2話 訓練ルーム
訓練ルーム。
そこは簡単に言えば、強化版の体育館だ。屋内であるものの、床ではなく地面。天井までの高さは30mはあり、飛行スキルを持つ人間にも対応できる施設になっている。
そして、壁側には透明な防護壁で覆われた観客席がある。俺と大士、後田以外のクラスメイトは皆そこに集まっていた。
俺も激しくあそこに行きたい……。
恨めしそうに観客席を見ていると、1人の女子生徒がニコニコこちらを見ていた。
憎たらしい笑顔を向けているのは、幼馴染でもある日佐奈結衣だ。数少ない友人でもある。
なんだか言いたそうな顔だな。口パクで何を喋ってるんだ?? なになに。
い・っ・て・こ・い
いってこい? ……あぁそうかい逝ってこいってことかい。
黒髪ショートの清楚系とか呼ばれていて男子からはモテているが、中身は腹黒だ。さっきも教室で俺のことをにやけながら見ていたしな。
まあ、本当に逝きそうな場所に立ってはいるんだが。
「準備は大丈夫かい? 後田くん。スキルの試し打ちが必要なら少し待つけど」
「なめんな。昨日家で試してきたぜ」
訓練ルームの中心に立つ後田は、手から黒い炎を作り出す。手のひら大でそんなに大きいものではないが、恐らくまともに当たれば命の危険すらあるだろう。
天狗になるだけあって、やっぱり強力なスキルみたいだな。
どう考えてもスキルを獲得して翌日の威力じゃない。
「流石だね。色付きのスキルを実物で見るのは初めてだけど、すごい威力だ」
「降参するなら今のうちだぜ」
「悪いけど、僕も勝負を受けた以上逃げたりはしたくないかな。色付きのスキル持ちはなかなかないからね」
かっこよくそう言うと、大士もスキルを発動する。激しい突風が大士を中心に吹き荒れ、現れたのは風の槍だった。
いやいや、ちょっと待て。勝手に始められたら立ち合いがある意味ないだろ!!
何俺たちカッコいい! みたいな雰囲気作ってんだ。
「はいはい、ちょっと待てちょっと待て。勝手に始めるなよ。俺の合図でスタートだぜ」
「ち、そうだったな」
「ごめんね、少し熱くなっちゃったよ」
そう言うと、2人はスキルを収める。黒炎も風の槍も一瞬にして消えてしまった。
大士は1か月の訓練の後だから当然かもしれないが、後田はスキルを獲得して1日とは思えない習熟度だ。
スキルに恵まれただけじゃないな……。あいつ、センスが良い。スキルの発動と収納は一石二鳥でできるもんじゃない。姉貴と同じレベルの才能ということか。こりゃ意外と大士に不利かもしれないな。
そんなことを考えながら、スタートの合図の準備をする。といっても、体育祭でやるような掛け声と一緒だ。
「それじゃあ行くぞ……。スキルセット!!」
そう言うと、後田と大士がそれぞれのスタイルで構える。後田は右腕を後ろに、黒炎を先ほどのように発動する。
大士は両手を広げ、その両手に風の槍を構える。
「レディ、ゴー!!」
俺がそう言った瞬間、戦いという名の訓練が始まる。
「行くよ、風槍!」
「燃やし尽くせ! 黒炎!」
はい、出ましたよ。ドヤ顔でスキル発動するの。何回も見ましたよ、そんな光景。俺も普段は防護ガラスの中で見学してるからな。
でもな、一つ言っておきたい。
常識の範囲内で本来ならわかることだと思うんだが。
「俺が離脱してからにしろやあああ!」
全力ダッシュであの馬鹿2人から距離を置く。
どうせこんなことだろうと思ったけどな。いや、事前に言ってない俺も悪かったかもしれんけど!
「痛え! くそ、小石が飛んできやがった!」
ちくしょう! 痛い上に後ろからの突風でこけそうになる!
「はあああ! 僕の槍は全てを吹き飛ばす!」
「ただの炎なら相性悪いかもな! だが俺のは黒き炎だ!! 風を喰らええ!」
地面を大きく破壊し、2人は馬鹿なセリフを吐きながら戦いを続けている。意外と接戦なようで、スキルとスキルがぶつかる鈍い音が訓練ルームに響き渡っていた。
「早くして、アラタ! 巻き込まれるよ!」
声がした方を向くと、流石に不味いと思ったのか、結衣のやつが観客席の扉を開けて叫んでいた。
フォローが遅えよ! そもそも立ち合いするってなった時にフォローしろっての。お前の方がスキル的に向いてるだろう。
「ちょ、わかってる! そのまま開けといてくれ! ってうわあ!」
狙ったとは思いたくないが、俺の近くにどちらかの攻撃が着弾。衝撃が俺の身体を吹き飛ばした。
「大丈夫!?」
「扉閉めてろ! 巻き込まれんぞ!」
こっちに向かって走り出してきそうな結衣を怒鳴りつける。
眉間に皺を寄せて何か俺に言いたげだったが、なんとか引き下がってくれた。
「ごめん! 春崎くん。後田くん、こっちは駄目だ。反対側へ……!」
「構うかオラ! 黒炎!」
いや、構えよ! てゆうか大士お前、最初から気をつけとけ。
そう思いながらすぐに起きあがって走り出す。これでも足はかなり早い方だ。後田の最後のスキルを尻目に、大士が後田を遠くに引き連れてくれたおかげでなんとか観客席近くまで戻ることができた。
☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆
「ふう、とんでもない目にあった」
「いやー大変だったね。私までそわそわしちゃったよ」
やれやれと席に腰を降ろすと、隣に座る結衣が声をかけてくる。他のクラスメイトは目の前で行われている戦いに夢中で、疲れて帰ってきた俺には見向きもしなかった
「そう思うなら見てねえで助けてくれよな」
「えー。何言ってんの助けたじゃん。ドア開けて待ってたし」
ジトーっと結衣の方を見ると、何言ってんだコイツと言いたいばかり同じような目を向けてきた。
いやいや、そこじゃねえよ。だいたいお前のスキルじゃ助けられないだろに。
「教室でフォロー入れてくれってことだよ。大士の口から俺の名前が出た瞬間、こうなることわかってただろ? お前なら」
「いやー、だって我先に帰ろうとしてたアラタが捕まったんだよ? つい様子見ちゃうよね」
「つい、じゃねえよ。まったく……。お、大士の奴が押してるみたいだぞ。」
呆れつつ、ガラスの向こうに視線を向けると、後田が大士のスキルで激しく吹き飛ばされているところだった。
「おー流石、大士くん。いくらセンスがあっても1ヶ月間の努力は覆せないかな?」
「まあ、無理だろうな。後田も喧嘩慣れはしてるが、スキルでの戦闘は質が違う。何度も実戦を繰り返している大士が有利だ」
しかも、イケメンに嫉妬した馬鹿が何度も勝負を挑んでいたからな。余計に鍛えられただろう。
そんな会話をしながら、品定めでもするかのように、俺と結衣は2人の戦闘を眺めるのだった。
☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆
「てめえ! やりやがったな、クソ野郎!」
空中に投げ飛ばされた後田は、悔しさに思わず毒づく。
後田自身を狙って放たれたかと思った槍は、急に角度を変えて後田の足下を穿ったのだった。
「君の攻撃は単調過ぎるよ、後田くん」
「ふざけんな! 凡人が!!」
吹き飛ばされながらも、後田は空中で一度は消えた黒炎を再度発現する。その威力は心なしか向上している気がした。
それを肌で感じ取ったのか、大士もスキルを両手に発現する。
それも、制服の防御能力を超えないギリギリのラインだった。
「1ヶ月後、君と戦うのが恐ろしいよ。でも、今回は僕の勝ちだ」
「違え!! 今回も次も勝つのは俺だ! 水弾、連打」
黒炎を打つ瞬間、もう一つのスキル、水弾に切り替えた。
不意を打つという意味では成功。ただ、結果としては愚策だった。
黒炎より1発の威力は落ちるが、手数は5倍。さらに質量を持つ攻撃なので、有効かと思ったのだ。
「残念。まだ黒炎の方が有効打になったのに」
結果、水弾は全て片方の槍によって弾き飛ばされることになる。
黒炎はこの戦いの中で成長していた。後田は気づいていなかったが、大きさは変わらなくとも内包されたエネルギー量が変わっていたのだ。
それに気づいていたのは皮肉にも、目の前で戦っている大士、そして……。
「な、一撃だと!?」
「スキルの使い方がまだまだだね。フォーマルスキルはイメージ力でどこまでも強くなる。熟練度を上げないとね」
「まだだ! まだ諦めねえ!」
「いーや。終わりだよ!」
着地に失敗した後田と万全の状態で槍を構える大士。
最後に残された槍が大士の腕から射出されるが、後田の防御は間に合いそうになかった。
崩れた体勢で、小さな黒炎を発現して僅かな時間対抗したが、ただの悪あがきに終わってしまう。
「があああああ!」
後田の身体を、勢いを保ったままの槍が襲う。仙谷学園の制服の防御能力はピカイチだ。身体へのダメージのほとんどを吸収してくれる。
しかし、それでも衝撃は後田を数メートルは吹き飛ばし、意識を奪うまでに至った。
クリーンヒット。黒炎を打ち破って後田を貫通した風槍は、まさに彼の身体を打ち抜き、高い轟音を響かせたのだ。
高校2年生にしては白熱した戦い、そして大士の繊細なスキルコントロールに、観客席のクラスメイトは皆が驚きを隠さないでいた。
土煙が収まり、2人の姿が鮮明に確認できる。
後田の騒がしい声が聞こえなくなったところで、勝負が決着。
『訓練終了! 勝者は佳景大士』
どこかに設置されているるであろうスピーカーから、春崎アラタの声が聞こえる。
こうして、10月初のクラス中が注目した訓練は、無事に終了したのだった。