闖入者
「…ん……っ！」
寝落ちしたことに気づいた瞬間、勢いよく顔を上げれば間近にノアベルトの顔があった。
「ごめんなさい！」
甘えるよう言われたのに、そのまま寝てしまうなんていくら何でも自分勝手過ぎる。
「構わん。そんなに時間も経っていない」
どこか嬉しそうな口調に顔を上げると、口元にうっすら笑みが浮かんでいた。理由は分からないが、機嫌を損ねていないことに安堵し、膝の上にいるままだったことに気づいた。
「重いのにすみません、陛下――」
人差し指を唇に当てられて言葉を噤んだ。
「ひと眠りして忘れてしまったのか？ …約束を守れない子にはお仕置きが必要だな」
笑みを浮かべているのに、細められた目に冷たさが混じっている。こういう時のノアベルトは危険だ。
「ノア、ちょっと落ち着いて、お茶でも飲もう？！」
口調を改め慌てて距離を取ろうとするが、ノアベルトはリアをしっかり抱きしめて離さない。顔が近づき思わずぎゅっと目を閉じると、触れるだけの口づけが何度も降ってきた。
「～～キスは、お仕置きでするものじゃない、と思う」
「リアに酷いことはしたくないし、私にとってはご褒美だから一石二鳥だ」
ようやく解放されたリアが苦情を訴えると、素知らぬ顔で答える。
控えめなノックに続いて、ステラが新しいお茶と軽食を運んできた。膝から下りようとするが、腰に回された腕に力が込められ動けない。
「ノア、下ろして？」
「このままでも問題ない」
ノアベルトはクッキーを手に取ると、リアの口に放り込む。それからミルクをたっぷり入れたカップを口元に差し出した。
（飲みづらいわ！！）
今まで以上に過保護な状態に、驚きを通り越して呆れた。どうやら騒動に巻き込まれるたびに過保護度が加速するようだ。これ以上は全力で遠慮したい。
「ノアと一緒にお茶を飲みたい」
逃げないように片手は腰に回され、片手はお茶や菓子を運ぶ状態でノアベルト自身がお茶を飲むことができない。流石に諦めてくれるだろうと、思っていたが予想外の提案があった。
「ではリアが飲ませて」
そう言って自分のカップをリアに渡してくる。紅茶からはまだ微かに湯気が立ち上っており、下手に飲ませると火傷させてしまうだろう。こぼさないように両手で持って悩んでいる間にも、ノアベルトはリアに菓子を食べさせようとする。
このままではいけない、とノアベルトのカップを自分の口に運び、温度を確認する。少し熱いが火傷しない程度には冷めたようだ。慎重にカップを持ってノアベルトの口に付けて、ゆっくりカップを傾ける。
こくりと喉元が動くのを見て、カップをそっと下ろした。
「いつもより美味しい。…もっと欲しい」
言われるままにノアベルトにお茶を飲ませる。互いにお茶や菓子を食べさせるのではなく、自分で食べればいい、そんな当たり前のことにリアが気づくのはしばらく後のことだった。
「あと1軒だけ立ち寄ったら、戻るぞ」
ノアベルトの機嫌は直ったが、さすがに何もペナルティなしという訳にはいかないのだろう。店を出る前に釘を差された。最後はどこに行くのだろうと思い、店内に足を踏み入れた瞬間目を見張った。所狭しと棚が並び、無数の本が陳列されている。
「気になったものがあれば、いくらでも買って良い」
「――ありがとう！」
本を読んで過ごす時間の多いリアのために連れてきてくれたのだと分かった。嬉しくて口元が自然に緩みそうだ。
「ノア、あっち見たい」
振りむいて呼びかけると、ノアベルトが穏やかな笑みを浮かべ愛おしげにリアを見つめている。一瞬動揺しかけたものの、目を逸らしてノアベルトの手を引くと、何も言わずに付いてきてくれた。
本を選ぶときにはさすがに手を離してくれた。選んだ本はすぐにノアベルトが取り上げてしまうため、荷物持ちのような真似をさせてしまって申し訳ない。
5冊ほど選んだところで、扉のカウベルが乱暴に鳴り響いた。奥まった場所からは入口の様子が見えないが、ざわめきが聞こえて不穏な気配が伝わってくる。
ノアベルトはすぐにリアを庇うように前に出る。
衛兵の恰好をした男性2名がこちらに向かってきた。
「失礼いたします。そちらの少女の身元をお伺いしたいのですが」
丁寧な口調ながら高圧的な態度だ。
「不要だろう。衛兵の業務範囲を超えている」
「…その少女がエメルド国の間者だという報告がありました。 庇い立てするようなら貴方にも責が及びますよ」
「言いがかりにも程があるな。 ――控えろ」
身体に負荷がかかり、頭を押さえつけられるような感覚があった。それでも自分に向けられたものではないから立っていられたが、衛兵は真っ青な顔をして跪いた。
ノアベルトが衛兵たちの前に立ち、短く問う。
「誰の命だ、二度は聞かん」
その様子をぼんやり見ていると、後ろから腕を引っ張られる。いつの間にか栗色の髪をした若い青年が真剣な表情を浮かべて立っていた。
「僕は味方だ。今のうちに逃げるよ」
何か勘違いをしているようだ。指摘しようと口を開く前に、目の前が淡い光に包まれて遠くでノアベルトが自分の名を呼ぶ声が聞こえた。
