#22 「皆さん、私の貧乳に感謝してくださいね!」
桜子とヨハンナは巨大な檻に入れられた。
近くには鉱夫たちが入れられた檻が複数あった。桜子たちの檻にも鉱夫たちが先に入れられていた。
桜子は鬼気迫る顔で、檻に入れられた猿のように鉄格子にしがみ付いていた。
「あいつらぁーーーーッ。アンネちゃんだけ別の場所って、絶対いかがわしい事する気ですよ。アンネちゃんに心の傷とか負わせたらマジぶっ殺してやる。ロリコンとかマジ気持ち悪いッ!」
「私、生まれて初めてこれほど心の奥底から『お前が言うな』と思ったのは初めてです」
相も変わらずヨハンナはにこやかだったが、若干引いていた。
「ヨハンナさんは心配じゃないんですか?」
「確かに心配ですわね……。ネコリーゼマスクがどうなったのか……」
「そっち!?」
「ええ、オーダーメイドの一点物ですので」
「アンネちゃんのこと心配じゃないんですか!」
「『自分の命は自分で守る義務が――』とかおっしゃっていたので、大丈夫じゃないのでしょうか?」
「それ言ってたの大きいアンネリーゼさんですからね。本当、忠誠心薄いですね……」
桜子は呆れるようにして言うと、同じ檻に入れられていた鉱夫に目を向けた。
「おじさんたちは鉱山で働いていた人たちですか?」
桜子の奇行と絶叫ぶりに唖然としていた鉱夫たちは我に返る。
「ああ、そうだよ。正確には働かされてた、だがな。ガルキオ商会に無理やり借金させられて、強制的に働かされてる連中が殆どさ」
鉱夫の一人が皮肉めいた口調で言った。
「なぜ、皆様は檻に閉じ込められているのですか?」
「ここじゃ、モンスターを飼育してるんだ。俺らも採掘以外にもその手伝いをさせられてた。どうしてそんな恐ろしいことしてるのかは知らないが……」
鉱夫の男はそこまで話してヨハンナの顔色を覗った。
「驚かねぇのか?」
「予想はしてましたので。話を続けてください」
「近々公王殿下がグロービスに来るって話は知ってるよな。商会の奴らは慌てたらしい。調べられたらヤバイもんがゴロゴロ出てくるからな。それで、秘密を知っている俺らをまとめて始末するために集めたんだろうさ」
「始末って、口封じのために此処に居る人全員を殺すんですか!」
「あいつらならやるよ。あいつらは道徳や倫理なんて持っちゃいないんだ。セレンファリシア様の教えを何とも思っちゃいねぇ。なんせモンスターを作り出しちまうような奴らだぜ……」
「モンスターを作り出すって、そんな事できるんですか?」
桜子はヨハンナに尋ねたが、彼女は直ぐには答えなかった。
ヨハンナは真面目な顔をしている。口元は手で隠れて見えないが、その瞳には驚きと共に憤りが色濃く映されていた。
「桜子、道中私に尋ねましたよね。モンスターの中に聖石があるのは不思議だと」
「そういえば、言いましたね」
「モンスターを作り出すことは凄く簡単なんです。人が直接体内に聖石を取り込めばいいのです。皮膚に埋め込んでもいいし、口から飲み込んでもいい。聖石を取り込んだ者はその力により突然変異を起こし異形の姿となる。それがモンスターと呼ばれる者です」
「つまりモンスターは元人間って事ですか!?」
「聖石の摂取で分裂した個体もいるでしょうから全てがというわけではありませんが、概ねその通りです。聖戦の時にその多くが誕生したという話です」
桜子は腰を抜かしたかのようにその場にへたり込んでしまった。
「知らない方が良かったですか?」
「いいえ……。いずれ知る事なら早めに知れて良かったと思ってます。私はこの世界を知るために皆にくっついて来てるんです。そういう世界なんだって無理やりにでも納得するしかありませんから」
「殊勝なことだと思います。しかし、得心がいった事も一つあります」
「何にですか?」
「彼らが我々を殺さない理由です。口封じなら直ぐに殺せば良いものを、わざわざ檻に閉じ込めている。おそらく、彼らは全ての証拠を消すために我々を全てモンスターにするつもりなのでしょう。そうすれば全員騎士団に討伐され、残るのはモンスターの死骸と聖石のみですから」
桜子はヨハンナの言葉に身震いした。
「だったら尚の事ここから逃げ出さないといけないですね。ヨハンナさんならどうにかできますよね?」
「残念ながら聖石を取られたので無理です。聖石が無ければ私もか弱い女性ですから。桜子は奪われなかったようですね」
「私のは大丈夫だと判断されたようです。そもそも逆行の聖石は外せないので」
「あら、そうなんですね。腕ごと斬り落とせばよかったのに」
「怖いこと言わないでください……」
桜子はため息混じりにそう言うと、鉄格子に目を向けた。
檻はモンスター用に作られていたため、頑丈かつ人が五十人は入れる程の大きさだった。そのためか鉄格子の間隔は広く、小さな子供であれば余裕で抜け出せるくらいの隙間があった。
ヨハンナも同じく鉄格子に目をやる。
「(旧)ネコリーゼ様が、一人別の場所に連れて行かれたのはこのためでしょうね。直ぐに抜け出せてしまいますから」
「(旧)って何ですか……。どんだけあのマスクとその名前に思い入れあるんですか……」
「(故)の方がよかったですか?」
「本当、本人いないと言いたい放題ですね……。でも、これくらいの隙間なら私かヨハンナさんなら通れそうですよね?」
「私には無理そうですね」
「いや、ヨハンナさんも線細いから行けそう――」
桜子はそこまで言った時、ヨハンナの視線が自分の胸の辺りを見ていることに気が付く。そして、桜子も対を成すようにヨハンナの胸を見る。片やツルン、もう片方はボインそういう擬音が聞こえてきそうだった。
「あぁッ! 私なら行けますねッ! 私の胸は凹凸が少ないんで! 皆さん、私の貧乳に感謝してくださいね! 私の貧乳のおかげで脱出できるんですから!」
桜子は自暴自棄気味に声を荒げながら鉄格子にしがみ付いた。
「桜子。貧乳に生まれてきてくれて、ありがとうございます。ほら、皆さんも桜子の貧乳に感謝してください」
鉱夫たちはヨハンナに促されるまま桜子に謝意を述べた。
「嬢ちゃん、貧乳に生まれてきてくれてありがとう」
「貧乳でありがとう」
「貧乳おめでとう」
そして、何故か手拍子と共に貧乳コールが発生した。
桜子は鉄格子に捕まったままプルプル震えている。そして、
「スミマセン! 強がってましたぁ~……。これ以上貧乳って言わないでください……。私の精神はボドボドだぁ~……ぅぅ」
そう言ってその場に泣き崩れてしまった。
ヨハンナはそんな桜子を見兼ね傍らまで行くと、優しく桜子の肩に手を置いた。
「桜子、これから大きくなる可能性も充分あります。悲観することはありません」
「ヨハンナさん……」
桜子はヨハンナの優しい言葉に涙を拭う。が、しかし
「私が桜子の年齢の時は既に今くらいの大きさでしたけどね」
「嘘だそんなことぉーーー! なんで、なんで止めを刺しに来るんですかぁ!」
「桜子、無駄話が過ぎますよ。その貧乳を生かして早く行ってください。早く♪」
「何なんですか、ホント何なんですか。私を虐めるのがそんなに楽しいですかッ!」
「超楽しい♪」
ヨハンナは今まで見せたことのない至福の笑みを見せていた。
「ちくしょぉ~……。いつか、いつか絶対仕返ししてやるぅ……」
桜子は涙を拭うと体を横にし、鉄格子の隙間に頭を入れる。
桜子は小さく唸りながら少しずつ這いずるようにして鉄格子の隙間に体を通して行く。肩を抜け、胸を抜け、腰の辺りまで何とか通すことができた。
しかし、その時桜子が「あッ!?」と短く声を漏らした。
「どうしました。見回りが来ましたか?」
桜子はゆっくりとヨハンナの方を向く。
「いえ……。つっかえました……」
桜子の体は丁度腰の辺りで鉄格子に挟まっていた。
やや無言の間があって、ヨハンナが桜子の下半身を足で無理やり押し出そうとする。
「止めて! 痛いッ痛いッ! 痛いッ! お尻のお肉が削げる! 削げちゃうからッ!」
「大丈夫。削げた分だけ痩せますから」
「全然大丈夫じゃない! そんなダイエット嫌です!」
下半身が押されるたびに悲痛な声を上げる桜子だったが、ふとその頭上から聞き慣れた声がした。
「アンタたち何やってるの……」
桜子の頭上ではアルベルティーナが二人の行動を呆れるようにして見ていた。
「アル! どうしてここに? 教会に行ったはずじゃアァッーーーーー!」
「ヨハンナ、もう止めてあげなさいよ……」
「これはアルベルティーナ様。あら? その腕に持っていらっしゃるのは……」
ヨハンナはアルベルティーナが細い腕にぶら下げている二つの指輪を見つけた。
「貴女の聖石でしょ。ガルキオ商会の連中がその辺に放置してたから拾ってきたの」
ヨハンナは自分の聖石を受け取ると左指にはめる。
「後ほどモンスターの餌にでもするつもりだったのでしょう。それで、アルベルティーナ様はどうしてこちらに?」
「貴女たちが助けた子と総督府で一緒にいたら捕まったのよ」
「リコと? じゃあ、やはりガルキオ商会と総督府は繋がっていたのですね」
「いつから知ってたの?」
「つい先程です。ガルキオ商会の会長が私の事を知っていましたので。リコを総統府へ向かわせたのは失策でしたね」
「過ぎたことを言っても仕方ないわ。先ずは現状を整理しましょう」




