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#12 「アンネちゃんの太腿……アンネちゃんの太腿……フヘヘヘぇ……」

 総督府へ向かう三人は石造りの街頭を歩いていた。


 途中、アルベルティーナは桜子に露店で新聞を購入するように促した。


「何で新聞なんて購入したの?」


 そう言いながら桜子は購入した新聞を広げる。

 アルベルティーナは桜子の頭の上に乗っかり、新聞を覗き込んだ。新聞の一面にはアンネリーゼの事が書かれており、彼女の顔写真も大きく載っていた。記事の内容はアンネリーゼが病気のため公務を欠席するというものだった。


「テレージア様、そういう事にしたのか」


「そもそもさ、公王様が居なくなっても大丈夫なものなの?」


「政は殆ど執政官のテレージア様がやっているから問題ないの。テレージア様は在位のうちに王位を譲り執政官に就いた。テレージア様がどういうつもりで王位を譲ったのかは分からないけど、そのせいでアンネリーゼ様は他の国の公王や自国の官吏達から軽く見られているわ」


「どういう事?」


「他の国は執政官という役職を置いていないの。執政官の仕事は本来、公王がやるものだから。だからどうしてもアンネリーゼ様は軽視されてしまう。アンネリーゼ様もそれを充分理解してる。だから、公王であるために必死に努力してる。多分、桜子をこっちの世界に呼んだのも、そういった劣等感や焦りからだったんじゃないかな……」


 アルベルティーナは終始悲しそうな顔をしていた。

 桜子も思うところがあったのか、目を伏せて考え事をしていた。そして、おもむろに口を開く。


「私、アンネリーゼさんの事、高慢ちきで乱暴で、直ぐ人の顔踏むし、直ぐ怒るし、全然好きになれない」


 桜子の突然の暴言にアルベルティーナは怒りを覚え、すぐさま反論しようとした。


 しかし、桜子はまだ言葉を続けた。

「だけど、嫌いにはなれないんだよね。不器用で凄く真面目な人って、なんか分かっちゃうから」


 アルベルティーナは桜子の言葉を意外だと思った。ずっと桜子とアンネリーゼのやり取りを見ていたが、桜子は絶対にアンネリーゼの事を嫌っていると思っていたからだ。

 そして、その言葉を聞いたアルベルティーナの顔には柔らかい笑みがあった。アンネリーゼの事を、少しでも理解してくれている人物が近くに居た事が嬉しかったからだろう。


「桜子は小さいアンネリーゼ様のことが好きすぎるってのも、あるんじゃないの?」

 アルベルティーナは少しだけ茶化すように言った。


「私、アンネちゃんとアンネリーゼさんは別人だと思ってるから。この天使があんな魔王に成るなって思いたくないの」


「アンネはアンネリーゼだよ!」

 ずっと桜子の足元を歩いていたアンネは頬をぷくっと膨らませて怒った。


「アンネリーゼさんはアンネリーゼさんであって、アンネちゃんはアンネリーゼだけどアンネちゃんだから、アンネちゃんは今のままのアンネちゃんで良いんだよ」


 アンネは桜子の言った事を理解しようとするが、訳が分からなくなり

「よくわからないけど……わかった!」

 と言いお茶を濁した。


「そう言えばアル。今向かってる『総督府』ってどういう所なの?」


「都市の行政を司どり、都市評議会が置かれている場所」


 桜子の頭に疑問符が浮かぶ。


「貴女、本当に学が無いのね……。この国では各都市が主権を持ってるから、都市によって法律が違ったりするの。それぞれの都市を一つの国と考えた方が分かりやすいかも。そして、それを取りまとめているのが公王府なの。んで、『総督府』は都市の政治を行う場所で、『総督』はその都市の代表者。代表と言ってもかなりの権限が与えられてて、行政に置ける最高権力者で、騎士団を動かせたりもするの」


「つまり……、『総督』がこの都市で一番偉い人で、『総督府』はその人が居る所ってこと?」


「う~ん……、その理解で良いと思う」

 アルベルティーナは半ば投げやりに話を終わらせようとした。


 そんなやり取りをしながら通りを歩いていると、やがて大通りに出た。


 その大通りには大勢の人垣ができていた。桜子は興味を持ち人垣の先を覗き込もうとするが、桜子の身長では難しかった。仕方ないのでアルベルティーナが上の方まで飛び、人垣の理由を探る。上空で見渡し、その理由を確認したアルベルティーナが降りて来た。


「モンスターを討伐した騎士団の凱旋みたいね」


「そう言えば、『騎士団』ってどういう組織なの? 列車で読んだ新聞にも載ってたよね?」


「『騎士団』は聖石使いのみで構成された総督府の武力組織。犯罪者の取り締まりをする『警史』が手に負えない武力を必要とする事件の制圧を任務にしてる。後、モンスターの討伐もね」


 桜子は「へぇ~」と言いながら人垣の隙間から行進する騎士団を眺める。


「アンネも見たい~」


 アンネに手を引っ張られた桜子は笑顔で彼女を肩車した。

 アンネは物珍しそうに行進を見ている。

 その様子を微笑ましく見ていたアルベルティーナの耳に近くに居た男たちの会話が聞こえてきた。


「騎士総長自らモンスターの討伐とは、勇敢で頼りになるな」


「そうだな。しかも、都市評議会の議員に立候補してるんだろ。この経歴なら議長にも直ぐなっちゃうんじゃないか」


 嬉々として語る男たちを尻目に、アルベルティーナは行進の先頭を行く綺麗な騎士服を纏った男を見ていた。馬に跨ったその男が騎士総長であるのは明白だった。その男は民衆の歓声を受け、自尊自大といった様子で先頭を闊歩していた。


「騎士総長が自ら前線に、ねぇ……。とても百戦錬磨の猛者には見えない。票集めのデモンストレーションのつもりなんでしょうけど、騎士たちには相応の被害は出てるみたいね」


 アルベルティーナは苦々しい顔で後方を行進する怪我を負った騎士たちを見ていた。


 しかし、ふと桜子が大人しい事に気が付く。不審に思いアンネを肩車する桜子の顔を見る。


「……アンネちゃんの太腿……アンネちゃんの太腿……フヘヘヘぇ……」


「アンネリーゼ様! 早くそこから降りて下さい!」


 突然のアルベルティーナの言葉にアンネは慌ててしまい、桜子はバランスを崩し倒れてしまう。しかし、アンネが地面に叩きつけられないよう、自分がクッションになるというファインプレーを見せる。


「ちょっと! アル、危ないじゃん!」


「危ないのはお前だよ! まったく、油断も隙もないんだから……」


 アルベルティーナは呆れて頭を抱えた。


 すると、教会のカテドラルから大きな鐘の音が街中に響き渡った。

 桜子は何の音かと思い辺りを見渡した。


「もう、お昼か。総督府に行く前に昼食を済ませましょう」


「なんだ、正午を告げる鐘だったんだ。昼食はいいけど総督府へは急がなくていいの?」


「向こうもランチタイムだから大丈夫よ。アンネリーゼ様もお腹すきましたよね?」


 アンネは笑顔で勢いよく「うん♪」と頷いた。


「では、お店を探しましょうか」

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