03 病気の幼子
初回につき4話連続で更新します。
これは3話目です。
「これでよろしいでしょうか。問題がなければ脱出を」
「そ、それっ!……って、それはエルさんのだよね!?だ、ダメ、私には買うお金ないから……」
「差し上げます。ですから脱出を」
私が提示した医療用魔導薬の提供はラキシュに断られてしまいました。私からすれば在庫品ですし、生成も容易です。大した価値もないので、それで目的が達成できるのであれば無償提供も問題ないのです。ですが、ラキシュは受け取ってくれる様子がありません。不可解です。
「何故でしょう。無償で手に入るのであれば問題ないのでは?」
「だーかーらー、それじゃ私の気がすまないんだって!」
困りました。私としては彼女の命以上に重要なものは今この場にはないのです。この程度の治癒薬でそれが解決するのであれば最善だと考えているのですが、彼女はどうやらそうではない様子。こうして口論している間にも崩壊は始まっており、猶予は無くなっていきます。仕方ありません、ここは強硬手段に出るより他はないでしょう。
「すみません、緊急事態につき少々危害を加えることを了承下さい」
そう伝えながら私は暴徒鎮圧用の【スタンボルト】を使用しラキシュを気絶させました。そのまま彼女を担いで出口を目指します。おそらく正規のルートはもう使えなくなっているに違いありません。ここは緊急脱出用のルートを使うことにしましょう。
残念ながら脱出用のカプセルは1つしか無いようでした。ラキシュだけ収容することも考えましたが、回収装置が機能している保証はありません。彼女だけを射出するのは危険でしょう。幸い私もラキシュも無駄な肉は一切無いためギリギリですが2人収容する事はできそうです。設計者に感謝すべきでしょうか。
防御用の魔導障壁を展開する必要はありましたが無事射出に成功したようです。ですが、案の定着陸に関する機能は失われていました。回収に来るはずの無人機もですが、軟着陸用の耐衝撃装置も故障しています。このままカプセル内に留まるのは危険です。
「は……ふえっ!?ここどこ!?」
射出の衝撃でラキシュが目を覚ましてしまったようです。今ここで暴れられては命に関わります。手早く行動しなければなりません。まずはカプセルの扉を破壊して脱出路を確保します。そのままラキシュを抱きかかえて空中へ。魔導反重力装置を発動させ落下速度を軽減します。同時に周辺の地形をスキャンし、安全な場所を確認しました。そのままその場所に向かって移動します。どうやら無事着陸できたようです。遺跡の方を見れば今まさに崩壊するところでした。危機一髪、と言ったところでしょうか。
「あ、あ、あ、遺跡がぁ……」
崩れる遺跡に手を伸ばすラキシュ。そんな事をしても崩壊を止められるわけではないと言うのに、不可解です。そうしているうちに遺跡は完全に埋もれてしまいました。あれでは中を探索するのは不可能でしょう。
「医療用魔導薬でしたらここにありますので、問題はないかと」
彼女が何故これを求めるのかは不明ですが、おそらく彼女と親しい者に病人が居るのでしょう。であればこれで改善できるはずです。彼女は葛藤の末、無事受け取ってくれました。おそらく切羽詰まった状況なのでしょう。他に早急に入手する手段がない以上、彼女にはそうするより他はありません。
「け、けど、このお礼は必ずしますから!」
彼女はそう言って私の手を強く握ってきました。まだ冒険者としては駆け出しの少女。それが危険を顧みずこのような所まで赴いているという事に少々興味が湧いてきました。それに、一つだけ懸念もあります。ここは彼女に同行を申し出ることにしましょう。
「私も同行してもよろしいでしょうか?」
「え、ええと、構いません、けど……」
快く、という感じではありませんでしたが、ラキシュは同行を許容してくれました。周辺の地図は既に取得済みです。街までは迷うことなくたどり着きました。その後、彼女に案内されて街の外れの方に向かいます。スラム街、とでも言うのでしょうか。エストリゼ人類連合に属する小国にもこの様な集落が存在していたと記憶しています。その一角、おそらく第二文明時代の建物の残骸の様な場所にその人物は居ました。
「あ、お姉ちゃん、おかえりなさい」
「ラキシュちゃん、いらっしゃい。遺跡に潜るって聞いていたけど、随分と早かったのね」
「レーシャさん、お邪魔します。……ただいま、ケシェ」
そこに居たのは人間種の母娘でした。母子家庭でしょうか、父親の姿は見当たりません。ラキシュは母親の方に挨拶してから奥のベッドに横たわる少女の元へ向かいました。ケシェと呼ばれた少女は明らかに衰弱しているようです。ラキシュが医療用魔導薬を求めたのは彼女を救うためでしょう。ベッドとテーブルしか無いような狭い部屋。窓や扉すらも無いような惨状では体を壊すのも仕方がないでしょう。ケシェは体を起こすのも辛いようで、ベッドから起き上がる事ができずに居ます。
「あ、あれ、お客さん?」
「え、あ、うん。エルさんって人で、私を助けてくれた上に治癒ポーションまでくれて……」
ラキシュがそう伝えた瞬間、慌てて起き上がろうとするケシェ。流石にこの状況では命に関わりかねません。私は必要ない事を伝えます。それでも、と無理をしようとするのをラキシュと母親に止められ、無事ベッドへと戻ってくれました。これで一安心です。ですが、その時に肌に浮かぶ斑点が見えました。どうやら私の推論が的中してしまったようです。
“要求。少女ケシェの病状について。”
“>了承。診断結果を送信します。”
“受信を確認。”
私は即座に管理サーバにインストールされた医療アプリケーションに診断結果を要求しました。受信したデータを確認しましたが間違いないようです。魔導陣によく似た紋様の斑点。過剰魔力蓄積症候群の特徴と一致しています。
「ラキシュ。彼女に医療用魔導薬を使用するのは推奨できません」
「え、ちょっと、なんでっ!?」
「……どういう事ですか?」
「理由は今から説明いたします」
止める事を優先したため説明が疎かになってしまいました。それを聞いたラキシュが私の胸ぐらを掴んで詰問します。ケシェの母親、レーシャも不安そうにしています。過剰魔力蓄積症候群に対して医療用魔導薬は毒にしかなりません。まずは彼女たちにその説明を聞いて貰う必要があるでしょう。