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#25 「うわ……、そんなテンプレツンデレ台詞久しぶりに聞いた」

 桜子はリコの入れられた檻に駆け付けていた。


「リコちゃん、大丈夫?」


 リコは膝を抱え蹲っていたが桜子の声を聴き勢いよく顔を上げた。


「桜子もここに来てたの!」


「ヨハンナさんたちと一緒にね。直ぐに鍵を開けるから待ってて」


 桜子が鍵を開けると、すぐさまリコは扉を開け外に出て来た。


「ありがとう、桜子。妖精さんは? ここにお父さんが居るはずなの。妖精さんに鍵と一緒に探してもらってて――」


「落ち着いてリコちゃん。直ぐにアルもここに来るはずだから」


 桜子は自分に掴み掛かかるようにして言葉をせかすリコを落ち着かせようと諭す。


 リコが落ち着きを取り戻してきた頃にアルベルティーナがやって来た。


「妖精さん、お父さんは?」


 アルベルティーナは顔を伏せ、どう説明するべきか思案していた。ここに来る間もどう伝えるか言葉を探していたが結局見つからなかった。


 アルベルティーナは重たく口を開いた。

「ウィリアムは死んだわ。殺されたの……」


 そう言うしかなかった。モンスターになってしまった、そんな事言えるはずなかった。事実を的確に伝え、かつ傷つけないように最善の言葉を選んだつもりだった。


 アルベルティーナは腰に括り付けておいた青い石のカフスボタンを無言でリコに差し出した。


 リコはそれを受け取ると泣き出してしまった。桜子とアルベルティーナはかける言葉が見つからずそれを見守るしかなかった。


 少し時間を置きアルベルティーナはリコに優しく話しかけた。


「リコ、ごめんなさい。私は貴女に希望を持たせるようなことを言ってしまった。そして、ウィリアムが殺される時、見ている事しかできなかった。私に怒りを覚えるのなら憎んでくれて構わない。だけど、今はここから早く逃げましょう。貴女の父親はどんな拷問にも耐え続けてきた。だけど、貴女の命が危ないと分かった時、なによりも貴女を優先させた。だから貴女はここで死んじゃダメなの」


 アルベルティーナの言葉を聞いていたリコは涙を拭うがどんどん涙は溢れてくる。


「妖精さん……。私は妖精さんのことを憎んだりなんかしないよ。だって妖精さんは私を励ましてくれた。私のお願いを聞いてくれた。本当はありがとうって言いたかった。でも、悲しくてその言葉が出てこなかったの……」


 リコは上ずった涙声で自分の内心を語った。


「貴女は本当に強い子ね」

 アルベルティーナは優しく小さい子をあやすようにそう言った。


 そんな二人を桜子は少し離れた場所から眺めていた。


 リコは涙を拭い立ち上がった。

「私は大丈夫だから、出口に向かおう」


 リコの言葉に促されるよう三人が出口に向かおうとしたその時、進路上からズルズルと何かを引きずるような音が聞こえてきた。音は次第にこちらに近づいて来る。


 三人は立ち止まり身構えた。


 人影が薄っすらと見えてきた。薄暗い坑道のためその全容を掴むのに時間がかかる。ランプの明りに照らされたその姿に三人は表情を引きつらせ後退ってしまう。


 その姿は血で薄汚れたスーツを着た成人男性だった。しかし、その右腕は自分の身長と同じ位に肥大化していた。ズルズルと引きずるような音はその浅黒い筋肉質な右腕を引きずる音だった。男の目は虚ろでどこを見ているのすら分からず、その動き自体も酷くぎこちなく緩慢なものだった。


 異形の怪物を目の前にして恐怖するリコだったが、ランプに照らされたその顔を見て思わず叫んだ。


「お父さん!?」


 リコは辛うじて人間の形を保っている怪物の左手に視線を向ける。薄汚れた白いシャツの袖には青い石のカフスボタンが付いている。


「間違いない! あれはお父さんだよ!」


「違うわ。あれは貴女の父親じゃない。ただのモンスターよ」


 絶叫するリコに対しアルベルティーナは冷静にそう言ったが、その表情は苦悶に満ちていた。アルベルティーナは絶対にモンスターとなってしまった父親とリコを合わせたくなかったのだ。


 桜子の表情も困惑に満ち満ちていた。

「アル……、あれが人をモンスターにするって事なの……?」


 アルベルティーナは黙ったまま頷いた。


「もとの姿に戻す方法はあるんだよね。じゃなきゃ、こんなの辛すぎるよ!」


 桜子の言葉にアルベルティーナは辛そうに首を横に振った。


「こんなの人のやる事じゃ――ッ!?」

 桜子の言葉を遮りモンスターは巨大な右腕を彼女に振り下ろした。


 桜子は咄嗟に地を蹴り横に飛び退いた。彼女の体は地面をこすりその勢いを止めた。桜子が痛みを堪えモンスターの方を見ると、次は横薙ぎに払うのが見えた。思わずその場に身を屈めた。モンスターの腕は桜子の背中ギリギリを空ぶっていった。


 桜子は恐怖で脚がすくんでしまい立ち上がることができなかった。恐怖心から来る逃げなくてはいけないという意思に従いそのまま後退る。しかし、その行き着く先は壁だった。

 モンスターはゆっくりとおぼつかない足で桜子との距離を詰めてくる。退路を断たれた桜子はその場で恐怖に震えることしかできなかった。


「お父さん、やめてッ!」

 リコは力強くそう言うと、桜子とモンスターの間に割って入った。


「リコ、何やってるの! そいつにはもう以前の記憶なんてないの! 意識なんて存在しないのよ!」


 アルベルティーナの言葉が聞こえていないのか、そんなことは承知の上なのかリコの瞳は力強くモンスターとなったウィリアムの虚ろな瞳をしっかりと見ていた。


「お父さん、お家に帰ろう……。私も一緒だから……」


 モンスターの動きが止まった。唇がピクピクと痙攣しぎこちなく動く。


「……リ…コ……」

 そう確かに聞こえた。


 アルベルティーナは驚きで目を丸くしてた。あるはずのない出来事だった。


 リコの顔も思わず綻ぶ。


 そして次の瞬間、リコの体を何かが貫いた。


 それはモンスターの肥大した右腕から飛び出した、猛禽類の爪のように研ぎ澄まされた骨だった。


「リコちゃぁああああんッ!」 

 桜子の悲痛なまでの絶叫がこだました。


 モンスターは右手に突き刺さったリコを、爪に挟まった異物を取るように無造作に放り投げた。

 リコの体は壁に打ち付けられ、そのまま地面に落ちた。そして、血を吐き出すとそのまま動かなくなってしまった。


「グォオオォォオオオオ!」


 酷い雄叫びを上げるとモンスターは桜子を見る。桜子はどうしたら良いのか分からず、その場で蹲っている。


 その時、どこか離れた場所でドーンという爆発音が聞こえてきた。


 モンスターはその音のした方へ視線を向けると、その音の方へおぼつかない足で歩いて行ってしまった。


「どうやらアンネリーゼ様の聖石の力に引かれたみたいね」


 アルベルティーナが安堵のため息を漏らすが、間髪入れず桜子はリコに駆け寄っていた。


「ねぇ、アル! どうしたら良いの! 血がどんどん溢れてくる。どうしたら……。ねぇ、どうしたら良いの! このままじゃ、リコちゃん死んじゃうよ!」


 桜子はリコの姿を見てパニックになっていた。まだ息はある。しかし、助からないのは明白だった。アルベルティーナにはそれが分かっていた。だから何も言えなかった。


「教えてよ! ねぇッ! アルなら知ってるんでしょ――」

 そう言いかけた時、桜子は自身の思いを飲み込むようにして言葉を断った。


(私はいつからこんなに他人に依存するようになった。自分で何も考えないようになった。この世界じゃ私は何もできないから? 違うでしょ、一色桜子! 考えろ、今自分にできることを! 今自分がやらなくちゃいけないことを!)


 桜子の瞳に右手につけられたブレスレットが留まる。それは『逆行の聖石』がはめ込まれたコネクター。『逆行の聖石』を使うためのアイテム。


 桜子の中である決意が固まる。


「アル、『逆行の聖石』の使い方教えて。リコちゃんの体を三十分前の状態に戻すから」


 アルベルティーナは桜子の突然の言葉に耳を疑う。


「何を言ってるの!? そんなこと――」


「アル言ってたよね。この聖石の力は若返らせる力じゃなくて『巻き戻す力』だって」


「言ったけど……、でも、アンネリーゼ様に聖石の力は使うなって言われたでしょ。テレージア様にも」


「この状況で使うなって言うのなら私はその約束を絶対に守れない。アンネリーゼさんたちを敵に回しても私は使う。それくらいの覚悟はある。アルだってリコちゃん助けたいでしょ!」


 いつにも増して真剣でひたむきな桜子の眼差しと言葉。それらは聖石を使う事を躊躇していたアルベルティーナの心を動かすには充分だった。


「急ぐわよ、桜子。対象が死んでしまっては『逆行の聖石』も効果がないわ。先ずはリコの手を掴んで。直接肌と肌が触れなければ発動できないから」


 桜子は血でぬめるリコの手を両手でしっかりと握った。


「そして、願って。どうしいたのかを。どれだけの時間を戻したのかを。強く、強く!」


 桜子はリコの手を握る両手に額を近づけ願った。三十分前のリコの姿を。それ以上にリコを助けたいという思いを。ただただ強く願った。


 コネクターにはめられた『逆行の聖石』が眩い光を放つ。

 アルベルティーナはその眩しさに両手で顔を隠す。


 光が収まった頃、桜子はゆっくり顔を上げ目を開ける。


 そこには薄っすらと寝息を立てるリコの姿があった。顔にも生気が宿っている。服には体を貫かれた時にできた穴がぽっかりと開いていたが、そこから見える肌には傷一つ無かった。


「助け…られた……?」


 桜子は緊張の糸が切れ、気が抜けようにその場にへたり込んでしまった。


「やった、やったわ。桜子、アンタ凄い!」


 アルベルティーナも思わず桜子に抱きつき大いに喜んだ。桜子もリコを助けられた事をようやく実感できその表情が綻んだ、その次の瞬間


「グォオオォォオオオオ!」

 鼓膜を突き破るような大声が桜子たちの背後から聞こえた。


「まずい! 桜子の聖石の波動が強すぎてこっちに戻って来た」


 巨大な腕を引きずりながらウィリアムの姿をしたモンスターが近づいて来ていた。


「アルはリコちゃんの傍に居てあげて。私が囮になるから。聖石を持っている私が狙われるはずだから」


「何をする気なの!」


「リコパパを元の姿に戻す」


「無茶言わないで。さっきとは訳が違いのよ! 相手は敵意を持っているし、近づくことすらままならない。それに、相手はモンスターなのよ。力が効くかも分からない」


「私だって怖いよ、死ぬほど怖い……」

 桜子の手は震えていた。しかし、その手を力強く握りしめた。


「だけど、リコちゃんは私を守って死にかけた。だから私もリコちゃんのために何かをしてあげたい。これは私がやりたい事で、私にできる事。だから私がやらなきゃいけない事だと思うから」


 桜子は力強くそう言うと、地を蹴り走り出した。


 モンスターが自分の後を追って来ているのを確認する。動き自体は緩慢であるため桜子一人なら距離取って逃げること自体は容易であった。


 桜子はある場所へと彼を誘導していた。そこはリコが閉じ込められていた頑丈な鉄製の檻のある場所だった。桜子は檻の中に逃げ込むが、檻の扉は開けっ放しだった。檻の端まで行くと彼女は振り返った。視界に見えたのは丁度扉から入って来るモンスターの姿だった。


 追い詰められたように見えた。モンスターはゆっくりと巨大な腕を引きずり桜子との距離を詰める。そして、自分の攻撃範囲に彼女がいる事を感知するとその剛腕を振り上げる。が、しかしその巨大な腕は檻に行動範囲が制限され上げることを払うことできなかった。


 桜子はその隙にモンスターに接近する。触れるのならば危険な右腕よりまだ人間の姿を保っている箇所の方が安全だ、そういう判断だった。


 右腕の間合いの内側に入りこめた。後は体に直接触れるだけだと思ったその瞬間、桜子の首をモンスターの左手が掴んだ。右腕だけが異常に膨張しているだけで他のパーツは人のままだ。しかし、その力は常人を逸していた。桜子の首を片手で掴むとそのまま軽々と持ち上げてしまった。


 桜子はモンスターの腕を掴み『逆行の聖石』を使おうとする。しかし、首を絞めつけられる苦しさから、意識を集中できず力を発動させることができない。


 桜子は苦しみから逃れようと必死に体をよじったり足をバタバタさせた。その時スカートのポケットから聖石が一つ転がり落ちた。その聖石は鉱山に向かっている途中でアンネリーゼが倒したモンスターから抜き出したモノだった。ヨハンナから受け取った後、そのままポケットに入れたままにしていた。


 モンスターはその聖石に意識を奪われ、桜子を掴んでいた手を放してしまう。桜子は地面に落下しそのまま咳き込むが、すぐさま落とした聖石を拾う。

 そして、指輪型コネクターに取り付けられている『翻訳の聖石』を無理やり外すと、そこにその聖石をはめ込んだ。


 桜子自身これから先何が起きるのかまったく分からなかった。ただ、数日前アルベルティーナから聞いた『コネクターを使えば聖石が使える』という言葉が脳裏によぎった。その時には既に行動しており、もう自分の直感に従うしかないと腹をくくっていた。


(一か八かだッ!)


 桜子は直感的に指輪型コネクターをつけた方の手の平をモンスターに向ける。

 するとその手の平から炎の塊が射出された。


 不意な攻撃が直撃したモンスターはたじろぎ後ろに後退してしまう。


 モンスターの体は炎に包まれた。桜子はこの隙を逃すまいと再びモンスターに接近する。が、後ろに下がったことで檻による行動制限が無くなったその巨大な腕は、天高く振り上げられ桜子目掛け振り下ろされた。


 動かした体はもう止めることができなかった。前に進むことしか考えていなかった。桜子はモンスターが剛腕を振り下ろした事に気付いてもいなかった。


 巨腕が桜子を押し潰す、そう見えた次の瞬間その腕は切断され宙を舞っていた。


 その宙を舞う腕の影にはハルバードを振りきったアンネリーゼの姿があった。


 桜子はそれに構うことなく走り抜け、未だ体が燃えているモンスターの腹部へ手を当てる。炎の中に手を突っ込むようなものだったが、ここまで来た桜子にそんなためらいは無かった。


「戻ってえぇええええ!」


 桜子は絶叫していた。心の内にある言葉を最も簡潔にして。


 『逆行の聖石』が眩い光を放つ。モンスターはその光に溶け込んでいく。


 リコはそのあまりの燦然さんぜんたる光を感じ目を覚めした。


 その光の後にはリコの父ウィリアムがいた。服だけはボロボロでまだ燃えていたため、桜子が慌てて砂をかけて鎮火した。ウィリアムは気を失っていたが、その体には傷一つなかった。


 桜子は安堵からその場にへたり込む。そこでようやくアンネリーゼの存在に気が付いた。


 アンネリーゼは気が抜けたように地面に座り込む桜子を見下ろし見詰めていた。


「#%$……&*%&#%&#」


 桜子はアンネリーゼが何と言ったのか聞き取れずキョトンとしていたが、『翻訳の聖石』をつけていないことを思い出した。軽い火傷を負っていたので、桜子は痛そうにしながら再度聖石を付け替えた。


「今、何て言ったんですか?」

「気にするな」

 アンネリーゼはそう素っ気なく答えた。


「このバカ! なんて無茶するのよ。心配したじゃない!」


 アルベルティーナが涙目になりながら、桜子の目の前で怒っている。


「一応、心配はしてくれてたんだ。アル、ありがとう」


 アルベルティーナは桜子の言葉に赤面し言いたかった文句を飲み込んだ。


「べ、べつに貴女が無事で良かったとか思ってないだからね!」


「うわ……、そんなテンプレツンデレ台詞久しぶりに聞いた。今時流行んないって~」


 桜子の軽口にアルベルティーナが怒っている裏で、リコはウィリアムのもとへ駆け寄っていた。

 父親の体を揺り動かし、何度も名前を呼んでいる。ウィリアムはゆっくりと目を開けた。


「リコ……? ここは? 私は確か……ガルキオ商会の奴らに拉致されてそれから……」

 ウィリアムは記憶を辿ろうとするが思い出せないようだった。


「お父さん立てる?」

「あ、あぁ。服はボロボロだが、体は問題ない」

「私も何故か服におっきい穴が開いてるの。なんでだろう?」


 二人とも不思議そうな顔しながら立ち上がった。


「ねえ、桜子。リコの父親はどれくらい前に巻き戻したの?」


「五日前。リコちゃんと話した時、それくらいに居なくなったって聞いたから」


「じゃあ、二人は桜子に助けられたって事は知らないのか……」


「感謝されたくてやったわけじゃないし、別にいいよ。それに辛いだけの記憶なら、ない方が幸せって時もあるんじゃないかな。今回は特に」


 アンネリーゼは桜子の言葉に耳を傾けていた。そして背を向けると


「お前たちは直ぐに外に向かえ。檻に入れられていたモンスターは大方片づけた。私は檻に入れて置いたガルキオ商会の会長が逃げたので、探しながら後を追う」

 そう言い残し出口とは逆の方へ向かって行ってしまった。


「それじゃ、私たちは出口を目指しますか」


 桜子は先陣を切って歩き出した。するとアルベルティーナが肩の付近に飛んで来た。


「ねえ、桜子。あの時、アンネリーゼ様が何て言ってたか知りたい?」


「別に。どうせ、バカとかマヌケとか言ってたんでしょ」


「『貴様の勇気に敬意を表する』そう言ってた」


 桜子はその時の事を思い出すが、突然笑い出した。


「ない、ない。絶対にない。あのアンネリーゼさんが私にそんなこと言うわけないよ~」


 桜子は一切信じる様子もなく、冗談として受け取っていた。


 アルベルティーナはその場に立ち止まり、桜子の背中を目で追っていた。


「本当のことなんだけどな……」


 そう言った彼女の顔は笑っていたが、どこか残念そうだった。


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