「今日から君も魔王だ」
私とアルエル、そしてキョーコは『最後の審判』(この部屋の名前。私が命名した)の一角に、向き合うように座っている。先程この女に、我が玉座『闇の依代』を吹っ飛ばされたので、仕方なく地べたに座ることになった。うーむ、今度DIYで椅子とテーブルのセットでも作ろうか。
「しかし何だな。魔王って言うから悪魔みたいなのかと思ってたけど、案外普通に人間っぽいんだな」
キョーコに言われて、改めて自分が素顔を晒していることに気づく。いつもはローブを深々と被っているので、このようなことは滅多にない。よって、容姿についてあれこれ言われることには慣れていない。ちょっとだけ恥ずかしい。
「うるさい、余計なお世話だ」
思わずそんなことを口走ってしまう。
「バルバトスさまはですねぇ。人間なのですよ」
おいこら、勝手にバラすな。アルエルをキッと睨む。
「えっ!? 魔王と言うからには、魔族とか悪魔族とかそういうんじゃないの?」
「いえいえ、魔王というのは特定の種族を指しているわけではなくなって……ええっと……なんて言えばいいのかな……肩書?」
「なにそれ?」
「まぁ『私は魔王だ』と言えば、今日からきみも魔王だっ! みたいな」
「ずいぶん、適当なんだな……」
もう止めてくれ……。いくらなんでも初対面のヤツにぶっちゃけすぎだろ、アルエル。ちょっと黙ってろ。
「でもさ。なんでまた人間なんかに、モンスターが服従してるんだ? 確かに魔法の腕はそこそこみたいだけど」
「そうなんですよ! バルバトスさまは人間ですが、魔法の力だけはすっごいんですよ!!」
「だけ?」
「あーいえいえ。ええっと……腕力は……そうでもないか。剣術なんかも……あんまりお上手ではありません」
お前にだけは言われたくないのだが。
「ダメじゃん。それ全然ダメじゃん!」
「でもでも! バルバトスさまは本当にお優しい方なんですよ。私たちの健康管理にも気を使って下さってますし……あっ、お料理はすっごく上手いんですよ! 本当に美味しいんです、バルバトスさまの作ってくれるごはん!!」
「……あんた、本当に魔王なの?」
もう止めてぇぇぇぇ!! 思わず頭を抱え込んでしまう。ジトっとしたキョーコの視線が痛い。別にいいだろ、料理好きの魔王がいたって! 楽しいんだよ。ストレス発散になるんだよ。喜んでもらえるとうれしいんだよ! 少しふてくされてプイッとそっぽを向く。
しかし人間と言えば……。
「キョーコ、お前だって人間だろ?」
「そうだよ? って言うか、人間以外の何に見えるっての? この美少女を捕まえて」
自分で言って勝手に照れてる。ある意味、こいつもバカなのかもしれない。もうこれ以上バカが増えると困るのだが。しかしアルエルのバカさとは少し系統が違うようだし、まぁその辺りの評価は、今後の働き次第といったところか。
それにしてもキョーコと言う名前。少し気になることがあった。その発音の名前は、この国のものではない。と言うか、私には聞き覚えがあった。その辺りを確認したいと思ったが、先程のことを考えるとあまり触れて欲しくない話題なのかもしれない。
昔ならば「部下のプライベート」はないに等しいものだった。上司は部下の私生活まで把握しておくべきだったし、そういうことに口を挟むのもよくあることだった。しかし、最近ではそういうのは嫌われると聞いたことがある。ここしばらくは触れない方が賢明なのだろう。話題を変えるか。
「それにしても人間とは思えないほどの頑丈……強さだったと思うのだが」
「あぁ、さっきの? あれ魔法」
「魔法? 特に魔力は感じなかったが?」
「違う違う。外に放出する系の魔法じゃなくって、身体自体を強化する方」
こともなげにサラッと言っているが、そんな魔法はこの辺りでは一般的ではない。無論、身体強化の魔法は存在する。しかしそれらは「身体の外」に対してかけられるものであり、その場合当然魔力を感知することができる。
しかし先程のキョーコとの戦いでは、それを感じることはなかった。と言うことは「身体の内側」つまり肉体自体を強化しているということになる。彼女の魔法の使い方、容姿、そして名前。私は確信した。
彼女はこの地の人間ではない。この大陸の遥か東、極東にある小国。私にも縁がある地だが、実際には訪れたことはない。その国の出身、もしくは末裔。そんなところか。念のために忠告しておこう。
「その魔法のことは、あまりペラペラしゃべらない方がいいぞ」
その言葉の意味を理解したのか、キョーコはやや表情を固くして「お前が聞いてきたんだろ……」と小さく答え、押し黙る。なんだか空気が重くなった。私が悪い……のか、これ。さっきから何だよ。なんか凄く会話がしにくい。もう一度話題を変えてみる。
「ところで、ここでのお前の処遇。他のクルーたちに『人間だ』ということを伝えてもいいのか?」
「クルー?」
「クルー、乗組員って意味で、ここのモンスターたちは『クルー』って呼ばれているんですよ。バルバトスさまが『我々はひとつの船に乗っているようなものだ。皆、家族。運命共同体なのだ』って」
「……あんた、なんか色々アレだね」
アレってなんだよ。ちょっとバカにしているようだけど、そういうの大切なんだぞ? 名称ひとつで、意識が変わることってあるんだぞ? モンスター1匹1匹に、キチンと当事者意識を持ってもらってだな、クドクドクド……。
「はいはい、分かった分かった。よーく分かりました」
うむ、よろしい。
「で、どうなんだろうね? あたしが人間だって言うと、その……クルー? ってのには、やっぱりよく思われない? アルエルはどう思う?」
「はぁ、そうですね。バルバトスさまは元から魔王さまだったので、私たちは何の疑問もなく服従していますけど、新しくやって来られた方はどうでしょうか……」
確かに。うちのクルーは気のいいヤツが多いが、それでも人間に対して、一定の感情を抱いているものがいるのも確かだ。仕事として冒険者に対して無礼を働くものはいないが、仲間となるとどうなるのか。
「やっぱりそうか」少し残念そうな顔をしているのを見て、解決策を提案してみる。
「魔法で変身してみるか?」
「そんなのできるの?」
「無論だ。造作もない」
我ながらよい提案だと思ったが、アルエルから思わぬ横やりが入った。
「あ、でも。それだと上級クルーの中には、魔法を無力化する『サイレント・リザードマン』みたいなのもいますから、ばれちゃいますよ?」
アルエルにしては、ごもっともな意見だ。確かにクルーの中には、呪文などに頼らず常時魔法無効化の能力を持ったものがいる。ごく少数ではあるが、無視はできまい。それを聞いたキョーコは「うーん」と首を傾げる。
「そうか……。じゃ、やっぱり時間はかかるけど、力でねじ伏せて認めさせていくしかないか」
なんてことを言うの、この子。
「そんなの駄目駄目、絶対ダメ! それは私が許さない!」
あんな力をあっちやこっちで振るわれたら、クルーの命が危ない。それにダンジョンも無事では済みそうにない。全力で拒否する。
「む、そう言われるとやりにくいな」止める気はないのかよ。
アルエルが何か思いついたように「あっ!」と手を叩く。
「私、いいもの持ってますよ!」