ブレスレット
「少し休憩しましょうか」
いくつかお店を回ってウインドウショッピングを楽しんだあと、ステラが提案した。
初めての場所でわくわくしていたが、気づけば結構時間が経っていた。
カフェの個室に案内されて、腰を下ろすとじわりと心地よい疲労感が広がった。散策とはいえ、しばらく運動しておらず歩き回ったのだから当然だった。
ずっと繋がれていた手が離れて、リアの頭を労わるように撫でる。
「疲れただろう。午後は抱きかかえて移動しよう」
想像するだけで恥ずかしさに居たたまれない気分だ。
「疲れてない! 楽しいから全然大丈夫!! ――えっと、ノアは退屈じゃない?」
店に寄るたびに何か買い与えようとするノアベルトに、不要だと断り続けた。男性はウインドウショッピングが苦手だというから、つまらないと思っているかもしれない。リアは物が欲しいわけでもなく、知りたいという好奇心だけだったし、物を購入してもらうのは気が引けた。ねだったほうが可愛げがあると分かっているものの、甘えたくないとどうしても思ってしまうのだ。
「全く。リアと一緒にいるだけで楽しい」
髪に口づけを落としながら優しく微笑まれて、顔が熱くなった。隙あらば甘やかそうとする雇用主が見せる愛おしげな表情は、いまだにリアを動揺させる。
(落ち着け! あれはただの社交辞令! ペットへの過度な愛情表現なだけだから!!)
「これを受け取ってくれると、もっと嬉しい」
そう言ってノアベルトは小さな包装紙をリアの前に置いた。
開けてみると、細いシルバーのチェーンにアメジストをちりばめたブレスレットが入っていた。
少し前に立ち寄った雑貨屋に置いていたものだ。可愛いと思っていたけど、見ていたのはわずかな時間。物欲しそうな顔をしてしまったのだろうか、と思うと羞恥に再び顔が染まる。
「高価な宝石は嫌がるだろうが、これなら気にならないだろう?」
せっかく準備してくれた上に、もらってくれると嬉しいなどと言われれば断りづらい。それでも葛藤しているリアにノアベルトは更に言葉を募る。
「別の物が良ければ、後で買いに行こう。 近くに宝飾店があったはず――」
「っ、これがいいです!」
ノアベルトはにこりと笑うと、ブレスレットを付けてくれた。
「ノア、ありがとう。その、ブレスレットもだけど、連れてきてくれたことも色んなお店に付き合ってくれて、すごく嬉しかった」
ノアベルトは口元を押さえて視線を逸らしている。何度か見たことのある様子だが、もしかして照れているのだろうか。
そう考えるとおかしくなって、くすっと笑ってしまった。
「可愛い。もっと笑って」
笑い声に反応したのか、ノアベルトは嬉しそうに頬を撫でる。
(あ、マズい。何かスイッチ入った)
距離を取ろうとするも、いつの間にか左手が押さえられていて身動きが取れない。
「今日はずっとリアが笑顔で嬉しい。 それが私に向けられるものだったらいいのに…」
嬉しそうな表情が翳り、切実さを帯びた声音に何と言っていいか分からない。
戸惑っている間にノアベルトの顔が近づいてきて――――
コンコン、とドアをノックする音に動きが止まる。その隙に手を振りほどいて距離を空ける。
「お待たせいたしま――ひっ」
悲鳴を上げかけてしまったものの、トレイを落とさなかった店員を褒めてあげたい、とリアは思った。それほどまでにノアベルトは冷え切った表情で店員を睨んでいる。
「ありがとうございます。そのまま置いていて下さい。 ステラ?」
「はい、お嬢様」
部屋の外で控えていたステラがすぐに顔を見せる。
「化粧室に行きたいのだけど」
案内しようとするステラを押しとどめ、ノアベルトにお茶の準備をするよう頼んで部屋を出て行った。本来は店員の仕事だが、あの状態ではまともに入れられると思えない。
一人になったリアは鏡の前で大きく息を吐いた。早く戻らないと心配させるとは分かっていても、ちょっと落ち着く時間が欲しい。左手のブレスレットをそっと撫でる。
ノアベルトは自分に甘く、過保護で優しい。だけど時折見せる昏い瞳や愛情表現が怖いとも思っている。それに気づかない振りをしていたけれど、もう選択しないといけないのだろう。
化粧室から出ると背後から突き飛ばされる。なんとか踏みとどまって振り返ると6,7歳ぐらいの少年がニヤニヤと嫌な笑いを浮かべている。いたずらにしては質が悪い。
「やめなさい」
低い声と険しい表情で告げると、幼く見えるリアを甘く見ていたのだろう、笑いが消え不満そうな表情に変わる。
「うるさい、ブス!」
リアを押しのけるようにして、走りだす。
「ちょっと、危ないよ!」
注意したものの止まらず小さな姿が視界から消える。溜息をついた直後、小さな悲鳴と物が割れる音が響き渡った。




