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きみとぼくのダンジョン再建記  作者: しろもじ
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「何でもできます」

 キョーコがヘルムートをぶっ飛ばした後、私はひとつの覚悟を決めていた。


「ダンジョンを売却しようと思う」


 王都から帰ったその日、夕食に集まったクルーを前にそう切り出した。「何言ってんの!? そんなの絶対駄目に決ってるじゃない!!」とテーブルを叩くキョーコの行動は想定内だ。


「だが、これしか方法がない」

「でもっ……ここはバルバトスの家が代々続けてきた大切なダンジョンなんでしょ!? それにここがなくなったらみんなは……」

「確かにここは私の一家が代々続けてきた由緒正しいダンジョンではある」

「だったら、駄目だよ」

「しかし言い換えれば、たかだか4代100年。その前はただの山と洞窟があっただけだ。この世に永遠に続くものなどないのだから」


 それにな。ここを出て行っても、他でダンジョンを再建することはできるじゃないか。また一から作り直すというのも楽しそうだぞ。今度はどこら辺にするかなぁ。もっと田舎に引っ込んで、のんびりやるっていうのも良さそうじゃないか? ダンジョンじゃなくってもいい。畑を耕して自給自足の生活っていうのも悪くないだろう。


 私の話に、クルーたちは一同困惑した表情を浮かべていた。まぁ、そりゃそうか。今まで長いこと一緒にやってきたダンジョンだ。突然の別れを、そう簡単に割り切れるわけはないだろう。


 だが、それも時間が解決してくれると私は思っていた。彼らならきっと最終的には理解してくれる。これが最も最善の道であると分かってくれる。


 そう思っていた。



□ ◇ □



 私の名前はフキヤ・アルエル。ダークエルフの女の子です。


 晩ごはんのときにバルバトスさまが話してくれたことは、本当にびっくりしました。キョーコちゃんは「自分のせいだ」って言ってましたが、そんなことはありません。あのときキョーコちゃんが飛び出していなかったら、きっと私が同じことをしていたと思います。


 それは私だけじゃなくって、ボンくん、ロックくん、ランドルフのおじいちゃん、薄月お姉さん、サキドエル師匠だって同じだと思います。みんな、あのときは本当に悔しくって、泣きそうで、怒ってましたから。


 でも、このダンジョンがなくなってしまうのはダメです。絶対ダメなんです。


 私は5歳のころ、故郷を追われて森をさまよっていました。そんな私を助けてくれたのが、バルバトスさまとそのお父さんです。お二人は私にとても親切にしてくれました。バルバトスさまはあまりお話してくれませんが、ダークエルフの長から私を引き取るときに、随分苦労して頂いたというのは分かっています。


 お父さんは私を引き取ってくれた後、すぐに亡くなってしまいましたが、まるで本当の家族のように私を大切にしてくれました。もちろんバルバトスさまも同じように接してくれました。


 だから、いつかきっと恩返しをしようと思ってました。でも私は何をやってもダメな子なんです。剣も槍もいつまでたっても上手くならないし、魔法の呪文も覚えられません。お役に立ちたいという気持ちだけが空回りしてしまいます。


 そんな私でも、やっとお役に立てそうなときがやってきました。


 バルバトスさまのお話は難しくってよく分からないところも多かったんですけど「じだんきん」というのが必要なことくらいは分かりました。それがお金のことで、凄い金額だってことも分かりました。


 残念ながら、私のへそくりではとてもまかなえなさそうなことも分かりました……。お話が終わってお部屋に戻った私は、一生懸命考えました。なんとかお金を用意できないかな? お金さえあれば、みんなで今まで通り楽しくやっていけるのに……。


 楽しかったこと、かぁ……。


 キョーコちゃんが来たときは、始めはちょっと怖かったけどキョーコちゃんいい子だったし、歳も近かったから今から思えば楽しかったな。猫耳と猫のしっぽもお役に立てて何よりでした。


 晩ごはんにお肉が出たときは嬉しかったな。バルバトスさまは健康には気を使ってくれるんだけど、そのせいであんまりお肉が出てこないんですよね。キョーコちゃんが来てくれたお陰で大盤振る舞いでした。


 バルバトスさまに初めてダンジョンの指揮を任されたときは、嬉しかったな。大切な椅子を壊しちゃったり失敗もしたけど、ダンジョンに出たりもできて、それも楽しかった思い出。


 あ、ポスターをバルバトスさまに褒められたときは、本当に嬉しかったんです! 自分でもあんなに絵が上手く描けるとは思っていませんでした。あれからときどき自分で描いた絵を魔導ネットにアップしてるんですよ。「上手いね」って褒められちゃうと照れちゃいますけどね。


 『憩いの我がダンジョン亭』を作ったときも楽しかったです。これはあんまりお役には立てなかったんですけど、でもみんなでひとつの物を作るのってワクワクしちゃいますよね。バルバトスさまがDIY好きなのも、ちょっとだけ理解できたような気がします。『憩いの我がダンジョン亭』っていうお名前は、ちょっとどうかとも思いましたけど……。


 他には何があったかな……。うーんうーん、と随分悩んで、私はひとつのことを思い出しました。頭の悪い私ですが、このときばかりは自分を褒めてあげたくなりました。


 そうです。王都に行きました。王都は人が多くて、賑やかで、すごい所でした。みんなで食べたお弁当も美味しかったです。そしてあるお店に行きました。


 「しちやさん」っていうお店は、ガラスがギラギラってしててすごく立派な建物でした。バルバトスさまと男の人が何かお話していました。「たんぽ」って言うのを出すとお金が借りられるって言っていました。


 男の人は私をたんぽにできると言っていました。バルバトスさまは大変怒っていらっしゃいました。ちょっと嬉しかったな……。でも、男の人が私をたんぽにしたときのお金を紙に書いていたのをチラッと見てしまったのです。


 その金額は「じだんきん」と同じくらいの金額だったのは覚えています。エライでしょ?


 と言うことは、私を「たんぽ」にすればお金は用意できるってことですよね。ええ、その意味くらいは分かってます。私がどこか別の場所に働きに出ないといけないってことです。みんなともお別れしなくちゃいけません。もうここには帰って来られないと思います。


 でも、このダンジョンは私のお家です。クルーのみんなは家族なんです。家族のためなら何でもできます。


 次の日、私はいつもより早起きして、ダンジョンを出ていこうとしました。一通りの荷物をバックパックに詰めて、足音を忍ばせながら通路を歩いていました。奥の角に人影が見えました。慌てて逃げようとしましたが、あっという間に捕まって……気を失ってしまいました。



□ ◇ □



 バルバトスは「お前のせいじゃない」って言ってくれたけど、それでもあたしは自分の中のモヤモヤが消えてなくなったわけではなかった。


 ここに来るまで、色々各地を放浪してきた。キャラバンに連れられて過ごした時期を過ぎ、独り立ちして分かったことは「世の中には話し合いだけではどうにもならないことがある」ということ。


 特にあたしが、まだ年端もいかない女だということもあって、大人たちはまともに話し合いなどしてくれないことも多かった。軽く見られて騙されたり、ときには襲われそうになったこともある。


 でも、あたしには力があった。


 それでねじ伏せれば、大抵のことは解決できた。だから世の中はそう言うものだと思っていた。


 この国に来て『漆黒のダンジョン』の存在を知って……って、その話はいいか。まぁ、このダンジョンにやって来て、バルバトスやアルエル、他の仲間との生活が始まっても、その考えは変わらなかった。


 でも、ちょっとだけ違和感は感じてたんだよね。


 ここに来て一番驚いたのは「誰もが意見を言い合うことで、問題を解決していく」ということ。冒険者も震え上がるほどの上級モンスターから、初心者でも安心の下級モンスターまで、みんなで話し合って壁を乗り越えていってる。


 バルバトスなんて、たまにスケルトンのボンに言いくるめられたりしているしね。普通、魔王って絶対的な存在で「独断専行・唯我独尊・独裁政権」そんなイメージがあるけど、ここでは違う。


 始めはそんな雰囲気に違和感も持っていたけど、段々あたしも毒されたのか、それが居心地がいいように感じられるようになってきたんだよね。だから、あたしも「力でねじ伏せる」という考えから「話し合って決める」っていうやり方を選ぶようになってきてた。


 でも、人間そう簡単には変われない。この前の出来事でそれを思い知らされた。あたしは相変わらず、気に入らないことがあったら拳で解決しようとする人間だって。自分でもちょっと嫌になりかけていた、そんな人間だって思い知らされた。


 そんなあたしにバルバトスは自分のことを話してくれた。「自分だってキョーコのお陰で変われたんだ」って教えてくれた。それを聞いてあたしもいつか変われるのかな? 理想の自分になれるのかな? って思い始めたんだ。


 でも、今回のことにケリを付けないといけないのはあたしの役目だ。でも、どうすればいいのかが分からない。あんな見たこともないようなお金、どうやって工面すればいいのかな……。


 そんなことを考えていたとき。隣の部屋から声が聞こえてきたんだ。そこはアルエルの部屋。あいつ、いつも独り言を言う癖があるから、考えていることが筒抜けなんだよね。アルエルは「私が担保になれば」とか言っていた。


 担保……。どこかで聞いた言葉だった、と思ったら王都の質屋で「アルエルを担保に」って話があったことを思い出した。あのときの金額がどれくらいのものだったかは思い出せないけど、あたしが他の国で聞いた話では、一生鎖で繋がれた生活を約束すれば、それなりのお金が引き出せるらしい。


 アルエルは自分でそれをやろうとしているのか……。


 そんなことしちゃダメだ! でも、それを言ってもアルエルは聞きやしないだろうし、あたしに対案があるわけでもない。となれば……。


 夜明け寸前に出ていこうとするアルエルを羽交い締めにした。騒がれると面倒なので、悪いと思ったけど、気絶させておいた。


 ごめんね、アルエル。でも、それはあたしの役目なんだ。

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