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新しい仕事

見覚えのない天井をぼんやり見つめる。

「夢じゃないのね」

そう呟いてリアはベッドから身体を起こす。カーテンの隙間からは薄い光が差し込んでいる。元の世界と同じならまだ朝の早い時間だろう。


ゆっくり眠ったおかげで体の疲れは取れた。これからのことを考えないといけない。

一つ目は元の世界に戻る方法について。正直戻れる可能性は低いと思っているが、確認しておきたい。二つ目は陛下の役に立つ方法について。昨日は失敗続きだったから、何とか挽回したい。あれは本当に殺されていても文句が言えなかったと冷静になって思う。

死にたくないと思いながら、この衝撃的な状況に若干自棄になっていたのかもしれない。

三つ目は陛下について。最初はあっさり処分しようとしていたのに、何だかんだリアに対して優しい、というか甘い気がする。何を考えているか分からないから、余計に不安になる。


(あんな顔して小動物好きとか定番だけど、一番あり得るのかな)

まだ情報が少ない中で判断はできない。命令一つでリアの命などどうにでもなるのだから、陛下の情報収集が最優先事項だ。

方向性が決まったところで、お腹がくぅと鳴った。

「お腹空いた」

声を漏らした直後にノックの音がしてビクッとする。

(盗聴とか、されてないよね?)

恐る恐る返事をすると栗色の髪にスタイルの良い美女が入ってきた。


「おはようございます。リア様のお世話係に任命されたステラと申します。どうぞよろしくお願いいたします」

丁寧に礼をされるが、固い表所のままリアと目を合わせることもない。まずは湯浴みを、と促されて付いていく。

「えっ!? ステラ様! 自分でできます!」

「ステラ、と呼び捨ててください。これは私の仕事です、リア様」

抵抗するも服を脱がされ、そのままお風呂に入れられ体の隅々までしっかり洗われた。男相手なら抵抗するが女性相手には強く出られない。


「これ、着るんですか」

準備された洋服を見て、リアは思わず嫌そうな声を出してしまった。

品のある薄紅色のシフォンワンピースに細やかな刺繍が施されている。とても素敵だと思うが、働くのに適した格好ではない。

「ご希望でしたらお好みの服を作らせますが、本日のところはこちらでご容赦ください」

「そういう意味では――すみません」

準備した服にケチをつける我儘な娘だと思われただろうか。仮面をつけたかのようにステラの表情は変わらない。

「陛下が朝食をご一緒にとご所望です。ご案内いたします」

さっさと扉の方向に向かおうとするステラにリアは声を掛けた。嫌な思いをさせてしまったのなら、きちんと言葉にするべきだ。


「ステラ、さっきはごめんなさい。素敵な服を準備してくれてありがとう」

振り向いたステラの顔は驚いたように目を丸くして――

「もう、リア様ったら可愛すぎ!!」

リアに勢いよく抱き着いてきた。

「ひゃっ!」

「かわいい」を連発しながらリアを抱きしめるステラは別人かと思うぐらい、満面の笑みを浮かべている。そのギャップにリアは唖然として、心の中で絶叫した。

(いやさっきまでの何だったのー!?)


「ステラ、離れろ」

冷ややかな声にステラははっとした表情を浮かべて、リアを解放した。

「おいで」

リアに向かって手を伸ばすノアベルトの側に行くと、そのまま背後に庇われた。

「必要以上にリアに触れるなら、相応の覚悟をしておけ」

「も、申し訳ございません!」

決して声を荒げているわけではないのに、不穏な雰囲気が恐ろしい。


「陛下、ステラはただ褒めてくれただけです」

すっかり怯えた様子のステラを見て、思わずリアは声を掛けた。

振り返ったノアベルトは無表情であるものの、揺れる瞳には感情をともしていた。

「だが、リアは触れられるのが嫌だろう」

事あるごとに触れるなと噛みついていたのだから、気を遣ってくれたらしい。


「ステラなら大丈夫です」

「っ、…何故だ」

「え、それは同性ですし」

ノアベルトは口元を手で覆い驚いたように目を見張る。

「―女性、ですよね」

自分の認識が間違っているのかとステラに確認を取ると、首肯が返ってきた。

「ステラは良くて私は駄目なのか…」

ぼそりと呟く声とともに紫水晶の瞳は翳りを帯びてくる。


「リア様、陛下に抱きついてあげてください」

「嫌だよ」

小声で無茶なことを囁くステラをばっさり切り捨てる。いくらペット枠とはいえ、男に抱きつくのは断固拒否だ。とは言うもののこのまま不穏な空気を放置するのもマズイ気がする。

「陛下、朝食の時間なのですよね? 空腹で倒れそうです」

無邪気を装ってそう告げると、ノアベルトの顔色が変わった。

「すぐに準備させよう。リア、少しだけ我慢してくれ」

(あ、これは――)

案の定ノアベルトは素早くリアを抱きあげると、朝食会場へと足を向けた。


広いダイニングテーブルには美味しそうな料理が所狭しと並んでいる。

「リア、口を開けて」

「…………」

10人掛けのダイニングテーブルに隣同士で座り、先ほどからリアはノアベルトから食事を食べさせられている。自分で食べられると言っても、そのたびに食べ物を口に入れられると咀嚼するしかない。勝手に食べようとしても、カトラリーはなく手に取って食べられるパン類は手の届く範囲にない。

「パンが食べたいのか?」

目ざとくリアの視線に気づいたノアベルトが声を掛けると、ステラがノアベルトの皿にパンを置く。


(ステラ!そっちじゃない)

主の命令に逆らえないのは承知しているがつい心の中で文句を言ってしまう。

一口大にちぎったパンが口元に差し出される。

諦めて口を開き咀嚼すると、自分が鳥の雛にでもなった気分になる。料理はどれも美味しいのに、常に観察されているのが落ち着かない。それでも食事をきちんと与えられるのだから文句はいえない。

パンと一緒にため息を飲み込んだ。


「リアの仕事は私の側にいることだ」

「……具体的には何をすれば良いのでしょうか」

食後のお茶を飲みながら、あっさり告げられたノアベルトの言葉にリアは不信感をにじませながら訊ねた。昨日は信用したものの、今日も大丈夫だという保証はどこにもない。

「欲しいものがあれば何でも用意するから、好きに過ごしていい。ただし私の目の届く範囲で」


待遇良すぎるし、わざわざ付け加えられた後半のセリフも何か怖い。常に見張られるストレスもさることながら、何もせずに衣食住が与えられることも落ち着かない。

「ちなみに別の仕事とか―」

「駄目だ」

即答だった。

「危険な目にあったのに、どうしてそんなに働こうとする?……私の側にいるのがそんなに嫌なのか?」

(怖っ!)

眇められた目に剣呑な光が宿る。内心の怯えを悟られぬよう、リアは背筋を伸ばしてノアベルトの目を見ながら伝える。

「良くしていただいているので、それに見合った対価を払いたいだけです」

「ふむ。……ならば休憩の合間に、髪を触らせてほしい」


正直微妙なラインだった。他の部分だったら絶対断るけど、髪ぐらいならいいかとも思ってしまう。既に結構触られているし。

結局髪だけなら、と了承することにした。


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