#27 公王アンネリーゼ・ブラインミュラー
ヨハンナは鉱夫たちを引き連れ、坑道の出口を目指していた。
その道はモンスターを外へ逃がすために掘られたのか、幅も高さも広く大人数が歩くにも問題なかった。出口の明りが見えてきた。鉱夫たちにも歓喜の声が湧く。
ヨハンナを先頭にして坑道の外に出た。外はどんよりと曇っていたため陽の光に眩むことはなかった。出口の先は丘陵地になっており一面に草原が広がっていた。
本来なら安堵のため息が出るところだが、逆にヨハンナの表情は緊迫感に引きつった。
彼女の眼下に広がったのは、グロービス騎士団の騎士五百名が坑道の出口を完全包囲している光景だった。ヨハンナにはその騎士団の目的が分かっていた。ガルキオ商会が後始末と称し、モンスターに変えた鉱夫たちを討伐するために派遣された部隊であることが。そして、その部隊を指揮しているのがリコをガルキオ商会に引き渡した騎士総長であることも。
しかし、鉱夫たちはそんなことを知る由もない。騎士団が助けに来てくれたのだと思い歓喜し、ヨハンナの静止を聞かず駆け寄って行く。
そこに待っていたのは一方的な虐殺だった。騎士団に近づいて行った者が殺された。殺された鉱夫たちは何故殺されたのか一切理解できていなかった。その惨状を目の当たりにした鉱夫たちは慌てて坑道の出口へと引き返す。
その混乱は騎士団の方でも起こっていた。
隊を率いていたアデットは騎士総長に虐殺の理由を詰め寄っていた。
「我々はモンスターの討伐に来たはずです! 彼らは鉱山で働いてる市民です。どうして殺す必要があるのですか!」
「貴様にはあれが人に見えるのか? 私にはモンスターにしか見えない。他にアレが人に見える者はいるか?」
騎士総長の周りに居た数名の騎士は微動だにしない。彼らもまたガルキオ商会との取引で甘い汁を吸っている者たちだった。
「騎士団において上官の命令は絶対だ。それに逆らうのであれば命令拒否とみなし相応の処罰を受けてもらうが、貴様はどうする?」
騎士総長が何かの証拠を消すために虐殺を行っていることは明白だった。しかし、アデットはこれ以上何も言うことはできなかった。
遅れて桜子たち四人も出口に辿り着いた。桜子たちは阿鼻叫喚を極める混乱に絶句した。
「ヨハンナ、これは何! どういう状況なの!」
「グロービス騎士団より攻撃を受け数名の鉱夫が犠牲になりました。どうやら、証拠隠滅のために我々を殺すつもりなのでしょう」
ウィリアムは苦渋に満ちた表情で坑道の壁を力いっぱいに叩いた。
「どれだけ……、どれだけ腐っているのだ、総督府はッ!」
彼の悲痛な言葉に皆俯き悲嘆に暮れてしまった。
その重たい空気をどうにか押し返そうと桜子が言葉を発した。
「で、でも、ヨハンナさんやアルが話せば……、二人とも偉いんだから大丈夫だよね?」
アルベルティーナは首を横に振り、その理由をヨハンナが説明する。
「残念ですが桜子、我々には騎士団の作戦を中止する権限も、騎士総長に命令する権限もありません。それに、どさくさに紛れて我々も殺すつもりでしょうから、我々の言葉を素直に聞くとは思えません」
「では、私が行くしかないな」
桜子たちの背後から玲瓏とした声が聞こえた。
その声の主は堂々とした歩幅で桜子たちの前を通り過ぎる。
出口付近に屯していた鉱夫たちはそれが何者か分からなかったが、その威風堂々たる雰囲気に道を開けていた。坑道の出口に近づきその顔に光が当たったその時、鉱夫たちから歓喜の声が漏れた。
曇天が裂けそこから差し込む光がスポットライトのように彼女を照らした。
その神々しい姿に誰もが息を呑んだ。
「我が名はアンネリーゼ。サブマトン公国公王アンネリーゼ・ブラインミュラーである。グロービス騎士団、騎士として誇りと信念があるのなら剣を引け!」
その声は力強く、美しく、どこまでも通った。彼女の立っている場所から騎士たちまで距離はあったが、その声とその凛とした佇まいは彼らを動揺させるには充分だった
騎士たちの間に動揺が走る。狼狽える騎士たちは騎士総長に指示を仰ぐが、彼もまた平静さを失っていた。
「う、狼狽えるな! こんな場所に公王殿下がいらっしゃるわけがない! あんな薄汚い恰好をした女が公王殿下であってたまるか!」
慌てふためくその男を遠目に見て、アンネリーゼはそれが騎士総長だと認識した。そして、毅然と真っ直ぐにその男の方へ歩いて行く。
途中、騎士たちが陣形を組んでいたが、彼らは立ち竦むしかできなかった。アンネリーゼの顔を間近で見て、それが本人であると確信してしまったためである。
アンネリーゼは騎士総長と相対した。
「は、早くこいつを殺せ! 公王殿下の名を語る不届き者だ!」
騎士総長は目の前に居るのが公王アンネリーゼであることは分かっていた。しかし、それを認めれば自分がどうなるのかも分かっていた。そう言うしかなかった。
彼の取り巻きをしていた騎士たちも同様であったが、彼らは騎士総長の言葉に従う他なかった。取り巻きの騎士たちは破れかぶれになりアンネリーゼに斬りかかった。
しかし次の瞬間、彼らの首は瞬く間にレイピアに貫かれた。
いつの間にかアンネリーゼの傍らにはヨハンナが立っていた。
「公王殿下に刃を向ける。その意味が分からないわけではないでしょう。騎士を辞職し逆賊になる覚悟おありなら、公王府秘書官ヨハンナがお相手致しましょう」
ヨハンナの躊躇のない攻撃と冷静な言葉に騎士総長は更に竦み上がった。
「さて、騎士総長。今の私は機嫌が頗る悪い。言葉は選べよ」
「わ、私はお前が公王殿下だとは認めない!」
声は上ずり狼狽する騎士総長の姿に、アンネリーゼは嫌悪より呆れを抱いていた。
その時、大地を揺らすような轟音を立て鉱山が崩落しだした。
坑道の出口付近にいた者たちは慌てて草原へ退避する。崩れ落ちた坑道から岩を押しのけ巨大なモンスターが姿を現した。鋭い牙を生やした四足歩行のモンスター。坑道内で相手にしたモンスターと同じ造形をしていた。しかし、その体長はゆうに十五メートルを超えていた。
そのモンスターはヨハンナが相手にした個体だった。そして、先程ガルキオ商会の会長を聖石ごと喰らったモンスターが更に、坑道内に置かれていた餌用の聖石をも全て喰らった姿だった。
その場に居た全員に戦慄が走る。騎士団がすぐさま臨戦態勢に入る。
騎士の一人がアンネリーゼに駆け寄る。
「アンネリーゼ様危険です、お下がりください。あのような巨大な個体見たことがありません。我らグロービス騎士団の名に懸けて、命に代えても御身の退避の時間は稼いでみせます」
「なぜ下がる必要がある。私一人で充分だ。お前らは鉱夫たちの退避を優先させろ」
アンネリーゼはそう言うと両手を前に出し精神を集中する。
黒い炎のようなオーラが周りに沸き立ち、彼女を中心にして荒れ狂う。
「深淵に眠りし叛逆の王
汝 隔たれし悠久の帳を破壊する存在
汝 深更より生まれ 曙光を喰らう存在」
漆黒のオーラはやがてアンネリーゼの突きだした両手に収束されていく。
「汝を縛る古き戒めを打ち破り 破壊と蹂躙を以て顕現せよ!
『瞋恚の叛逆王』」
詠唱と共に球状に収束された漆黒のオーラはアンネリーゼの最後の言葉をトリガーにし、凄まじい勢いで放出された。それは巨大なビーム砲と呼ぶべき代物だった。
その漆黒の光芒はモンスターの体の大半を飲み込み、鉱山を抉り貫いた。その軌跡には何も残っていない。その場に居た全ての者がその光景に度肝を抜かれてしまった。
「どうか、安らかな死を」
アンネリーゼはそのモンスターを憐れむように静かにそう呟いた。
桜子はアンネリーゼのその凄まじい力を目の当たりにし、あんぐりと口を開けその場で腰を抜かしていた。
「ねえ、アル……。アンネリーゼさんの持ってる聖石の力って何なの?」
「今更それを聞くの? 今まで散々使ってたでしょ」
「アンネちゃんには興味津々だけど、アンネリーゼさんにはそこまで興味無かったから」
「アンタ、本当にぶれないわね……。アンネリーゼ様が身に付けてるネックレス型のコネクター。それに取り付けられている聖石は『深淵なる聖石』と呼ばれているわ。聖石から発せられる黒いオーラが様々な形を成し攻撃を行う。肉体の強化も兼備しているから恐ろしい戦闘能力となるわ。かつての聖戦で魔王グラナティスが似た力を使っていたという文献もあるけど、世界に一つしかない希少な聖石なの。そして、ブラインミュラー家に代々伝わる特殊な聖石でアンネリーゼ様にしか使えない」
アンネリーゼは腰を抜かしている騎士総長の前に立ち、彼を見下ろしながら言った。
「さて、お前はこれでも私を偽物だと言うのか?」
騎士団総長は観念しガクリと肩を落とし俯いてしまった。
「お前には今回の件を含め、ガルキオ商会への聖石の横流し、コネクターの密売など聞きたいことが山ほどある」
アンネリーゼは騎士総長にそう言い放つ。そして、辺りを見渡すと五百名の騎士と助けられた鉱夫たち全てが彼女に跪き首を垂れていた。
その中の一人、騎士アデットが上申のために口を開く。
「グロービス騎士団第一部隊隊長アデットと申します。この度の蛮行は、全て我ら上位騎士の不徳にございます。部下たちは命令に従ったまで。我らはいかなる罰も受けましょう。しかし、部下たちには寛大なご処置をお願い致します」
それは上申と言うよりは懇願に近いものだった。
「自分自身に後ろめたいモノが無いのなら顔を上げ私の命令に従え。先ずは部隊を別け鉱夫たちを保護しグロービスまで送り届けろ。後はついでにそこの騎士総長を連行しろ。残りの者は坑道内の調査だ。ガルキオ商会の会長を逃がした。徹底的に調査しろ。以上だ」
「そ、それだけでしょうか?」
「不服か?」
「いえ、そのようなことはございません!」
騎士アデットは勢いよく立ち上がり各隊と部下に檄を飛ばした。
アンネリーゼはその様子をしばらく眺めると、今度は桜子たちの方を向いた。
「それでは最後の後始末といくか」
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総督府の廊下はいつにも増して騒がしかった。その突然の騒がしさは緊張と焦りを含んだものであり、総督府の職員からすれば大変ありがたくないものだった。
自身の執務室に居た総督はその慌ただしさを疎ましく思い、自分の秘書にその原因を探って来るように言った矢先、執務室の扉が勢いよく開いた。
「貴様がグロービスの総督か」
扉の先には居たのは正装をしたアンネリーゼと桜子たちだった。
総督は慌ててアンネリーゼの前まで行くと跪き首を垂れた。
「ア、アンネリーゼ様! どうしてこちらに。ご到着はまだ先だとばかり思っておりました。お迎えに上がれず申し訳ございません」
総督はアンネリーゼが何も知らぬと思い、ヘラヘラとおべっかを言っている。
「貴様には聞きたいことがある」
「何でございますか?」
「ガルキオ商会との繋がり、聖石の横流し、他にも色々とな」
総督は冷や汗をかき、しどろもどろになりながらそれを否定しだした。
アンネリーゼはその様子を不快そうに眺めながら言った。
「見苦しいな。汗を拭け、総督。私が何も知らぬとでも思っているのか。罪状は後でいくらでも用意してやる。騎士総長がいくらでも証言してくれるだろうからな」
総督はハンカチで汗を拭くが、湧き出る冷汗が止まらなかった。
「すべてを御存じでいらっしゃると……?」
「ウィリアムもリコも鉱山で働いていた者たちも生きているわ。そして私たちは鉱山でガルキオ商会の会長に出会った。もちろん、そこで行われていた悍ましい行為も知っている」
「弁明の余地はありませんわ」
アルベルティーナとヨハンナに畳みかけられ、総督はがくりと肩を落とし俯いた。
「総督という立場でありながら民を苦しめ、私腹を肥やしてきた所業。断じて許せはしない。相応の報いは受けてもらう。覚悟しておけ」
アンネリーゼがそう言い渡すと、総督は数名の騎士に取り押さえられそのまま連行されてしまった。
その哀れな後ろ姿を見ながら桜子は微笑み呟いた。
「これで一件落着かな」




