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#21 桜子、ネコリーゼマスク驚異のメカニズムに驚く

 桜子たち三人は坑道を三十分程歩いていた。

 道幅は三人が並んで歩いても余裕があり、高さもあるため窮屈な思いをすることはなかった。しかし、坑道自体は大変入り組んでおり迷路のようになっていた。


 桜子たちは点々とあるランプの明りとトロッコの線路を頼りに進んでいたところ、おそらく資材を置くために作られた少しだけ開けた場所に出た。そこには使われなくなり長い年月放置された採掘道具や机などが置かれていた。


 しかし、その中で唯一埃をかぶっていない木箱群があった。

 不審に思ったヨハンナはその木箱の蓋を開けた。そこにはシャーレのような容器に入れられた聖石が、木毛の緩衝材に守られギッシリと入っていた。


 ヨハンナはその一つを取り出し容器の蓋を開ける。

 そして、ネコリーゼの目から出る光にその聖石を透かした。


「純度的にはランクEといったところでしょうか」


「じゃあ、やっぱりモンスターを飼育している可能性が……」


「信憑性は増してきましたね。実際の現場を押さえないと何とも――ッ!」


 咄嗟にヨハンナは桜子とネコリーゼの背中に覆いかぶさるようにして倒れ込む。


 二人は突然うつ伏せで地面に倒され驚いたが、すかさず状況を確認するため体を起こし後ろを振り返る。

 するとそこには、レイピアを両手に持ち戦闘態勢のヨハンナの後ろ姿があった。


 桜子は隣にいたネコリーゼを抱き寄せ、ヨハンナの視線の先に目をやった。


 そこには二メートルを超す犬型のモンスターがいた。桜子が犬だと思ったのは四足歩行でフォルムが犬っぽかっただけであり、その頭はSF映画の凶暴なエリアンのような造形をしていた。


 ヨハンナはそのモンスターの攻撃を避けるために桜子たちを押し倒したのだった。


「あ、あの……ヨハンナさん……」

 桜子は怯えた声でヨハンナの名前を呼んだ。


「その場を動かないでください。下手に動かれては守れませんので」


「どちらにしろ、足がすくんで動けないです……」


 モンスターはヒタヒタと音を立てながら弧を描くように桜子たちの周りをゆっくりと回っている。


 数十秒ヨハンナとの睨み合いが続いたが、先に動いたのはヨハンナだった。ヨハンナは持っていたレイピアをモンスター目掛け投擲した。モンスターはそれを瞬発的にかわすと、その口を大きく開けヨハンナに跳び掛かった。

 ヨハンナはその攻撃に合わせ、カウンターで全身の力と体重を乗せた強烈な突きを繰り出した。モンスターは口から脳天を貫かれ、その突きの衝撃風で岩の壁に叩きつけられた。


 モンスターはよろめきながら立ち上がる。


「やはり、私の戦闘スタイルはモンスター向きではありませんね。両断でもしなければ戦闘力を削ぐこともできませんし」


 モンスターは低いうなり声を上げながらヨハンナに敵意を向け、攻撃のための姿勢をとる。 が、次の瞬間ヨハンナが投擲したレイピアが頭に突き刺さる。ヨハンナの先程の攻撃は致命傷にはならなかったが、その動きを鈍らせるには充分だった。レイピアは頭を貫き、後ろの岩の壁に深々と刺さっていた。そして、十数本のレイピアがほぼ同時にモンスターの体を刺し貫き、その体を壁にはりつけにした。


「まあ、戦い方は色々とあるんですけどね」


 ヨハンナは何とはなしにそう言うと、止めを刺すためモンスターから聖石を取り出そうと近づいた。


 すると、背後からパチパチと乾いた拍手が聞こえてきた。ヨハンナが後ろを振り向くとそこには一人の男が立っていた。


「公王府の秘書官ってのはモンスター討伐も仕事の内なのかい?」


「時と場合によります。しかし……、私たちは初対面のはずですが? ガルキオ商会の会長殿。どうして私が秘書官だと御存じなのですか?」


 ヨハンナは慌てる様子もなく笑顔で答えているが、その手にはレイピアが握られていた。


「オイオイオイオイ。それ以上聖石を使うのはやめてくれねぇか。モンスター共が暴れ出しちまう。そこのヤツだってあんたらの聖石に釣られて逃げ出したんだぜ。獣型ってのは餌に貪欲でいけねぇ。臭いなのか感覚なのか分かんねぇがな」


「その口ぶりからすると、まるでモンスターを飼っているように聞こえますね。それと、私の質問に答えて頂きたのですが?」


 ヨハンナはレイピアの切っ先をガルキオ商会の会長に向けた。


「そう怒るなよ。その必要性があるとは思わなかったんだ」


 会長は顔を別の方向へ向ける。ヨハンナもその方向へ視線を向けた。

 そこにはガルキオ商会の連中に捕まった桜子とネコリーゼの姿があった。その首元にはナイフが突きつけられている。


「ヨハンナさん……ごめんなさい」


 申し訳なさそうにシュンとなっている桜子を見てヨハンナは観念するようにため息を吐くと、手に持っていたレイピアをその場に放り投げた。


「そんじゃ、その指につけてるコネクターも外してもらおうか」


 ヨハンナは会長の言葉に従い二つの指輪型のコネクターを外した。

 会長が顎で合図すると部下の一人がヨハンナに近づきコネクターを受け取った。そして、そのまませっつかれるようにして桜子の隣まで移動させられた。


「その二人は檻に入れておけ。で、そこの……」


 会長はネコリーゼに目をやるが、何だこれ、という表情で猫マスクを見る。


「先ずはそのマスクを外せ」


 そう呆れるようにして言うと、部下が無理やり猫マスクを脱がそうとする。しかし、猫マスクは外れない。


「ちょっと、あんまり乱暴にしないでくださいよ。アンネちゃんが可哀想じゃないですか!」


「首筋にあるスイッチを押してください。そうすれば外れますよ」


 ヨハンナはそう言うと、すかさず桜子の耳元に顔を近づけ『よく見ていてください』と小声で囁いた。


 桜子は思わずヨハンナの顔を見ると自信に満ち溢れた顔をしている。


(あの猫マスクにはこの状況を打開する仕掛けがあるってことか。流石、ヨハンナさん!)


 桜子は次に何が起きても直ぐに動けるよう身構えた。


 会長の部下が猫マスクの首筋のボタンを押した。

 すると、猫マスクの中心線を境に、頭頂部から時間差で左右に五等分間隔でスモークを上げながら機械的にマスクが開いていく。そこにはキョトンとした顔のアンネの顔があった。そしてそのマスクを持ち上げると、先程とは逆の順で自動的に閉まり、再び憎たらしい顔をした猫マスクの形を成した。


 桜子はその様子をしかと見つめていた。しかし、それ以上何も起きる様子は無かった。


「で? ヨハンナさん」

「見事なギミックだと思いませんか?」

「え? それだけですか!」

「それ以上に何を望むと?」

「え! だって、ホラもっと……えぇ…~……」


 桜子は落胆のあまり言葉が出てこなかった。


「会長殿、一つ教えてくださいませんか。どうして貴方のような方がこんな危険な場所に? 部下の方に任せておけばよろしいのでは?」


「これは重要なビジネスでね。俺は失敗をしたくない。だから俺がやる。単純なことだ」


「どうして私が秘書官だと知っているのですか? もしかして、総督府の人間から聞きました?」


「質問は一つだったはずだ。その二人は檻に連れて行け。ガキはお前らが見張ってろ。後はそのはりつけになってるモンスターはお前とお前で始末しておけ」


 会長は部下にそう命令した。モンスターの始末を命令された部下二人は困惑していた。


 桜子とヨハンナは部下に連れられ坑道の奥へと向かわされた。


 桜子は心配そうにアンネを見るが、次第にその姿は闇に溶け込んでいった。

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