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#4 「幼女ニストとしては、当たり前の行動だと思いますけど」

「月が二つある。本当に異世界なんだ」


 公王府の敷地内にある宮殿。その一室の窓から桜子は夜空を眺めていた。

 来客用の寝室らしいのだが、壁の装飾から床のカーペット、棚に飾られた小物まで絢爛であった。天井から吊るされたシャンデリアは近代的であり、その光源は蝋燭ではなかった。電球のようなガラス管が光を発し部屋を明々と照らしていた。


 桜子は改めて部屋全体を見渡した。


(この世界って電気とかどうなってるんだろ。さっきお風呂に入れてもらったけど普通に蛇口からお湯出てたし。食事も手間のかかってそうな料理で、しかも美味しかったし。建物は西洋風の宮殿なんだけど……)


 いつもの桜子であれば大いにはしゃいだのだろうが、今の自分の状況を鑑みると、とてもそんな気分にはなれなかった。


(世界が変われば、とか思ってたけど実際こうも変わっちゃうとな~……。何をすればいいのか、どうやって生活すれば良いのか、全く分かんない。こっちの世界のこと知らなきゃな。よし、先ずはそれからだ。しかし、異世界とかファンタジーすぎるでしょうよ……)

 ネグリジェ姿の桜子は陰鬱な表情のままベッドに背中から倒れこんだ。


 部屋のドアをコンコンとノックする音が聞こえた。

 桜子は反射的に返事をし、体を起こした。ドアが開くと幼女化したアンネリーゼがひょっこりと顔を出した。


「アンネちゃん! どうしたの?」

「サクラコとお話がしたかったの」

「私と?」

「サクラコのいた世界のことおしえて」


 そう言うとアンネはトコトコと桜子の居るベッドまで駆け寄った。

 その姿に桜子は、至福の表情で応えた。


「アンネリーゼ様! 不用意に近づいてはいけません。その女、危ない感じがします」


 突然聞こえたのは少女の声だった。


 桜子は部屋を見渡すが自分とアンネ以外の姿は無かった。不思議に思った桜子がキョロキョロと辺りを見渡している間にアンネが桜子の隣に座った。


 アンネに視線を向けると、そこにはアンネのネグリジェを引っ張る小さな人影があった。


 その身長は30センチ程であり、足元まで伸びたアイスブルーの髪が神秘的であった。背中には薄羽蜉蝣のような透き通る羽が生えており、その羽は宝石の粉をまぶしたようにキラキラと輝いていた。


 そんな人形みたいな存在が宙に浮いている。それは俗に言う妖精そのものだった。


 その容姿を見た桜子は目を丸くした。

「妖精だ! 本物だよね! すごくファンタジーしてる」


 桜子のテンションと奇異の眼差しに妖精は気を悪くしたようで、桜子の顔の前まで飛んで行くと仏頂面を突き付けた。


「私はね、ブラインミュラー家に仕える格の高い妖精なの。貴女みたいな一般人がお目にかかれない高尚な存在なの。頭が高いわ、控えなさい」


「アンネちゃん、この子名前何て言うの?」

「聞けよッ!」

「『アルベルティーナ』だよ」

「アルベルティーナ……。長いから『アル』で良いよね」

「良くない! そして略すな!」

「アルの餌って何なの?」

「餌とか言うな! ペット感覚かッ!」


 桜子の不躾な態度にアルベルティーナは両手で髪を掻きむしり、怒りで声にならない声を上げた。そして、仏頂面をさらに膨らませ桜子の目先にその小さな指を突き付けた。


「貴女のことはテレージア様から聞いて知ってる。アンネリーゼ様をこんな姿にした張本人だってことも。何でそんな奴がアンネリーゼ様の隣に座って幸せそうな顔してるのよ!」


「こんな可愛い美幼女が隣に居て幸せを感じないなんて、それはもう不感症なのでは?」


「アナタ、不感症の意味分かってる?」

 アルベルティーナは脱力する。


「ねえ、アル。私聞きたいことがあるんだけど」


「早速、略してるし……。あのね、私はアンネリーゼ様に危険が及ばないように見張ってるの。つまり、貴女に近づけたくないの。だから、質問なんて答えてあげない」

 アルベルティーナは口をイーっとするとそのままそっぽを向いてしまった。


 露骨に桜子に敵対心を剥き出しにしている。


「そんな警戒しなくてもいいじゃん。私はどこにでもいる、小さい子に優しい普通の女子高生だよ。ね、アンネちゃん」


 桜子はアンネに同意を求める。アンネは笑顔で大きく頷いた。


「アルベルティーナ。サクラコはね、とってもやさしいの。アンネのことかわいいって言ってくれたんだよ」

「それは、まあ、今のアンネリーゼ様を見れば誰でもそう言いますよ」


「それでね、アンネとけっこんしたいって言ってた。あと、キスしようとした」


 アルベルティーナは桜子に侮蔑の眼差しを送り、軽蔑した。

 しかし、桜子はそんなもの気にも留めていなかった。


「幼女ニストとしては、当たり前の行動だと思いますけど」


「何だよ、幼女ニストって! 病的なロリコンだろ!」


 アルベルティーナは真顔で答える桜子に危機感を覚える。


「私はロリコンじゃない。小さくて可愛いモノが好きなだけ」


「じゃあ、サクラコはアルベルティーナのことも好きなの?」

 アンネにそう言われ桜子はアルベルティーナの全身を見つめる。


「な、なによ……」 


 アルベルティーナは身構えるが、桜子はその様子を鼻で笑う。


「見た目がババアすぎて、ピクリともしないなぁ……」


「ホント、お前何なの! 何で私がディスられなきゃいけないの!」


「それでね、アル。質問したいことがあるんだけど」

「このタイミングで! バカなの! 答えるわけないじゃん!」

「いいもん。アンネちゃんに聞くから。アルのけちん坊」


 桜子のふてぶてしさにキーッと金切り声を上げるアルベルティーナを尻目に、桜子はアンネの方を向き優しく微笑んだ。


「アンネちゃんも私に聞きたい事があるみたいだけど、私も聞きたい事があるんだ」

 アンネは首を傾げた。

「この世界のこと私何も知らないんだよね。だからアンネちゃんに教えて欲しいの」

 アンネは得意気に返事をした。


「先ず『聖石』って何なの? 私的には、便利な魔法が使える宝石って思ってるんだけど」


 アンネはどういうモノか知ってはいるが、言葉にするのが難しいといった様子で考える。


「う~ん……、せいせきはね、セレンファリシア様が人にくれたモノなの。むかし、まぞくっていう悪い人たちがいて、その人たちをたおしたの。それでね、え~と……、せいおう様がたおしたの」


「うん、それで?」

「おしまい」

「そうかぁ……」


 桜子は両手で頭を抱え、ため息混じりにそう言った。有用な情報を期待していたわけではなかった。ある程度の言葉から推測を図ろうとしていたが、思っていた以上に難解であったため断念した。


「アンネのお話、ダメだった?」

 アンネは桜子の落胆した様子を見て寂しそうにそう言った。


 アンネがシュンとしてしまったので桜子は慌ててフォローする。

「そんなことない。アンネちゃんのお話すごく面白かったよ」

「ホントに?」


「うん! それに、私はアンネちゃんの吐いた息が吸えて幸せだった」


 ドン引きしたアルベルティーナの軽蔑の眼差しが桜子に刺さる。


「ねえ、アルベルティーナもサクラコにお話してあげて。アンネだけじゃ、じょうずにお話できないよ」


 アルベルティーナはアンネのお願いに「仕方ないですね」と折れる。そして、アンネと桜子との間に割って入ると、桜子にアンネから遠ざかるように促した。


「アンネリーゼ様のお願いだから、仕方なくやってあげるんだからね。ちゃんと聞きなさいよ」

 アルベルティーナがそう釘を刺す。


 桜子は大きく頷き、何故かベッドの上に正座をし、聞く体勢を整えた。


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