#10 桜子、アルベルティーナに気持ち悪いと言われる
鍋が出来上がり四人はダイニングでテーブルを囲んだ。
「すき焼き風鍋です。こっちの調味料でそれっぽく作ったので完璧とは言えませんが」
桜子が鍋の蓋を取ると歓喜の声がわく。桜子が小皿に取り分け配膳を行う。
「アルはちょっと待ってね。細かく切ってあげるから」
そう言うと桜子は、取り分けた具材を妖精サイズでも食べやすいように切っていく。そして、爪楊枝のような串を用意してアルベルティーナでも食べられる環境を整えた。
桜子の気の利いた対応を目の当たりにしたアルベルティーナは驚いていた。
「気が利きすぎてて、逆に気持ち悪い」
「何その感想! 彩乃さん、味どうですか?」
「美味しい! ホント凄く美味しい」
「良かった~。イイ感じの調味料や食材があったんで助かりました」
「どんなバカでも見た目で判断してはいけない、という事だな」
「それ、褒めてないですよね」
「お前にしては良くやった」
「アンネさん、嫌いな食べ物ってなんですか?」
「それを聞いてどうする?」
「次はそれをメインにして作ります」
二人のやり取りを見ていた彩乃は吹き出すようにして笑った。
桜子とアンネリーゼはどうしたのかと彩乃の方に視線を向けた。
「ごめんね。こんな賑やかな食事、こっちに来て初めてだったから」
涙目になって笑う彩乃を見て桜子は何故か自分も幸せな気持ちになった。
鍋をつつきながら彩乃が尋ねた。
「ところで、皆はどうしてグロービスに来たの?」
「私たち、『ヨハンナ』さんって人に会いに来たんです」
「その人はどこに居るの?」
「日中は総督府に居ると思うけど」
小さな口に食べ物を頬張るアルベルティーナが言った。
「総督府側か。それだと私は手伝えないな。そう言えば、桜子ちゃん。昨日、来たばかりなら戸籍とかの手続きやってないでしょ? 用事が急ぎじゃなかったら、明日、教会に来なよ。私がやってあげるよ」
「手続きとか必要なんですか? テレージアさん、何も言ってなかったけどなぁ……。アル、その辺はどうなってるの?」
「テレージア様がやってくれてるから大丈夫よ。援助してくれるって言ってたでしょ」
「じゃあ、大丈夫か」
「行って来てはどうだ?」
黙々と箸を進めていたアンネリーゼが口を開いた。
「お前はこの世界のことが知りたいのだろ? だったら教会のカテドラルで話を聞いて来ればいい。『聖石』や『御使い人』についてな。その後、総督府に寄ってヨハンナを連れて来い。アルベルティーナも一緒なら大丈夫だろ」
「え!? 彩乃さんの家で会うつもりですか!」
アンネリーゼが外を出歩かずに済めば、その姿を見られる事はない。正体がバレない事に越したことはないが、彩乃の都合を考えないアンネリーゼの言葉に桜子は反感を持った。
「私は別にいいよ。皆の知り合いなら怖い人じゃなさそうだし」
彩乃は意に介すことなく、すんなり了承してしまった。
「それにね、この家に一人で居るのは少し寂しいんだ……。まだ慣れないから」
そう言葉をつけ加えた。そして、今の言葉をごまかすように
「そうだ、果物あるからデザートにしよっか?」
そう言っておもむろに立ち上がった。
「私も手伝いますよ」
桜子も同じく立ち上がり、キッチンへ向かった。
二人は並んでキッチンのシンクでリンゴのような果物の皮を剥いている。
「彩乃さん、お皿ってどこにあります?」
「この上の収納棚」
桜子は上を見上げ、背伸びして収納棚の戸を開けた。
「大丈夫? 届きそう?」
「ちょっと失礼します」
桜子はそう言うとシンクの上に膝を付き、体を持ち上げた。
不安定な姿勢だったが、桜子は皿をどうにか見つけ引っ張り出した。
「それじゃ、盛り付けて持っていきましょうか」
手にした皿を水で濯ぐ桜子を見ながら彩乃は尋ねた。少しばかり思い詰めた様子だった。
「あのさ……、桜子ちゃんはさ……」
「ん? どうかしました?」
桜子が彩乃の方を向いた時、桜子の頭上に薄い金属製の筒が落ちて来た。
桜子の頭にぶつかったその筒は、衝撃で蓋が外れその中身の粉末をぶちまけた。
ハックションッ!
桜子は豪快にくしゃみをした。桜子の頭上でぶちまけられた粉末は胡椒だった。
先程、桜子が皿を取った拍子に時間差で落ちて来たようだ。
桜子がくしゃみをしたタイミングで、ダイニングで食事をしていたアンネリーゼは幼女の姿になる。
幼女化したアンネリーゼは自分の着ているブカブカのネグリジェを不思議そうに見ている。
事の一部始終を見ていた彩乃は驚きで言葉を失くしてしまった。
アルベルティーナはどう説明するべきか思い悩んだ。
彩乃は思わず状況の説明を求め、アルベルティーナの方を見た。
「彩乃、言いたいことは分かるわよ。これが桜子の持ってる聖石の力なの。桜子がくしゃみをするとアンネ――様は子供の姿になっちゃうの……」
彩乃はアルベルティーナの言葉が飲み込めずにいるのか、呆けた状態でアンネの方に近づく。
「こんな聖石もあるんだぁ……。びっくり……」
「あなたはだぁれ?」
アンネは首を傾げながら尋ねた。
「あ、私は彩乃だよ。アンネ……ちゃん?」
「はじめまして、アヤノ」
アンネは笑顔で彩乃に挨拶をする。
「アヤノはここでなにしてるの?」
「アンネ――様、ここは彩乃の家で、今日はここに泊めてもらうんですよ」
「そうなんだ! ありがとう、アヤノ」
「ど……どういたしまして」
彩乃は今自分が見ている幼女が本当にアンネリーゼなのか半信半疑だった。
「アンネちゃん、果物剥いたから一緒に食べよう! 食べさせてあげるよ。はい、アーンしてアーン!」
降りかかった胡椒を払い落とした桜子は一目散に駆け寄ると、フォークに刺した果物をアンネの口元に差し出した。
アンネは桜子の俊敏な動きに一瞬呆気に取られるが、大きく口を開けその果物を頬張り満足そうな笑みを見せた。桜子はその様子を見て、幸せそうな気持ちの悪い笑顔を見せた。
彩乃は桜子のアンネリーゼに対する幼女形態と大人形態での対応の差に唖然としている。
「彩乃、言いたい事は分かるから……。あれが桜子なの」
アルベルティーナは桜子に軽蔑の眼差しを送りながら話を続けた。
「明日は三人でカテドラルに行くわ。あの状態のアンネ――様を一人にできないから」




