「約束だよ」
夢を見ていた。
幼い私に父は言った。
「リョータ、お前はお前の好きに生きるがよい。だが、ひとつだけ覚えておけ。どれだけ……でも……せ。それが魔王の器というものだ」
途切れ途切れでよく聞こえない。一体父は何を言っていたんだっけ……。
ここはどこだ?
暗くてジメジメしててちょっとひんやりしてる。でも、とても落ち着く。
そうだ、ここはダンジョンだ。
私が生まれ、そして育った地。
たくさんの大人たちが父と話している。私はそれを見ていた。その傍らに小さな女の子がポツンと立っていた。所在なさげでどこか不安そう。彼女は言った。
「ダンジョンって来たの初めてなんだ。ちょっと怖いな」
そんなことはないよ。確かにダンジョンは暗くてジメジメしてて……でも、本当は面白い場所なんだ。冒険の地って言うのかな。危険だけど、危険だからこそ、他のどこでも味わえないドキドキする冒険が待ってるんだ。
ぼくは彼女の手を取った。
「ぼくが案内してあげるよ」
その床は気をつけてね。踏んだら壁から矢が飛んでくるから。そのボタンはいかもに扉を開けるものみたいでしょ? でも違うんだなぁ。押すと奥の通路から石の玉が落ちてくるようになっているんだよ。
こちらはリッチのランドフルおじいちゃん。こちらはスケルトンのボンくんとロックくん。他にもたくさんのモンスターさんが、うちで働いてくれてるんだ。そうそう、モンスターさんのことはクルーさんって言うんだよ。「乗組員」って意味らしいんだ。父さんが言ってた。
この部屋は食堂。みんなでご飯を食べるんだ。父さんが作ってくれるんだけど、ちょっと野菜が多いんだよね……。ぼくが大きくなったら、みんなにお肉をたくさん食べさせてあげるんだ。お肉、好き?
ここが魔王の間。ほんとは誰にも言っちゃダメなんだけど……。ここ、隠し通路があるんだ。さっきいた広間に繋がってるの。でも、見た目じゃ絶対分からないようになっているんだ。あ、ほんと秘密だからね。言っちゃダメだよ。
階段を登って……この扉を開くとね。じゃーん! ほら、凄いでしょ? 展望台になってるんだ。いい景色でしょ。ぼくのお気に入り。あ、その椅子? うん、ぼくが作ったんだ。座ってみて、結構しっかりしてるから。
私はその少女と日が暮れるまでたくさんの話をした。少女は国を旅して歩くキャラバンの一員だった。団長さんと父とは古い友人だったようで、この国に立ち寄ったとき、ここへ足を伸ばしたそうだ。
彼女は肩にかかった黒いきれいな髪を風になびかせながら、うっとりとした表情で沈んでいく夕日を眺めていた。私はその横顔にちょっとだけ見惚れてしまう。それに気づいた彼女は、私の方へ振り向くと少しはにかんだ表情で笑った。
その頬が赤く染まっていたのは、夕日のせいだろうか……。
彼女は言った。
「りょーちゃんも、おおきくなったら、だんじょんやるの?」
ぼくは答えた。
「そうだよ。すっごいの、作るんだ!」
「たのしさそうだね」と言う彼女の手を握った。
「いっしょにやろうよ」
「約束だよ」
「やくそくだねっ」
あのときの女の子……そうか、あれは。
「バルバトーースっ!!」
突然、私の名を呼ぶ声が聞こえた。同時に夢から覚める。目を開くと地面が目の前に迫っていた。視界の隅には、同じように落下しているヘルムートの姿。そこで全てを思い出した。
何とか身体の奥に残っている魔力を絞り出そうと試みる。だが、指を動かすのすら困難なほど消耗している身体は言うことを聞かない。
これもまた運命か。自分の力を出し切った上での結果だ。受け入れるしかないのだろう。そう観念する。が、再び私の名を呼ぶ声が聞こえる。叫びすぎてかすれている。それでも何かを伝えようと、必死で繰り返し叫んでいる。何度も何度も私の名を呼ぶ。
「バルバトスっ、バルバトスぅぅ……りょーちゃん、死ぬなーーー!!」
その声が耳に届いたとき。身体の中にぽっと明るい光が指したような感触を覚えた。同時に暖かさも感じる。まるで寒い日に温かい飲み物を飲んだときのような、身体の芯からぼわーっと暖かくなっていくよ……って、あつつつつ!
温かいどころか、身体の中が燃えるような感触。なんだ、これ? 熱いっ、うおぉぉぉ、燃えてる、なんか体の中で何かが燃えてる!
その正体が魔力であることに気づく。咄嗟に浮遊魔法の呪文を唱える。
そして手を伸ばす。
次の瞬間、再び世界は暗転し、私は夢の世界へと引き戻された。




