06 施設見学
「これにて治療は完了いたしました。帰還しましょう」
「えー、中見ていかないの?」
「機人の巣だよ、ここ!?」
どうやらケシェは機人の巣の見学を希望しているようです。ですが、流石に重要施設の中に案内するわけには参りません。ここは諦めてもらうより他は……おや?
施設の地図を確認していたところ、見学用通路と記された通路が存在する事が判明しました。どうやら、この施設は娯楽提供を目的に施設内の見学を許可していたようです。
“要求。2名の施設見学を希望します。”
“>了承。大人1人500E、小人1人200Eとなります。”
施設見学の代金はごく少額でした。ただし、通貨は第一文明で使用されていた連合共通通貨です。第三文明ではこれらの通貨は使用されておりません。もちろん、ケシェやラキシュも所持していないでしょう。ですが、自己進化形AIオペレータには個々の判断で使用可能な資産がある程度設定されておりますので、そこから支払いを行えば問題はありません。
連合共通通貨は暗号通貨方式を採用しており、物質的な貨幣を持ちません。入り口の専用端末に触れ、代金の支払いを実行します。
“要求。言語を第三文明・ケルブネル王国標準語に設定。”
“>了承。第三文明・ケルブネル王国標準語での対応を行います。”
案内に際し、言語をケルブネル王国標準語に変更します。惑星管理システムは第三文明のあらゆる言語に対応しているため、この国の言語での対応も問題なく可能です。
「見学が可能な部分があります。代金は支払いましたので案内に従って進んでください。くれぐれも、経路の外には出ないように注意してくださいね」
「へ?入れるの?って言うか、代金って、私が払うよ!?」
「いえ、使用されている通貨は現在使われているものではありませんので」
怪訝な表情を向けるラキシュでしたが、ケシェは早速案内用のドローンと共に先に進んでしまっています。1人にしてしまうのは不安ですので私達もその後を追います。
「へえ、なんか、凄いんだね」
直ぐにラキシュも物珍しい光景に目を奪われていました。施設は医療用の装置を製造する工場です。この施設は完全に管理されており、3千億年が経過した現在も問題なく機能しています。現在は惑星管理システムの管理下にあり、製造された装置は亜空間保管庫に納品されます。とは言え、現在それを使用する者は既に不在なのですが。
[こちらは医療用魔導薬の製造工場になります]
「うわ、アレ全部治癒ポーション!?しかも最高級のやつじゃない!!」
この施設は我々の文明が栄えていた頃に製造されたものなので当然製造している魔導薬も我々の文明で使用していた物です。この文明においてはかなりの高級品のようですが、我々の文明では安価に流通している物でした。実際、この施設の見学でも試供品が参加特典として貰える事になっていたはずです。
「窃盗行為は行わないでください。警備ドローンに捕縛されてしまいますので」
「うう、あんなにたくさんあるのに……」
未だに欲しそうに眺めているラキシュですが、犯罪行為は看過できません。連合法に従い処罰をしなくてはならなくなります。連合法では未開文明の構成員であることは考慮されますが、それでも処罰は免れません。
「参加特典として1人1本提供されますので、それで我慢を」
なお、当然ですが自己進化型AIオペレータである私は人数にカウントされておりません。そのため、提供される魔導薬は2本となってしまいます。私の素性が明らかになるのは好ましくありません。
“要求。医療用魔導薬を追加で1本提供ください。”
“>了承。1本100Eとなります。”
状況について説明し、代金を支払います。これで見学終了時に渡される魔導薬は3本になるはずです。
暫く進むと医療用ポッドの生産設備に変わりました。ここで生産されている物は私が活動していた時期に生産された物よりも高度な医療ポッドのようです。約3千億年の間に自己最適化が実施されていたようですね。この医療ポッドであれば過剰魔力蓄積症候群の治療も可能でしょう。
“要求。最新ロットの医療用ポッドを規定数提供ください。”
“>了承。連合法に則り、自己進化型AIオペレータが所持すべき規定数の医療用ポッドを提供します。”
施設の亜空間保管庫から私が管理する亜空間貯蔵庫に規定数の医療用ポッドが補給されます。これで、今後同様の事態に遭遇しても即座に対応が可能となります。第二文明の粗製魔導薬の存在を鑑みれば用心に越したことはないでしょう。
「エルさーん、置いていくよー?」
医療用ポッドの補給を行っている間に2人は先に進んでいたようです。最後にたどり着いたのは食堂のようでした。全自動化されているこの施設に食事を必要とする者は居ませんが、見学者に提供するためのものでしょう。食料は亜空間保管庫に時間の進行を停止した状態で格納しているものを提供するため、約3千億年経過した今でも新鮮なものが提供されます。
「お、美味しそうだよ、これ!!」
「た、食べて良いのかな?」
ケシェとラキシュが目を輝かせて私を見ます。
「構いません。新鮮なものが提供されていますので問題ありませんよ」
私はその視線に頷きを返します。そして、遅れて席についた私にも食料が提供されます。自己進化型AIオペレータである私は大気中の魔力から活動エネルギーを得ることができるため、本来食事を必要としません。ですが、このような場合も想定して食事を行う機能自体は有しています。人間種の胃に当たる器官に魔力変換炉が存在し、食した物を全て活動用のエネルギーに変換するのです。
食事を終えた私達は、最後に医療用魔導薬を受け取って出口に向かいます。その途中で防衛用の機装兵器が並ぶ格納庫を通ります。
[ここに並んでいるのは防衛用の機装兵器になります。本施設に武装を持って侵攻するあらゆるテロリストは本兵器により駆逐されます。皆様の安全を支える医療器具製造設備の警備は万全です。ご安心ください]
「あ、あはは、冒険者ってテロリストって思われてたんだね……」
ドローンの説明を聞いたラキシュが引きつった顔でそう呟きました。防衛用の機装兵器は定型文による警告しか行いません。おそらく、この文明の冒険者には理解し難い文言となっていたのかもしれませんね。
“要求。警告に際し、第三文明のあらゆる言語での対話を試みてください。”
“>了承。対応プロトコルをアップデートします。”
これで少しは理解いただけるでしょうか。それでも押し入るのであれば後は自己責任となります。
「エルさん、どうしたの?」
「いえ、問題ありません。今度こそ帰還を」
ラキシュにそう答え、出口に向かいます。こうして私達は機人の巣を後にしました。
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