#24 アンネリーゼが行く
断末魔と共にモンスターが両断される。
アンネリーゼはキツキツの服と素足という身なりで、漆黒のハルバードを握りしめ次に仕留める獲物を目定めた。
じりじりと距離を詰める三匹のモンスター。見た目はヨハンナが対峙した犬型のモンスターと同系統のものだったが、それより若干小ぶりだった。
モンスターはアンネリーゼの威圧感に圧されているのか、なかなか飛び込めずにいた。
一匹が正面からアンネリーゼに大口を開け跳び掛かった。しかし、その口はアンネリーゼに届く前に体ごと縦に一刀両断されてしまった。
その一刀の残心の間に二匹目が地を駆けアンネリーゼとの距離を詰める。そして、地を蹴り飛び上がろうとした瞬間、その体の半分が円形にくり抜かれた。ハルバードから繰り出された豪快な突きがモンスターの体の半分を消失させてしまったのだ。
三匹目がすかさずハルバードの間合いの内側に入り込もうとしたその瞬間、ハルバードは瞬時に消え失せた。そして、黒いオーラがアンネリーゼの左手に収束し、鋭利な漆黒のガントレットを形成した。
アンネリーゼはそのまま左手でモンスターの体を貫き、体内から聖石を抜き取った。
アンネリーゼは近くにモンスターがいないことを確認すると
「いい加減出てきたらどうだ」
そう岩陰に隠れている人物に呼びかけた。
岩陰から出てきたのはガルキオ商会の会長だった。おそらく、部下はこのどさくさで逃げ出してしまったのだろう。出てきたのは彼一人だった。
「おい、アンタ。これ以上聖石を使うのは止めてくれねぇか。どんどんモンスターが集まって来ちまう!」
会長は狼狽しながらアンネリーゼに言った。
坑道は薄暗く、彼はアンネリーゼの顔がよく見えていなかった。そのため、目の前にいるのがまさか公王アンネリーゼであるとは気付きもしなかった。
「貴様はガルキオ商会の会長だったな。答えろ。この坑道にモンスターは後何匹いる?」
「奥に十数匹いるよ。大型の奴がな」
「そうか。奥に行くのも面倒だ。聖石を使ってここにおびき寄せるか」
「アンタ、とち狂ってんのかッ!」
会長はアンネリーゼの言葉に動転し激昂するが、彼女は彼を鋭くそして威圧的に睨んだ。
「命が惜しいのなら檻にでも入って震えていろ」
会長はアンネリーゼに威圧され何も言い返すことはできなかった。
そんな状態の中アルベルティーナが大急ぎでやって来た。
「ご無事ですか?」
「アルベルティーナ、状況はどうなっている。簡潔に頼む」
「ガルキオ商会は総督府と手を組み聖石の売買をしています。証拠を抹消するために鉱夫を全員殺すつもりのようです。ヨハンナは捕まっていた鉱夫を逃がしています。桜子は別の場所に囚われているリコの救出に。私も直ぐにそこへ向かいます」
「それで、私はどう動けばいい?」
「このままモンスターの足止めをお願いします。中間地点に純度の低い聖石が大量にストックされていました。それをモンスターに食されるのは避けたいので」
「了解した」
「それともう一つだけお耳に入れたいことが……」
アルベルティーナは言うのが憚られるといった様子であったが、それを口にした。
「ガルキオ商会は人をモンスターに変えていました」
その言葉を聞いたアンネリーゼはその美しい顔を怒りに歪ませた。そして、会長の襟首を強引に掴む。
もう片方に手には漆黒のハルバードが握られていた。そこには明確な殺意があった。
「答えろ。その者たちはどこから連れて来た」
「商会に逆らった連中。取引先から殺しの依頼を受けた奴、色々だよ」
アンネリーゼは会長の首を締め上げる。会長は「グゲッ」という言葉を漏らし悶える。
「お気持ちはわかります。ですが、ここは落ち着いてください」
アルベルティーナは慌てて彼女を諫める。
その言葉を聞きアンネリーゼは会長を地面に 投げつけ、怒気のこもった瞳で睨みつけた。
「どうしてそんな事ができる。セレンファリシア様を愚弄し、人の命を蹂躙する行為をなぜ平然とできる!」
「じゃあ聞くが、神様を崇拝し人を慈しめば満足に暮らせるのか? それが賢い生き方か? 違うだろ。正しく生きて損をするより、賢く生きて得をする方が良い。そう思う奴らが他にも沢山いる。だから俺に協力してんだろ」
「だったらそいつら全員に相応の報いを受けさせてやる」
そう言ったアンネリーゼの表情は冷酷非情に映った。
「アンネリーゼ様、そいつに総督府で繋がりのある者を自白させる必要があります。殺さないでください」
「アンネリーゼ……」
会長はアルベルティーナの言葉を聞いて、自分を地面に叩きつけた女の顔を目を凝らして見つめた。
「公王……殿下」
そう呟くと彼は突然声を出して笑い出した。
「ツイてない。実にツイてねぇなぁ……。俺もここで終わりかぁ……」
会長はこみ上げてくる声を抑えるようにクックッと笑っている。
「なあ、公王殿下。自分の国の国民を殺しまくるってのはどんな気分だ?」
「不愉快極まりないな。今すぐお前を殺してやりたいよ、下種がッ」
アンネリーゼは怒りに満ちた表情で会長の腹に蹴り入れる。腹を押さえ苦しみ悶える会長の襟首を掴み持ち上げると、そのまま近くに在った檻へ彼を放り投げた。
「事が済むまでそこで大人しくしていろ」
そう言い放ち扉に鍵をした。
アルベルティーナはアンネリーゼの心境を察し、心配そうに顔を覗き込む。
「大丈夫だよ、アルベルティーナ。助ける術がないのなら、死をもって救いとするしかない。それくらいの業なら背負える」
そう言ったアンネリーゼの顔は平静を保っていた。しかし、アルベルティーナにはその言葉が強がりである事は分かっていた。しかし、かける言葉が何も見つからなかった。
「リコたちの事は頼んだ。私はここでモンスターの足止めをする」
アルベルティーナは「わかりました」と頷くとリコの檻がある方へと向かった。




