指輪の重み
左手の薬指が重い。物理的な意味ではなく、精神的な意味で。手をかざすと光に反射して一層輝きが増すダイヤモンドを見てため息が出た。宝石に見惚れたわけではなく、なし崩し的に受け取ってしまったことに対する後悔のために。
ノアベルトは構わないと言ってくれたが、好意を利用することに抵抗感がある。
他に返せるものがあれば良いのだが、ノアベルトの役に立つことも差し出せるものも持っていない。不釣り合いの指輪を一旦外そうと引っ張るが、ぴったりと指に収まってびくともしない。早々に諦めて、ソファーに身を投げ出した。
(そもそもノアは私のどこが好きなんだ? 短気だし言葉遣いも悪いし…胸だって大きくないし……)
軽い気持ちでプロポーズするとも思えない。だがここは異世界だ。もしかして文化の違いでプロポーズはそんなに大きな意味を持たない可能性だって――
「そんな訳ないか」
エメルドに対するパフォーマンスでもあるのだ。ではなぜノアベルトにそこまで気に入られたのか、と思考が何度もループする。この世界のことは本で多少学んだつもりだけれど、実生活に基づく常識とか普通が知りたい。
控えめなノックの音が聞こえて、訝しく思いつつ返事をした。いつものノアベルトらしくない。
それもそのはずで扉を開けて入ってきたのはステラだった。そのまま扉を閉めたことで、一人で来たのだと気づき、どんな顔をして良いか分からず顔を伏せた。
命じられて仕方なく来たのだろうから、嫌な思いをさせたくない。
「――姫様、この度はご婚約おめでとうございます」
思いがけない言葉に顔を上げると、ステラが労わるような優しい顔でリアを見つめていた。以前と同じような態度に涙腺が緩みそうになる。感情的になりやすい性格だが涙もろくなどなかったのに、甘やかされ過ぎて弱くなっているのかもしれない。
そっと深呼吸をしてステラの様子を窺う。
「もしお嫌でなければ、またおそばに仕えさせていただければと存じます」
「ノアベルトに何か言われた? ステラがいてくれるのは嬉しいけど嫌な思いはさせたくないよ」
リアの言葉をステラはきっぱりと否定した。
「陛下は私にチャンスをくださいました。 姫様は庇ってくださいましたけど、あのような危険な目に遭われたのは私の不注意ゆえですから」
ステラに非はなく自分の不注意だと口にしたかったが、きっと譲らないだろう。こうやって会話しているだけで嬉しく、リアは別の話題に切り替えることにした。
「どうして名前じゃなくて姫って呼ぶの?」
陛下の婚約者になったからには恐れ多くて名前など呼べない、とステラは微笑んで教えてくれた。名前で呼ぶのは不敬に当たると聞いて、ノアベルトを愛称で呼んでいるのは大丈夫なのかと心配になる。道理でヨルンが睨んでいたはずだ。
指輪がさらに重さを増したように感じる。
「指輪がぴったり過ぎて外れないんだけど、どうしたら外せるかな」
何気ない会話のつもりだったが、ステラの顔から感情が一気に失われた。
「姫様! そのようなことをおっしゃってはなりません!」
「何を騒いでいる」
必死の形相を浮かべ声を上ずらせて制止の声を上げた瞬間、ノアベルトが姿を現した。
硬直するステラを見て申し訳ない気分になった。どうやらノアベルトに聞かれてはいけないことらしい。誤魔化しても多分バレるだろうと思ったから素直に答えることにした。
「指輪を外せないかと―――思ったけど、止めとく」
同じような反応を見せるノアベルトを見て、発言を撤回することにしたが遅かった。
「ほう、外したいのか。 ならば代わりに別の物を用意しようか?」
静かだが威圧感を含んだ言葉。代わりの物が何を意味するのか分からないが、多分知らないほうがいい気がする。
「外したいっていうか、ずっと付けているから落ち着かないだけだよ。 婚約指輪なんて日常的に身に付けるものではないでしょう?」
そう言うと室内の空気が和らぎ、ステラは驚いたように口元を押さえた。
「婚輪は私の想いの証であり、婚約者がいることを明らかにするためのものだ。 常に身に付けていてくれ」
「……ごめんなさい」
婚約指輪を日常的に付けるような人が周囲にいなかったから、軽く考えていたが言われてみれば当然だった。違和感があるからなんて理由で外そうとするのは、自分の覚悟のなさの表れのようで、リアは素直に謝った。
気にしなくていい、というようにノアベルトは頭を撫でてくれたが、リアの心は一向に晴れなかった。




