#13 「アンネちゃんがまだ食べてる途中でしょうがッ!」
三人は近場のレストランを物色し良さげな店を見つけ入店した。
アンティークなテーブルや椅子が並び、内装は木造で古めかしいが清潔感があり、どこか温かみがあった。こぢんまりしているが実に雰囲気のあるいい店だった。
「お昼時なのにお客さん居ないね。イイ感じのお店なのに」
「少ないなら少ないで良いじゃない。私、人が多いの好きじゃないから」
そんなことを話しながら席に着くと、直ぐにウェイトレスが注文を取りに来た。ウェイトレスの年は若く、快活な声やあどけなさの残る顔から桜子と同年代くらいに見えた。
彼女は注文を取り終えると桜子に話しかけた。
「旅行者だよね。グロービスなんて他の都市の中継地点みたいなものだから、見る所なんてないのに」
「どうして旅行者って分かるの?」
「この街に住んでたらこのお店利用しないし」
「リコちゃん、自分の働いている店のこと悪く言うもんじゃないよ」
厨房の方から優しそうな中年男性の笑い混じりの声が聞こえた。
「まあ、料理は美味しいからゆっくりしていってね」
ウェイトレスのリコは笑顔でそう言うと厨房の方へ去って行った。
彼女の言葉に疑問を抱きながら桜子たちは料理を待った。
暫くして運ばれて来た料理は美味しく量もあり、満足のいくものだった。
そこで桜子は、かねてよりの疑問をリコにぶつけた。
「さっきの話ってどういう事なの? 料理は美味しいし、値段もお手頃。お店の雰囲気もいい。悪い所が見つからないんだけど」
「このお店も一年くらい前は満員御礼だったんだけどね……」
そうリコが昔を思い返すよう呟いていると、店の扉を開け音が聞こえた。
「いらっしゃいま――」
そう言いかけたリコの顔が突然曇る。
店に入って来たのはならず者のような風体の男たちだった。
「帰って! アンタたち払うお金なんて無いんだから!」
リコは臆することなく強面の男たちに突然食って掛かった。
「話も聞かず門前払いとは、お前んとこの従業員の教育はどうなってんだ、店長さん?」
「お前らに払うみかじめ料なんてないんだ。出て行ってくれ」
厨房から出て来た店長がリコを庇うように前へ出る。
「このままじゃ店が潰れちまうだろ? 他の店を見習えよ。ちゃんと払ってるぜ」
「アンタたちが嫌がらせするからじゃない! 皆、仕方なくそうしてるだけよ!」
リコたちのやり取りをアルベルティーナはテーブルの上で食事を頬張りながら見ていた。
(みかじめ料ねぇ……。この店、老舗っぽいから新興のならず者組織かしら。なるだけ面倒事には巻き込まれたくないんだけどなぁ……)
彼女がそんな事を考えていると、男の一人が桜子たちのテーブルに近づいて来た。
「お嬢ちゃんたち、悪いことは言わねぇ。早くこの店から出て行きな」
「まだ食べてるんで、食べ終わったら出て行きますね」
威圧的に言葉を放った男に対し、桜子は平常運転で言葉を返した。
「さっさと出て行けって言ってんだろうがぁッ!」
男は怒鳴り散らしながらテーブルの上に置かれていた食事を腕で薙ぎ払った。
アルベルティーナは驚き飛び上がる。そして男の傍若無人な振る舞いに怒り、怒鳴ろうとしたその時、桜子が勢いよく立ち上がり男を怒鳴りつけた。
「アンネちゃんがまだ食べてる途中でしょうがッ!」
「あぁ……、怒るのはそこなのね……」
男は桜子の不意の言葉返しに驚くが、彼女の襟首を掴み威圧した。
しかし、桜子の反骨心には火が付いていた。こちらの世界に来た初日にアンネリーゼと取っ組み合いの喧嘩をした桜子だ。そんなモノに臆するはずなかった。男をジッと睨みつけたまま動かない。
そんな中、また店の扉を開ける音がした。
入って来たのは、見た目四十代くらいの騎士服を纏った男だった。恰幅がよく威厳のある顔立ちからいかにも軍人気質といった印象を受けた。
「『ガルキオ商会』の下っ端共か。早くこの店から出て行け」
「オイオイ、騎士様が一般市民の俺らに剣を向けるのか?」
「俺は任務が終わり今から非番なんだ。喧嘩ならいくらでも買うぞ」
騎士の一睨みにならず者たちは気圧されると、捨て台詞を吐きながらそそくさと逃げるように店から出て行った。
「アデットおじさん、ありがとう」
リコはお礼を言うと騎士アデットのもとに駆け寄った。
「礼には及ばない。親友の娘だ。いつでも助けるさ。それより、ウィリアムとはまだ連絡が取れないのか?」
「うん……。お父さん昨日も帰って来てないんだ……」
「そうか、その確認のために寄ったんだが……。私の知り合いの警史にも声を掛けてみる。何か分かったら知らせる」
そう言い残し騎士アデットは店を出て行った。リコは悲しそうに俯いた。
「さっきの騎士は誰?」
アルベルティーナが店長に尋ねた。
「グロービス騎士団第一部隊隊長のアデットさん。人徳者で我々市民の味方だよ。リコちゃんのお父さんとは親友なんだ」
「見た感じだと騎士総長より断然、実力も人望もありそうだけど」
「今の時代、堅実な実力者より世渡りの上手い奴の方が上に行く。そんな世の中さ」
店長が哀愁を漂わせながらそんな事を言う一方で、桜子は怒りが収まらず鼻息を荒くしていた。
そんな彼女にアルベルティーナは呆れるようにして言った。
「貴女、本当に後先考えず突っかかって行くわね……。さっきはあのアデットって騎士が来たから良かったものの……」
「アルだってムカついたでしょ? 折角の美味しい食事だったのに……」
桜子は残念そうにそう言うと、先程飛散し割れてしまった食器をトボトボと片付けだした。アンネもそれを見習い片付けに参加した。
「アンネちゃん、指切らないように気を付けてね。それより、さっきは怖くなかった?」
「そんなに。おこったお母さまのほうがもっと怖いよ」
何事もなかったように言ってのけるアンネを見て、アルベルティーナは苦笑いを浮かべ、桜子はテレージアの恐ろしさを再認識した。
落ち込んでいたリコは、片付けをする二人を見て慌てて片付けを始めた。
「私がやるから大丈夫だよ! 二人とも座ってて」
「大変そうだし手伝うよ。ところでさっきの男たち何なの。本当ムカつく!」
「さっきのは『ガルキオ商会』の連中だよ」
裏から掃除道具を引っ張り出してきた店長が言った。
「昔からある企業でグロービスを裏で牛耳っている連中さ。表向きは鉱山の採掘企業だが、裏じゃ高金利の金貸しから裏カジノの経営まで色んなことを手広くやっている。昔から黒い噂はあったが、ここまで酷くはなかった。今みたいに成ったのは新しい会長が仕切るようになってからさ。わざと借金に溺れさせて、鉱山で働かせてるって噂もある」
「それにしたって、こんなあからさまな営業妨害はないんじゃないの。みかじめ料だって不当なモノだし。警史の連中は何やってるのよ!」
アルベルティーナは怒りを抑えきれないといった様子でイライラしていた。
「『ガルキオ商会』は警史の上の連中に金を握らせてるんだ。連中の蛮行も見て見ぬふりさ。それが今のグロービスの現状さ」
店長の言葉を桜子たちは心苦しく思い沈黙してしまった。
「うちの店にお客さんが来ない理由も分かったでしょ? みかじめ料を払わないから嫌がらせされて、怖がってお客さんが逃げてくの。泣きつく所もない。店長は正しい事をしているはずなのに。他のお店の人たちが協力してくれれば、ガルキオ商会なんかに負けないのに!」
悔しさに表情を曇らせるリコに対し、店長はおもむろに口を開く。
「正しい事やって先代たちから引き継いだ店を潰すのか、それを曲げて店を守るのか、どちらが正しいかは人それぞれだよ。その両方で迷っている俺は弱いんだろうな。今日はアデットさんに助けられ、昨日は『ヨハンナ』さんに助けられた」
桜子とアルベルティーナは『ヨハンナ』という単語を聞き、思わず店長に聞き返した。
店長は驚いた様子で答えた。
「昨日も同じようなことがあって、『ヨハンナ』さんがガルキオ商会の連中を追い返してくれたんだ。なんでも今、首都から出張でこっちに来てるって話だったが」
「あ! そう言えば今日、昼食を届けて欲しいって言われてたんだ。ガルキオ商会の連中のせいで忘れるところだった」
リコは一瞬慌てたが、次にはガルキオ商会への怒りを吐き出すように愚痴をこぼしながら厨房へ店長と共に向かった。
桜子とアルベルティーナはその後を追って厨房を覗き込む。
「ねえ、その『ヨハンナ』さんに届ける場所って『総督府』なの?」
「そうだけど、何で知ってるの?」
「私たちもこれから会いに行くところだったんだ。良かったら私たちが届けようか? お店の片付け大変そうだし。別に良いよね、アル?」
「まあ、事のついでだし問題ないでしょう。お金届けるの面倒だからヨハンナの分も一緒に払っておくわね」
「ありがと、すっごい助かる。直ぐ用意するから、ちょっと待ってて」
既にある程度の準備は終わっていたのだろう。然程待つことなくヨハンナへの出前は用意された。
パイ生地に具材を詰めオーブンで焼いたキッシュのような食べ物が皿に盛られ、それを小さなかごバッグに入れて渡された。
桜子たちは精算を済ませると、総督府へ向け出発した。




