痛み
ノアベルト視点の続きです。
初めてみる魔馬にリアは興味津々だった。小柄なリアからすれば、威圧感があり怖がるかもしれないと危惧していたが、問題ないどころか動物の類が好きなのだろう。身を屈めた魔馬を心配する様子からそう見て取れた。嬉しそうに撫でていたはずなのに、突然リアの目に涙が浮かぶ。
リア自身驚いているようで、触れてほしくない素振りを見せたため黙って馬車に乗った。
リアは自分の痛みに鈍感なのではないかと思う。直情的なようで冷静ではあるし、場の雰囲気や他人の感情を汲み取ることはできるが、自分に向けられるものについては、どこか投げやりだ。
気にかかるものの、聞いても答えないだろうし確実に嫌がられるだろうと様子見をしているが、こういう時は踏み込むべきか否か心が揺らぐ。
街に着いてからは気分を切り替えたようで、わくわくしている様子を見せる。微笑ましく思っていたが、ステラが同行するのだと分かると顔をぱっと輝かせたことに不満を覚えた。二人でいるのがそんなに嫌なのかと勘繰ってしまう。
すぐさま不機嫌な様子に気づいたリアが、どんどん顔を曇らせていく。悲しそうに中止なのかと尋ねる姿を見て、狭量な態度を見せたことを反省した。
取り繕うように繋いだ手はすぐさま振りほどかれるだろうと思っていたが、意外にリアはあっさりと受け入れた。小さく柔らかい手から伝わる温もりに、何よりも大切にして守ってやりたい気持ちになる一方、閉じ込めて自分だけを見て欲しいという独占欲が強くなる。
きらきらと目を輝かせ、辺りを見回すリアの弾んだ声は確かに切望したものなのに、どんどん自分が欲深くなっていく。
リアがステラと菓子を分けたい、と提案した時はすぐさま消そうかと本気で思った。傍にいても存在を気にかけてくれないのなら、周りにいる者たちを全て消してしまったら自分だけを見てくれるだろうかと。
不穏なことを考えながら、食べたくもない菓子を奪いリアに与える。食べないものかと思ったと謝られたが、正しい指摘に少し居心地が悪い。自分の分も与えようとすれば、いつもなら仕方ないと言いたげな表情を浮かべつつも口にするのに、今日はあっさりと断られる。
それが面白くなく、代わりに顔を近づけてリアが持つ菓子をかじった。驚いた表情を見せるが、食べやすいよう気遣ってくれた。
「これ好き? もっと食べる?」
自分の嗜好を気にかけてくれるとは、思わなかった。気に入った菓子を分けてくれることはリアにとっては何でもないことなのかもしれない。けれどそれが特別なことに感じられて心が温かくなった。
店を回りながら、リアはいつもと比べものにならないほどよく喋った。その大半は質問でノアベルトがそれに答えるというものだったが、充実した心地よい時間だった。会話をする時、リアはノアベルトと目を合わせ色んな表情を見せてくれた。
自分だけが満足している気がして、何でも気に入ったものを買い与えようとしてもリアは嫌がった。だけど一つだけリアの気を引いた安物のブレスレットだけこっそり購入した。自分の瞳の色と同じ宝石がついていて、身に付けて欲しかった。
愛おしくてたまらないと髪に口づければ、わずかに顔が赤く染まる。時々こういう顔を見せてくれるから、どんなに邪険にされても一向に気にならない。
半ば無理やり押し付けたブレスレットだが、手首に付けると恥ずかしそうにしながらも礼を言われた。嬉しそうな笑みを浮かべるリアを見て、理性が保てなくなった。
もっと多くを望んでしまい、心の奥に隠しておくべき願望を口にした。柔らかい頬に触れ、口づけを落とす直前で、邪魔が入った。店員の処遇を考えていると、リアは化粧室にと部屋から出て行ってしまった。
「少しだけお一人にして差し上げたほうがよろしいかと存じます」
自分よりリアを理解しているかのような発言は気に食わないが、正しくもある。
少し行き過ぎたと自省する。リアは怒っていなかった。代わりに浮かんでいたのは困惑とわずかな怯えの感情。
いくつかの可能性と対処方法を巡らせていると、遠くから物が壊れる音が聞こえた。
部屋を出て足を進めれば、聞こえてくる不快な甲高い声。それが聞き覚えのある攻撃的な口調に代わる。角を曲がり目にしたのは、許しがたい光景だった。怒りを含んだ声に全員が動きを止めるが、ノアベルトの視界にはリアしか映っていない。
個室に戻るなりステラを締め出し、リアを膝の上に乗せ顔を合わせる。
普段なら嫌がって逃げ出すか、不満を訴えるに違いないが大人しいのは、迷惑をかけ怒らせたという負い目があるからだ。だが騒動を起こしたこと自体に腹を立てていることではないことがリアには分からないらしい。
頬に触れると身体を硬直させるのは、前回のことを思いだしたからだろう。髪をかき上げ左側のこめかみから目じり、頬にかけて何度も唇を落とす。
「…っ、ノア!」
止めてほしいと思っているのに、口にしないのは何故怒らせたか分からないから。余計なことを言ってさらに怒りを買うことを恐れているからだ。
(本当に、聡い娘だ。…なのに分からないのは自分のことだからか)
耳朶を舐めると、身体を大きく震わせた。
「やだっ! 陛下、やめてください!」
耐えきれなくなってリアは必死で抵抗するが、まだ許すつもりはない。自覚しなければ何度も同じことをするだろう。
「何故あの者に抵抗しなかった」
耳元で囁くと、リアはぴたりと動きを止めた。




