。
「(才が無いのは百も承知だ……)」
ぐすり、と年甲斐もなく涙が零れ落ちる。
宮廷で味方はおらず、努力を怠る年下に抜かれてイジメられ、下位の者からは陰口ばかりを叩かれる。
ただの一度も休まらない日常生活。
「(この身が神に捨てられていようと構うものか……魔法の才が、常人の5分の一だとしても……構わない)」
そも、大切な人も、愛する人も、涙してくれる人もいないのだから。
「(生まれもスラム。
才もなく、学もなく、血筋に至れば馬の骨)」
だが、構わぬ。
要領の得ない動作は日々、練磨させる。
どれほど才が無くとも、魔術の才が凡人の五割も無くとも。
ただ、繰り返すというそれだけで我が道は満ち足りる。
「……この調子なら、あと8時間か」
テーブルの下に置いてある紙の束を眺めて息を吐く。
少しずつでもいいのでやらねば、いや、やっても間に合わないだろう。
「…………いや、無理あるわ」
ありあらゆる分野の技術をかき集めて半ば強引に宮廷魔術師になったが現実は仕事が溢れ、要領悪い俺にはブラックでしかない。
「うんちうんちっ、うんちー!!」
もう発狂しながらやった。これしなきゃやってられん。
「ちんちんとちんちんって合体したらダブルちんちんだけど三つだとアルティメットちんちんになるんだ~♪」
気が付いたら窓が開いて書類が舞う。
虚無のまま手を伸ばそうとするが、その勢いのまま前に倒れ込む。
ドタドタバタンっ! という音と共に走る痛みと更に舞う書類。
「…………何言ってんだ俺」
嗚呼、世界って……狭いな。急に賢者になった。
「ぼっきーぼっきーぼっきぼきー」←目が虚無。
通りすがりの親子が見てきた。
「ねえママ、あの人末期ー」
「しっ、見ちゃだめよ」
いや、誰だ今の……まあいいか、きっと一般通過不法侵入者だろう。いつものことだ。
「…………末期、か」
……俺は机に付いている収納を開き……そこに入ってる自殺用の縄を取り出した。
「そうだ! 自殺しよう!!」
俺はこの日、自殺するぞ!! うっきー!
天井にあるドアノブ(???)へ自殺用の縄を投げる!!
ぽてんっ(天井に当たる音)
ぽと(地面に縄が落ちる音)←ひっかってない。
「自殺だる……」
ぼてっ、と床に倒れ込む。ほっぺに埃が付いた、死にたい。
――――刹那、魔法陣が出現した。
「……あん?」
光り輝く超越の何か。
その魔法式はこの世に存在する何よりも歪で複雑で、神秘的な構造を再現していた。
「なんて……綺麗な魔法式だ」
それは至高。それは究極。
ほろり、と無意識に涙を流して膝を付く。
「――――お初にお目にかかります」
――――機械質な 声だった。
酷く無機質で、酷く寂れていて、 とてもじゃないがその種族とは外れ切った異端な純白さを持っていたその子は。
「天界 第二 奉仕 部隊 所属……」
純白を放つ、白銀の翼 白銀の瞳に、白銀の髪。
全てが白銀に染まったその少女は 天女の如き美しさと、清廉さを放ち同時に。
「アリエス と申します。
あなたが 個体識別名 ドレッド・クォーター様 ですね」
その身に、ありとあらゆる痣を斬り傷を刻まれているという事実が、どうしようもない不道徳と悲しさを思わせた。
「この身は あなたに掛けられた 不道徳を解き
あなた専用の 性奴隷として 仕えることとなります。
以後、 お見知り置きを」
嗚呼、この子はきっと苦しいんだな。と確信するほどに小さな身体で、必死に膝を付き。
俺の手を取り囁いた。
「――――あなたの 死ぬ その時まで 存分に愛してください」
いやーかわいいなー。コメディーだわこれは。