1話 スキルとクラスメイトたち
東京都千代田区市ヶ谷、そこで俺は17年間を過ごした。
ありふれた日常、クラスではかなり目立たない方で、いつも誰とも関らず過ごしていた。
だけど、そんな気楽で退屈な日常も、長くは続かないのかもしれない。そんな雰囲気がここ数ヶ月、俺のクラスでは漂っていた。
放課後、クラスの中は誰がどんなスキルを手にしたかの話題で毎日持ちきりだ。
「おいおい、見ろよ俺のスキル、フォーマルの中でも上位な上、2つも獲得したぜ!」
「マジかよ後田! うお、ほんとだすげえ。黒炎ってお前、色付きじゃねえか!」
大声で話しながらスキルカードを見せびらかしているのは後田臥黒だった。臥黒は黒髪で少し太り気味だが、頭は切れるクズだ。周りで騒いでいるのは覚える必要のないモブだから覚えなくて良いぞ。
昨日は後田臥黒の17歳の誕生日だったが故の騒ぎだった。
しかし、なぜ17歳になるとこんなにもクラスの中が騒がしくなるのだろうか。答えは簡単だ。
この世界では17歳になると、進化の証、神の祝福と言われるものが与えられる。
それは、大きく分けて3つ。
1つ目は、フォーマルスキル。自然現象を主に司る。だいたいの人間はこのスキルを1つ獲得して終わる。2つ以上持てば秀才、3つ持てば天才と言われるだろう。
2つ目は、オリジンスキル。転移や念動力などの超能力がメインであり、かなり強力。しかし、習熟度による強化はほとんどない上に、所持者はほとんどいない。それ故に、所持者は至る所で引く手数多となる。
そして、3つ目はバーストスキル。世界中でも100人に満たないと言われるほどの類稀なる能力。概念を操り、物理世界に干渉することでフォーマル、オリジンスキルの双方に有利に働く。持ってるだけで人生勝ち組と呼ばれるはどの能力だ。
そして、後田はフォーマルスキルを2つ手にしたらしい。しかも片方はフォーマルの中でも強力なもの。
喜ぶのも当然だった。
まあ、少なくともこのクラスの中では最強を名乗れるだろうな。
確率的に、フォーマルスキルの2つ持ちは100人に1人しかいないと言われている。
ちなみにこの市ヶ谷仙谷学園は3学年あり、1学年あたりの人数は約150人。恐らくだが、後田以上の使い手は確率的にこの学年には生まれないだろう。
だからこそ、それがわかっていて後田も喜んでいるに違いなかった。
「早速、今日から訓練ルームに行くぜ。待ちに待った実戦だ。おい、誰か付き合ってくれるやついないのかよ!」
したり顔でクラス中を見渡す後田。普通はスキルを獲得したばかりの間は大人しくするものだが、強力な力を手にしたからだろう。うきうきして自分の力を使いたがっているようだった。
もっとも、元々気が大きいタイプだからかもしれないが。
はあ、面倒くさいな。後田の誕生日は10月。4月の誕生日にスキル獲得した連中とは6ヶ月のハンデがある。
それでも誰も手を上げないということは、それだけ黒炎のスキル、そしてスキル2つ持ちというのが脅威なんだろう。
しかし、迷っている生徒が多い中で、ようやく声があがる。
それは、先月誕生日を迎え、スキルを獲得したばかりの男だった。
「僕が付き合うよ。スキルを2つ持つ君には及ばないかもしれないが」
ザ・イケメンというべき顔立ちをし、爽やかな笑顔。残念ながらスキルはフォーマルスキル1つという結果に終わったが、女子男子問わず人気の高い男だった。
「へへ、おいおい。良いのかよ。まさかお前が相手をしてくれるなんてな、大士」
そのイケメンは佳景大士、クラス一の人気者だった。後田は騒いで幅を利かせているだけの粗暴な人間。さぞ大士のことは目障りだったろう。
「構わないさ。いずれにせよ、同じクラスだから戦うことになるだろう?」
「それもそうだな。へへ、だけど悪いが手加減できないぜ? ……お前が相手だと特にな」
後田、お前そんな顔をしていていいのか。漫画に出てくる三下のチンピラみたいな顔しているぞ。イケメンぶっ殺す! という気持ちはわからないでもないが。
周りの生徒も流石に心配なのか、大士を止めようとしている。
「ねえ、大士くん。やめておこうよ。後田くん、ちょっと様子が変だし」
「そうだよ、完全に調子に乗っちゃってるよ。漫画に出てくる三流キャラみたいになってる」
てゆうか、なかなかにうちのクラスの生徒は酷いな。モブであることが勿体無いくらいだ。しかも絶妙に後田に聞こえるぐらいの音量でいいやがって…!
そんな言い方をすると……。
「てめえら、俺を馬鹿にしやがって! どうすんだ大士。逃げんのかよ」
ほら、すぐに切れた。こりゃあ大士のやつ勝負を受けないと大変なことに。
そう考えながら横を見ると、余裕の表情で後田に笑みを浮かべている大士がいた。
お、意外と大丈夫そうだな。
「ふふ、逃げたりなんてしないさ。でも放課後だから誰も巻き込みたくないけど、立ち会い者はほしいところだよね」
「おい、なんだよ大士。俺がズルするとでも思ってるのかよ」
「いや、そういうわけで言ったんじゃないよ。気を悪くしたらごめん。ただ公平性を期すための保険さ」
なるほど、大士が悩んでいるのは放課後、というところだろう。時間がどれだけかかるかわからないが、立ち合いをする生徒の時間を貰わなければならない。
ちなみに、うちの学校のルールで生徒同士の実践訓練は教師と生徒、1人ずつが立ち会うことになっている。
まあ、そんなルール守られていることの方が少ないが。教師だって暇じゃないからな。
「ち、まあ良いぜ。誰にするよ」
「んーそうだね。後田くんや僕の仲良い子にすると不公平だし……。時間が余ってそうなのは」
そう言いながら、大士はクラスメイトの物色を始める。
あーよかった。目立たないように生きといて。強力なスキル持ちの立ち合いなんか危なくてできたもんじゃない。
しかも、俺の誕生日は非常に遺憾ながら後田と同じ10月。それも31日だった。つまり、無能力者というわけだ。
立ち合いなんざ、余計にやりたくなかった。
しかも、大士のやつ時間余ってそうな奴って言いやがった。あの天然ちゃん、なかなか毒を吐く。
暇人扱いされるのは誰なのか。
「さて、俺は忙しいから帰らせてもらおう」
はっきり言って、情報収集が終わればクラスに留まる意味なんてない。
そう、ぼそっと言いながら立ち上がったときだった。
「そうだ、春崎くんにお願いしよう!」
クラスメイトの視線が俺に向かって集まる。当然、俺の名前を発した馬鹿大士の視線もこちらに向けられていた。
おいおいおい。ふざけるなよ。
「おーいいじゃねえか。春崎、よろしく頼むぜ」
頼むじゃねーよ。後田、お前なんで2つ返事でOKなんだ。頭沸いてんのか、お前誕生月同じなんだから無能力者なの知ってるだろ!
「いや、俺はほら…」
なんとか断らねば。俺、春崎アラタら周りに流されないと決めたんだ。
忙しいから帰る、と断りを入れようとした時だった。
「そうだね、春崎くんなら安心だ」
「うむうむ、春崎氏なら片方に贔屓することもないだろう!」
大士と後田の雰囲気に流されたからか、あちこちから声が……。
ちくしょう! モブども、畳み掛けてくれるな。しかも氏ってなんだよ氏って! 今どきそんな露骨なオタクいねえよ。
「はあ、仕方ない。わかったよ。でも、俺の立ち合いにケチはつけるなよ」
雰囲気的に、断れる状況ではなかった。仕方ないが、今日は諦めるとしよう。
「ありがとう、春崎くん。助かるよ」
「まあ、お前で我慢しといてやるか」
爽やかな笑顔で礼を言う大士と、嫌味ったらしくお礼ではない礼を告げる後田。
大士はともかく、後田お前覚えてろよ。俺が強いスキルを手に入れたら真っ先にぶっ倒してやる。
「それじゃあ、みんな行こうか!」
「おー!」
明るく声を上げる大士と、それに黄色い声で答える女子生徒たち。どうやらクラスメイトのほぼ全員が見に行くようだった。俺のように普段クラスメイトと連まない連中まで今日は見に行くようだった。
そりゃそうか、スキル2つ持ちと、イケメンで努力家の佳景大士の戦いだ。どっちが勝つかは気になるところだろう。
「はあ……」
ため息をつきながら、クラスメイト達を追いかける。
正直俺はさして興味がなかった。
それよりも家に帰るのが遅くなる方が不安だ。姉貴に遅くなるって連絡入れておくか。
立ち合い中、スキルの流れ弾が来ないと良いなあ。
そんなことを思いつつ、露骨にめんどくさそうにしながら訓練ルームに向かうのだった。