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#20 アルベルティーナが行く その2

 リコは坑道内に置かれた金属製の檻に一人で入れられていた。


 檻は頑丈に作られており、巨大な猛獣を入れておくような大きさだった。扉には大きな南京錠が付けられており、逃げ出すのは不可能だった。

 リコがここに連れて来られる間に幾つかの檻を見たが、そこには鉱山で働いていた鉱夫たちが入れられていた。リコはそこに自分の父親がいないか注意深く見ていたが見つけることはできなかった。


 リコの服の中に隠れてたアルベルティーナが姿を現した。


「やれやれ、まさか鉱山に連れて来られるとは……」


 リコは体育座りで俯いていた。


「私、どうなるのかな……」


「貴女の父親から情報が聞きだせたら殺されるんじゃない? ここだと死体の片づけが楽そうだから」


 リコは涙ながらに両手でアルベルティーナの体を力いっぱいに掴む。


「嫌だぁ~、死にだぐないぃ~」

「痛い痛い痛い痛い、痛ぁいッ! 分かったから! 分かったから離して!」


 アルベルティーナの悲痛な叫びが届き、リコは我に返り直ぐに手を離した。

 リコが謝るとアルベルティーナはため息混じりに言った。


「私が助けを呼んでくる。ヨハンナたちがここに向かっているはずだから。私なら余裕で檻から抜け出せるし」


「ありがとう、妖精さん。後、もう一つお願いがあるの」


「なに? これ以上危ないことはしたくないんだけど」


「お父さんを探して欲しいの。私がここに連れて来られたってことは、ここに居る可能性があると思うから……」


 リコの切実な顔にアルベルティーナは観念した。


「お父さんの特徴は? 名前はウィリアムよね」

「私がプレゼントした青い石のカフスボタンをつけてる」


 アルベルティーナはリコの言葉に「分かった」と返事をすると檻から出て行った。


 アルベルティーナは坑道を奥へと進んで行く。

 

 道中は坑道が続くのみで、疎らに置かれたランプの灯りを辿り進んで行く他なかった。

 すると、少しだけ開けた場所に出た。そこにも巨大な檻がいくつも置かれていた。


 檻の中で何者かが蠢いた。暗くて中の様子は分からない。

 アルベルティーナは慎重に檻の中の様子を覗う。


 すると突然、体長が二メートルはある怪物が跳び掛かって来た。赤黒い筋肉をした四足歩行のモンスター。その醜猥でグロテスクな姿形は見た者を嫌悪させるには充分だった。


 そのモンスターは自分の入れられた檻に激突するが、お構いなしと言わんばかりにガリガリと鉄格子に噛みついている。


 アルベルティーナは仰天して「ぎゃあッ!」と悲鳴を上げ腰を抜かし地面に墜落してしまった。


 その声を聴いてガルキオ商会の見張り役が二人駆け付けて来た。

 アルベルティーナは慌てて物陰に隠れる。


 見張り役たちは辺りを確認するが誰もいない。

「今、確かに女の悲鳴が聞こえたよな?」

「ああ……。もしかして、さっき連れて来た小娘が虫にビビッて叫んだんじゃねぇのか」

「あり得るな。そんじゃ戻るか」


 そう言うと見張り役の二人は元来た道を戻って行った。


 アルベルティーナは安堵のため息を漏らすと、先程自分を脅かせたモンスターの檻の方へ飛んで行く。


「まったく、アンタのせいで見つかる所だったじゃない」


 アルベルティーナは怒り混じりに、そうモンスターに言い放った。モンスターは再度タックルをし、檻を揺らした。アルベルティーナの言葉を理解しているわけではなく単純に外に出たかったのだろう。何度も檻を揺らした。


「諦めて大人しくしなさい。ブサイクちゃん」


 アルベルティーナはそう言うと、モンスターにあっかんべーをする。そして、リコの父親と鍵を探すために奥に進もうとしたその時、背後でもう一度モンスターが檻に体当たりする音がした。


 少しの静寂があって、モンスターを閉じ込めていた檻の扉が、キーという音を立てながらゆっくりと開いていく。

 モンスターの檻には南京錠はついておらず、簡易的な鉄の棒のスライドロックだけだった。それが度重なる体当たりにより外れ、扉が開いてしまったようだ。


 アルベルティーナは恐る恐る後ろを振り向く。


 すると、のっそりと檻から出てくるモンスターの姿が目に入った。

 アルベルティーナは慌てて天井近くまで飛び上がる。しかし、モンスターは彼女を気にする様子もなく、ヒタヒタと足音を立てながらアルベルティーナとは逆方向へ歩いて行ってしまった。


「まったくなんなのよ……」

 アルベルティーナは涙目になりながらそう言った。


 モンスターの居た檻から少し進んだところでアルベルティーナは最奥に辿り着いた。


 そこには檻がポツンと一つだけ置かれていた。

 檻の中には四十代くらいの男性が腕を後ろ手に縛られ跪いていた。真っ白であったであろうワイシャツは、今や白色を見つけるのが難しいほど血の色で滲んでいた。

 端正な顔立だったが無精ひげを生やし、酷い拷問を受け既に疲弊しきっていた。立つことすらままならないといった様子だ。


 そして、鉄格子を挟んでその男の対面には数人の部下を引き連れたガルキオ商会の会長が立っていた。


 アルベルティーナは会話が聞き取れる位置まで近づくと、物陰に隠れ様子を覗った。


「いい加減、裏帳簿の在処教えてくれねぇか、ウィリアムさんよぉ」


「…………」


「だんまりか。なぁ、後何本指を斬り落しゃあ教えてくれんだ? 指の数には限りがあんだ、全部切り落としたら次の拷問を考えなきゃいけない。無駄な手間かけさせねぇでくんねぇか」


 ガルキオ商会の会長は呆れ果て、さも面倒くさそうに言った。


「賢く生きなよ。真っ当に生きて苦しんでどうする。街の連中を見ろよ。誰も俺らに逆らわない。賢いよなぁ。逆らえば苦しい思いをするだけだって知ってるからだ」


「…………」


「そして、俺も賢い。賢いから都市を牛耳るだけの力がある。金もある。真っ当に生きている奴より、アンタらみたいなお偉い奴らより。それで何で真っ当に生きる必要がある?」


「違うな……」


「あ?」


「民衆は賢いんじゃない、諦めているんだ。お前は賢いんじゃない、卑劣なだけだ。言葉は正しく使え。教養が疑われるぞ」


 会長は顎で合図をすると、部下が二人檻の中に入り男を殴りつけた。


「口の減らねぇ男だ。だが、そんなウィリアムさんに俺からサプライズがある。アンタの娘を連れて来てやった」


 ウィリアムは驚きと怒りで表情が強張る。


「嘘だと思うんならそう思ってくれて結構だが、ガルキオ商会を知ってる奴はそうは考えない。アンタもそうだろ? まあ、賢いウィリアムさんだ。説明しなくても俺が何を言いたのか分かるよなぁ?」


 ウィリアムの顔は苦虫を噛み潰したような険しい表情になる。


「娘は……リコは無事なんだろうな」


「今のところはな。これから先はアンタの返答次第だ」


「約束しろ……。裏帳簿の在処を教えれば娘を助けると」


「ああ、俺らだって少しくらいの良心はある。できれば子供は殺したくない」


 会長はニヤニヤしながら受け答えしている。

 一方のウィリアムは苦悶の表情を浮かべ、声を絞り出すようにして言った。


「私の部屋の額縁の裏に隠し金庫がある。その中だ……。鍵はグロービス騎士団第一部隊隊長のアデットに預けている……」


「賢い判断だよ。ウィリアム」

 会長は実に喜ばしいことだと言わんばかりに高笑いをしている。


「さあ、リコを開放しろ」


 高笑いを止めた会長は途端に真顔になると

「用済みだ。始末しろ」

 そう部下に冷酷に言い放った。


 檻の中にいた部下の一人がウィリアムを押さえつけ、口を無理やり開かせた。そして、もう一人が彼の口の中に赤色の宝石を突っ込んだ。


「ああ、そうだウィリアム。俺は殺したくないと言ったが、殺さないとは言ってないぜ」


 その言葉を聞いたウィリアムは、修羅の形相と言うべき怒りの表情で鉄格子に体当たりをした。

 しかし、次の瞬間体中に激痛が走り、悶え苦しみ地面をのたうち回った。


「こういうのを卑劣って言うんだな。勉強になったよ」


 会長はそう言い残し、部下を引き連れその場を去って行った。


 檻の中に残されたウィリアムは苦痛に悶えていた。すると突然彼の体に異変が生じ始めた。体の筋肉が隆起しだし、異様な形を形成していく。そして、右腕が異常なほど巨大化しだした。


 アルベルティーナはその様子に恐れ戦き、その場に立ち竦んでいた。


 ウィリアムのワイシャツが破れ、右袖に付けられた青い石のカフスボタンが彼女の足元に転がり落ちた。


 我に返ったアルベルティーナは振るえる唇で呟いた。


「あいつら何て恐ろしいことを……」


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