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初仕事と餌付け

背後からは重く深い溜息が聞こえた。

まあ気持ちは分かる。

(だけど私も死にたくないので)

「ヨルン様、よろしくお願いいたします!」

「お前、さっきと違いすぎだろう…。本性バレてんだから止めろ」

にっこり笑顔で元気よく挨拶するリアに心底嫌そうな顔をするヨルン。

「プライベートと仕事は分けるタイプなので。公私混同は良くないですから」

陛下の許可が下りたのだから、どんなに嫌っていても仕事をさせない訳にはいかないだろう。私情持ち込むなよ、と笑顔で釘を差す。

しっかりその意味が伝わったらしく、苦虫を噛み潰したような表情になる。


連れてこられたのは、見事に散らかりまくった部屋の一室。

不用品とりあえず詰め込んでおきました、っていった感じで物が乱雑に置かれてるわ、埃まみれで相当に汚い。

ちらりとヨルンに視線を送れば、意地悪そうな表情でニヤリと笑った。

「他の魔物と一緒に働かせるのは危険だからな。一人で物置を片付けとけ」

「承知しました。掃除道具だけご準備いただけますか?」

淡々と答えるリアに少し不審そうな顔をしたものの、強がりと思ったのか掃除道具をリアに押し付けるとさっさと出ていった。


室内をチェックして、早速仕事に取り掛かる。

嫌がらせのつもりだろうが、引っ越しと清掃のアルバイト経験はある。幸い水場も近く掃除用品も元の世界のものとそう変わらない。

(それに今はすることがあるほうが有難いし)

一旦事実として認識したものの、この状況を完全に受け入れたわけではない。元の世界に戻ることができるのか、危ういバランスで繋がった命も考え始めれば不安でたまらなくなる。だから目の前の仕事に集中できるのはどちらかといえば嬉しい。


仕事を始めてどれくらい経っただろうか。種類別の仕分けや分別作業はほぼ終わり、部屋の一角は元の状態に近づけたと思えるぐらいには磨き終わった。

「ふぅ、さすがにちょっと疲れた……」

全身埃っぽく薄汚れていたものの、綺麗になった部分に座りこんだ。

汚れたらまた綺麗にすればいい。

一息つくと、疲労感が全身に広がり眠気が襲ってくる。

(バイト終わりだったし、精神的にもちょっと忙しかったしなあ)

リアは自嘲的な笑みを浮かべた。


短気は損気。ずっとそう言われて自分にも言い聞かせているのだが、どうもうまくいかない。

(まあ仕方ない。オコジョだし?)

「TVで見た時、リアのことが思い浮かんだの」

動物番組で取り上げられたオコジョについて友人は嬉々として語ってくれた。

つぶらな瞳でモフモフの毛並みと可愛いらしい外見だが、気性が荒く凶暴。

親しい友人は一様に納得し、高校時代は時折「オコジョ」とからかい交じりに呼ばれることもあった。

そんな記憶に少し心が落ち着き、ますます瞼が重くなっていく。

(起きないと――でも5分だけ)


――なんかフワフワする…?

目覚める前のぼんやりした頭でそう思った。

優しい心地よさに口元が緩む。懐かしいようなこの感覚は、幼い頃に経験したもので―。

「んー…」

ぼんやりと寝ぼけたまま顔を上げたリアだったが、目の前に信じられないものを見て飛び起きる。

「っつ!!!!?」」


ゴン、と壁に思い切り後頭部をぶつけた痛みで完全に目が覚めた。

リアの目の前には人形のようにピクリとも表情を変えないノアベルトの姿。

(ヤバい! あれだけ大口叩いたのにサボってうたた寝してるとか、印象最悪!!)

恐らくあれからほぼ時間が経っていないはずだ。僅かな時間休憩しても、咎められることはないかもしれないが、誰も見ていないのだから証明できない。


「っ…、申し訳ございません!」

素直に謝罪する他なかった。役に立つと言ったのに、片づけが終わっていないのだから。

下げた頭に優しい感触があった。それはまどろみの中で感じたものと同じで、恐る恐る視線を上げると、表情を変えずリアの頭を撫でるノアベルトと目が合う。

(これは、いったいどういう状況なんだろうか……)

視線を逸らせずにお互い見つめ合うような状況が続き、しばらくしてノアベルトはようやく手を止めて窓辺におかれた皿を手に取った。


「食事だ」

美味しそうなサンドイッチを見て空腹を思い出す。そういえば半日ほど何も食べてなかった。

「ありがとうございます。いただきます」

手を伸ばしかけて、汚れた指先を見て掃除の途中だったことを思い出す。

さすがに不衛生すぎる。手を洗いに行こうと身体を浮かしかけるが、リアの口元にサンドイッチが差し出される。


「………」

(えっと、このまま食べろということ?)

犬や猫じゃないんだから、それはちょっと嫌だ。逡巡していると唇に触れんばかりに近づけて来た。断ると角が立つかもしれない。

そう思って躊躇しつつも、パンにかじりつく。


「んんっ、美味しいです」

しっとり柔らかいパン生地にコクのある卵と香辛料のせいか、普段食べている卵サンドよりも好きな味だ。そう告げるとノアベルトは微かに頷いて、残りのサンドイッチをリアの口元に寄せる。一度経験してしまえば、食べさせられることに抵抗もなく美味しく完食した。


「ごちそうさまでした」

食べさせてくれたお礼も伝えるべきか、一瞬迷った。食べさせてほしいと言ったわけでもないし、彼の意図が読めないのだ。

「えっ…」

その間に再びノアベルトは黙ってリアの頭を撫で始めた。


(何でー!?)

理由は一旦おいておこう、そんなの後で考えればいい。とりあえず止めさせなければ。

「あの、すみません。掃除していて汚れているから触らないほうがいいと思います」

そう言って今度は頭をぶつけないよう気を付けながら身を引いた。


「分かった」

「……!?」

話が通じたと喜びかけたのも束の間、ノアベルトはひょいとリアを抱え上げてスタスタと部屋から出て行こうとする。

「な、何してるんですかー!? ちょっと下ろして!」


リアの抗議などまったく耳に入らないかのようだ。雇い主の行動が読めなさ過ぎて不安になってくる。せめてヨルンのように攻撃的な態度や不機嫌そうな顔をしてくれれば、まだ文句のいいようがあるのだが、ノアベルトの行動は自分にとって良いものか悪いものなのか分からないので対応の仕方に迷ってしまう。

そうして連れていかれた先は浴室だった。


「湯浴みしろ」

そう言ってリアを下ろしてノアベルトは浴室を後にする。

「全く行動が読めないな、あの人は」

溜息をついて洗面台の鏡に映る自分を見る。

頬っぺたや鼻の頭がうっすら汚れている。汗もかいたしお風呂に入れるのは正直嬉しい。だが見知らぬ場所で裸になるのには抵抗があった。

(だけど、そういう感じではない気がする)


小柄で可憐そうな見た目からリアはロリコンに大層受けがいい。子供の頃からそういう輩に狙われることも多かったので、自分に向けられる欲には敏感だった。気性の激しさと口の悪さはリアがいつの間にか身に付けた処世術でもある。このギャップにより勝手に描いたイメージが崩されるのか、撃退するのが容易になった。

髪の毛とはいえ陛下に触れられて激高しなかったのは、そういう欲望を感じなかったからでもある。雇い主であるということを差し引いても、身の危険を感じなかったから抗議はしつつもリアなりに大人しくしておいた。

「まあ、いっか」

切り替えが早いのはリアの特技だ。

次はいつ入れるか分からないのだし? 有難く使わせてもらおう。


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