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#15 「ヨハンナさんが嫌がる私に無理やり……あんな長いモノを……」

 その後、ヨハンナは桜子たちと共に彩乃の家を訪ねていた。


 彩乃がまだ帰って来ていなかったが預かっていた鍵を使い中に入った。ようやく一息つけたタイミングでアルベルティーナはアンネリーゼが幼女になってしまった理由や、グロービスに来た経緯をヨハンナに説明した。


 ヨハンナは幼女姿のアンネリーゼを抱き上げ、その顔をまじまじと見つめた。


「まあ、可愛らしくなられて……。実年齢より老けていらっしゃいましたが、こう成ってしまうと別人ですわね。私のことは分かりますか?」


「ヨハンナ。さっき、そう言ってた」


「貴女のことは覚えてないわよ。今のアンネリーゼ様は六歳までの記憶しかないのだから。更に、この状態での経験や記憶は元のアンネリーゼ様に引き継がれないから困ったものよ」


 それを聞いたヨハンナは「そうなのですね」と呟くと、抱えていたアンネをゆっくり床に下ろした。


 そして、アンネの両頬っぺたを横に引っ張った。


「ヨハンナさん、何やってるんですか! アンネちゃん嫌がってるじゃないですか!」


「記憶が引き継がれないと聞いたもので」

 ヨハンナは何ら悪びれる様子もなくそう答えた。


「アル……。ヨハンナさんって、こういう人なの?」


「こういう奴なのよ……」

 アルベルティーナは半ば諦め気味にそう答えた。


 アンネが暴れ出したのでヨハンナは頬っぺたを引っ張る手を放す。解放されたアンネは可愛らしく頬を膨らませ怒っている。その顔に満足したのかヨハンナは真面目な顔で桜子の方を向いた。


「桜子、先程貴女がくしゃみをすればアンネリーゼ様は元の姿に戻ると伺いました。元のアンネリーゼ様とお話がしたいので、姿を戻してもらえませんか?」


「やれと言われて、やれるものでもないですし……」


「でしたら、多少強引な方法とはなりますが――」


 ヨハンナはそう言うと桜子を強引に床に押し倒した。


「ちょっと!? ヨハンナさん何をするんですか!」


 ちょうどその頃、彩乃は家路についていた。

 家にたどり着き玄関のドアノブに手を掛けたその時、家の中から桜子の声が漏れてくる。


「ちょ……ダメ……アッ❤……そんな奥まで……入らない……やッ……アッ❤」


 そのなまめかしい声に彩乃は思わず顔を赤くし、その場にしゃがみ込んでしまう。


「ちょっと、桜子ちゃん何やってるのぉ~……」


 そう小声で呟くと、少し移動し窓から部屋の様子を覗き見る。


 そこには、ダイニングで桜子に馬乗りになったヨハンナがティッシュで作ったコヨリを桜子の鼻に突っ込む光景があった。


「本当に何やってるの……」


 彩乃は呆れるように言葉を漏らすと、そのまま玄関のドアを開け家に入った。


 アルベルティーナが「おかえり」と挨拶する。彩乃は近くのソファーに荷物を置くと、未だに床でくんずほぐれつする二人を若干引き気味に見ながら言った。


「アルちゃん、二人は何をやっているの?」


「桜子にくしゃみをさせたいんだって。桜子の上に乗っかってるのが昨日話したヨハンナ」


 はッ……クシュン!


 桜子が豪快にくしゃみをした事によりアンネリーゼは元の姿に戻った。


 アンネリーゼは辺りを見渡すと、桜子に馬乗りになっているヨハンナを見つけた。


「お前たちは何をやっているんだ……」


「ヨハンナさんが嫌がる私に無理やり……あんな長いモノを……。私の鼻ヴァージンが」


「いえ、ガバガバでしたよ」 


「ガバガバってどういうことですかッ!」


 そんな二人を他所にコヨリを見たアンネリーゼは感心していた。


「そうか、それを使えば能動的にくしゃみをさせる事ができるな。今後は私が子供の姿になったらそれを使って元の姿戻せ」


「嫌です!」

 桜子は即答した。その返事にアンネリーゼは「あぁッ」という威圧的な言葉と共に桜子を睨んだ。桜子はそれを意に介すことなく言い返した。


「だって、コヨリ使ったら、くしゃみが出そうなとき変顔になるじゃないですか。乙女のプライドが許しませんよ」


「お前のちんけなプライドと、私の自尊心。どちらの優先度が高いと思う?」


「乙女のプライド」


 アンネリーゼは桜子の顔を踏みつける。


「彩乃、紹介が遅れたな。こいつがヨハンナ・ヴァインスハープトだ」


「お初にお目にかかります。どうやら、行き倒れていた三人を救ってくださったとか。公王府を代表してお礼を言わせて頂きますわ」


 ヨハンナは彩乃に深々とお辞儀をした。

 彩乃は謙遜してヨハンナに頭を上げるよう促した。


「行き倒れてたっていうのは言い過ぎかと……。そう言えば、今、公王府って言いました?どうして公王府が出てくるの?」


「これは、失言でしたか?」

 ヨハンナはアンネリーゼの方を向く。


 アンネリーゼがどうしたものか考えていると、傍らにアルベルティーナが飛んで来た。


「彩乃には本当のことを話して大丈夫だと思います」


「アルベルティーナがそう判断するのならそうしよう。ヨハンナ」


 ヨハンナはアンネリーゼに名前を呼ばれると、かしこまりましたと小さくお辞儀をした。


「私は公王府で秘書官を務めております。こちらの御方はアンネリーゼ・ブラインミュラー公王殿下です。訳あってお忍びでグロービスの視察に参られています」


 彩乃は目を丸くして驚いた。


「嘘じゃないですよね……」


「嘘を吐く理由もないでしょ。仮に嘘だと思うなら、現公王殿下の写真なり集めたら? 簡単に集まるから」


 アルベルティーナはそう言うと、昼頃に買った新聞を桜子に広げさせた。

 彩乃は一面に載っていたアンネリーゼの顔写真と本人を見比べる。


 得心がいった彩乃は、そのままソファーに倒れるように座り込む。


「私、失礼な事とか言いましたよね?」


「そこに居るバカより遥かにましだよ。それと、この事は内密にしてくれると助かる」


「も、もちろんです」


 バカと呼ばれアンネリーゼをキッと睨む桜子を尻目に、彩乃は上擦った声で了承した。


「それでは、アンネリーゼ様が元に戻られたので今後の話を致しましょう」


「そうだな」

 アンネリーゼはそう言うと、突然服を脱ぎだした。


「アンネリーゼさん、なんで唐突脱いでるんですか!」


「服がきつくてな。これじゃ、ろくに話もできん」


 幼女形態の時に着ていた服はキツキツになっており、胸のボタンなどは既に弾け飛んでいた。


「それでは、これをお召し下さいませ」


 そう言ったヨハンナの手には、カジュアルなドレスが吊り下げられていた。桜子と彩乃は驚きで目を丸くした。ヨハンナは手荷物などは一切持っていなかったし、どこかにそれを取りに行った様子も一切なかった。手品のように突然そのドレスは現れたのだ。


「それ、どっから出したんですか?」


 桜子はヨハンナが持つドレスを指さし、好奇の眼差しで見つめた。


「私の持つ聖石『ストレージ』の力です。この聖石は私の手に触れたモノを生物以外であれば何でも聖石の中に収納することができるのです。勿論、取り出しも自由」


 そう言ってヨハンナは左手の人差し指に付けた指輪型のコネクターを見せた。中指にはまた別の指輪型のコネクターも付けていた。


「まるで四次元ポケ〇トですね」


「あ、私も四次元〇ケット思った」


 桜子と彩乃はお互いに顔を見合わせニヤニヤしている。


「そこ、御使い人にしか分からない話はやめなさい……」


 呆れるアルベルティーナを他所にアンネリーゼは着替えを終える。そして、ようやくアンネリーゼの母であるテレージアが何故ヨハンナを訪ねるように言ったのかを考える運びとなった。


 最初にアルベルティーナが口を開く。

「ヨハンナはテレージア様から通常の仕事以外で何か言われた?」


「特に何もおっしゃられてはいなかったはずですが……」


 ヨハンナは考え込む仕草を取るが、何か思い当たる節があったのかそのまま話を続けた。


「今回のアンネリーゼ様のグロービス視察。その目的は、グロービス近郊でのモンスター増加の原因解明とその解決策についてグロービスの総督と協議する事。そのように承っております」


「それがどうした?」


「アンネリーゼ様ご自身でそれを解決せよ、という事ではないでしょうか?」


「私自ら? それは総督の仕事だろ?」


「現グロービス総督にその能力が無いからではないでしょうか。総督府でお会いましたが俗物でした。期待はできないでしょう」


「私もヨハンナと同意見です」


「アルベルティーナも会った事があるのか?」


「ええ、アンネリーゼ様は幼い姿でしたので覚えていらっしゃらないでしょうが」


「他に推論の余地もないか。一先ずはヨハンナの言う通りだと仮定しておこう。それで、何かしらモンスター増加の原因について分かったことは?」


「アンネリーゼ様がいらっしゃる前に色々と調べましたが、確証に至るモノは残念ながら」


「ということは推論がある。もしくは疑念を抱くモノがあるということか?」


「後者です。『ガルキオ商会』という長年グロービスで鉱山の採掘を行っている企業があります。私が調べたところによりますと、グロービス騎士団がモンスターを討伐した場所を統計すると採掘現場周辺に偏っている事が分かりました」


「その鉱山にモンスターが集まって来ているとでも言いたいのか? その採掘所では今でも人が働いているのだろ?」


「調べる根拠にはなるかとは思います」


 桜子は昼間の出来事を思い出していた。


「『ガルキオ商会』。昼間に聞いた話だと、一年程前から会長が変わってやりたい放題らしいですね。鉱山で良からぬ事でもやっているんでしょうか? そう言えば、ヨハンナさんが昼間のお店助けたのって、その商会を探ってたからですか?」


「いえ、あれは昨日ランチをしていたら騒がしかったので追い返しただけです」


 アルベルティーナは暫く考え込んでいた。そして、ようやく口を開く。


「明日、鉱山の調査に行かれるんですよね? 私はもう少し調べたい事があるので此処に残ってもよろしいでしょうか?」


「調べたい事とは何だ?」


「モンスターが絡むという事は、聖石の流通にも何かしらの影響が出ていると思われます。ですので、教会で聖石の情報を調べます」


 アンネリーゼはそれ以上理由を尋ねることなく承諾した。


「では、我々は明日、ガルキオ商会の鉱山について調べるとするか」


 そうアンネリーゼが言うと、すかさず桜子が尋ねた。


「私はどっちに付いて行けばいいんですか?」


「私とヨハンナと共に来い」


「アンネリーゼさんも一緒に行くんですか? 姿見られたら大騒ぎになるんじゃ……」


「変装するなり、顔を隠すなり、方法がいくらでもあるだろう」


「フードで顔を隠せば不審がられますし。変装は……アンネリーゼさん普通に美人ですから、普通の変装だと歩いてるだけで目立っちゃいますよ」


「ご安心ください。私に良い考えがあります」


 ヨハンナは自信満々にそう言ったが、アルベルティーナはそこはかとない不安を感じていた。


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