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きみとぼくのダンジョン再建記  作者: しろもじ
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「ごめん……ごめん」

 タイル張りの床はひんやりと冷たかった。膝をつき両手をその前に置く。頭を地面にこすりつけるようにし「大変申し訳ございませんでした」と絞り出すように言う。


 永遠とも思えるほど長い時間だった。室内はしんと静まり返っていた。皆の息遣いが聞こえてくるほどだ。必要だと思う時間の倍、頭を下げた後ゆっくりと立ち上がる。


 ヘルムートはやや頬を紅潮させ、目は嫌らしく歪んでいた。今にも笑い出しそうなのを必死で堪えているようにも見える。ラスティンは泣きじゃくり、私の後ろに立っているだろうクルーからもすすり泣きや、低く唸る声が聞こえてきた。


 我慢しろ。


 そう心の中で念じた。私だってこいつは気に食わない。だが、罪を犯したことには違いないのだ。誠意を見せて謝罪することくらいは必要だろう。これほどのことを求められるのは確かに過分だとは思うが、それでラスティンが帰ってくるというのならば、安いものだ。


 だが、私はヘルムートを見誤っていた。彼は王国を象徴するダンジョンマスターである私を貶めることに喜びを覚えたようだった。しかも、その欲望は満たされるどころか、私の土下座によってより火をつけられたようだった。


 彼はしばらく恍惚の表情を浮かべていたが、やがて元の冷たい表情に戻ると部下に何か耳打ちをした。それに頷いた部下は、他の部下が背負っていたバッグパックからひとつの魔導器を取り出した。


 あれは……。スクリーン型の魔導器には見覚えがあった。確かスクリーンに映し出したものを映像として記録できるものではなかったか。彼の部下はそれを、私とヘルムートが映り込むような角度で構えた。


 それを確認したヘルムートが口を開く。


「大変申し訳ございません、バルバトス殿。残念ながら、それではまだ誠意は感じられませんな」


 これ以上何をやらせようというのか……?


「もう一度、先程の芸をやってみてもらえますでしょうか? そしてできれば私の靴にキッスを……」


 笑いが堪えられない様子で、言葉が途切れる。彼の部下たちからも嘲笑の声が聞こえてきた。私の土下座を芸と称し、更に彼の靴に口づけをしろと。そしてそれを映像として取り置くつもりのようだ。


 流石に一瞬だけ躊躇を覚える。だが、ラスティンを助けるためなら何でもやる。それに変わりはない。再び床に膝を付けようと屈んだとき、私の肩を誰かが掴む。振り返るとキョーコが鬼のような形相でヘルムートを睨んでいた。


 彼女を止めようと手を伸ばす。が、それが間に合わない速さでキョーコはヘルムートへ飛びかかる。恐怖で青ざめるヘルムートの顔。彼を守るどころか、慌てて逃げ惑う彼の衛兵たち。全てがスローモーションのようにゆっくりと見えた。


 キョーコの拳がヘルムートの頬に突き刺さる。ヘルムートの顔が歪む。白目を剥きながら倒れ込む。そこでようやく我に帰った。「止めさせろ!」と叫びながら、自らもキョーコに飛びかかる。


 ヘルムートに馬乗りになっているキョーコを取り押さえる。キョーコはヘルムートの喉を締め上げていた。白目を剥いたまま泡を吹いている。キョーコの背後から彼女を羽交い締めにするが、それでもキョーコはびくともしない。


 クルーたちも飛びかかり、10人掛かりでようやくキョーコを引き剥がす。それを見た衛兵たちが、ようやく主人の元へと駆け寄ってきた。「貴様、こんなことをしてタダで済むとは思うなよ」そのうちの一人が捨て台詞を残して『最後の晩餐』からヘルムートを連れ出していった。


 そのどさくさに紛れてラスティンの回収には成功した。彼は泣きながら、何度も何度も謝っていた。背中を撫でてやりながら「大丈夫だ」と、私も何度も言う。ニコラたちにラスティンを任せて、私はキョーコの元へと向かう。


 彼女は床にへたりこんでいた。うつ向いている顔に長い髪がかかり、表情は読み取れない。肩が小さく震えているのが分かった。床のタイルにポタポタと涙がこぼれ落ち、小さな湖を作っている。


「ごめん……ごめん……ごめん」


 何度も何度も謝るキョーコの肩に手を乗せる。大丈夫だ。心配ない。私に任せておけ。何とかなるって。キョーコは肩を震わせながらコクンとうなずいていた。



□ ◇ □



 ヘルムートが我がダンジョンを訪れてから数日は何事もなかったかのように過ぎた。てっきり翌日には再び乗り込んでくると思っていたので、やや拍子抜けしたものの、それでも気が休まるというわけでもない。


 私は、ことの経緯をダンジョン協会に報告しておいた。会長は「先代と違って、お前は面白みに欠けるヤツだと思っておったが、案外やるの」と笑っていた。そして「不法侵入、傷害事件は協会の管轄外だからの。ワシがどうしてやることもできん」と言ったあと、少し間をおいて「ま、後はお前次第だの」と言って通信を切った。


 お前次第……。


 会長の言う通り、この件でダンジョン協会が間に入ることはないだろう。協会がダンジョン間の揉め事の仲裁をすることはあるが、それはあくまでも揉めているときのことだ。今回のように王国の法に触れるような事態には対処できない。


 自室を出て『最後の審判』へと向かう。玉座『魔の依代』に座りスクリーンを表示させてみた。キョーコはあれ以来ずっとダンジョンに出ている。「少しは休め」という私が言っても、全く言うことを聞かない。


 だがまぁ、多少動いている方が気は紛れるというものか……。そう思ってスクリーンをキョーコのいるセクションに合わせてた。そこには、今まで見たこともないほどの冒険者の山が出来上がっていた。


 戦士、剣士、魔法使い、僧侶……幾多の冒険者たちがキョーコの手によって倒され、部屋の隅に転がっている。それでもまだ暴れたりないのか、部屋に入ってくるなり惨状を見せつけられ慌て逃げ惑う冒険者を追っていた。そして、それを必死で止めようとしているボンやロックがふっ飛ばされている。


 あいつ何やってんだよ……。頭を抱えてミノタウロスのサキドエルに、キョーコを回収してくるように伝える。


「任せておけ。一度キョーコとは本気でやり合ってみたかったのだ」


 サキドエルはそう言って、意気揚々とキョーコの元へと向かう。だが、部屋にたどり着いた途端、キョーコの姿がフッと消えた。次の瞬間サキドエルの腹に彼女の肘がめり込み、彼女の倍はある巨体が膝をつく。


 それを見た私はため息をついて、彼女の元へと向かった。部屋には山積みの冒険者たち、バラバラになったボンとロック、それに仰向けで倒れているサキドエルの姿があった。


「キョーコ」


 私が呼びかけると、ゆっくりと振り返る。その表情に色はなく、怒っているようにも笑っているようにも見える。いつもキラキラ輝いていた目からは光が消え、ダンジョン内を照らす松明の灯りがぼんやりと映し出されていた。


「帰ろう。少し休んだ方がいい」

「いやだ」

「駄目だ。これは魔王命令だぞ」

「いやだっ!」


 彼女の気持ちは痛いほどよく分かる。冒険者相手に気晴らしをしていたわけではあるまい。何かせずにはいられないだけなのだろう。


「お前のせいじゃない」

「あたしのせいだ。あたしが……いつもいつも……すぐに手を――」


 すぐに手を上げる、か。んー、まぁそうだな。お前、ここに来たときも力ずくで私に要求を飲ませようとしてたもんな。でもな、キョーコよ。人間、ひとつやふたつ、欠点を持っているものだ。私なんて、そりゃもう数え切れないほどの欠点が……。


「魔王なのにしっかりしてない。魔王なのに武器ひとつ使えない」


 お前、そんなにはっきり言うなよ。流石の魔王でも傷つくんだぞ。


「魔王のくせに料理が大好き。魔王のくせに椅子作ったり、建物立てたり、草むしりしたり……」


 ちょっと、キョーコ? それは少し言い過ぎじゃないの? いいじゃない、料理美味しかったでしょ? お前の部屋の椅子やテーブル、ベッドも私が作ってやったんだぞ。


「魔王のくせに……」


 む、まだ言うのか。しかしキョーコは言葉を詰まらせる。そうかそうか。流石にもう「魔王のくせにシリーズ」も尽きたというわけか。って、結構あったけどな……。


 突然キョーコの肩がビクッと震える。乾ききっていた瞳に涙が溜まって、キラキラと輝き始めていた。そして両手を広げて駆け出してきて――私の胸へ飛び込んでくる。両手は私の腰にしっかりと回されて……痛い痛いっ……って、あれ? 痛くない!? 魔法、使ってないの?


「……魔王のくせに仲間思いなんだから」


 私の胸に顔を埋めたまま、キョーコが言う。そこは「魔王のくせに」ではなく「魔王だからこそ」だぞ。


 魔王だから部下に対して冷酷でなければならない。以前の私はそう思っていた。弱い部分を見せず、冷酷で残忍。そんな姿勢で向き合わないと彼らを御し得ないと感じていた。


 でも、それは間違っていることに気づいた。彼らを信頼し、彼らのために力を注ぐ。そうすることで、彼らは最大限の力を発揮してくれる。それに気付かされたのは、誰もでもない。お前がここに来てくれたからなんだぞ。


「あたし……?」

「そうとも。お前が来てくれて、私とダンジョンはパッと明るくなった。いや、ダンジョン自体は暗くてジメジメしてないと駄目だけどな。でも、私もクルーの皆も、お前が来てくれて変わろうと思ったのは確かだ」


 キョーコがいなければ『憩いの我がダンジョン亭』はできなかっただろうし、剣士4人組もただの客のひとりで終わっていただろう。レイナやマルタもここにはいなかったし、酒場の4人娘も同じだ。


 お前が来てくれて私が変わった。それを見た皆も変わった。お前のお陰だ、キョーコ。だから今回のこともひとりで抱え込むな。お前だけの問題じゃない。私たち皆の問題なんだ。


 キョーコは相変わらず顔を上げない。私のローブに顔を埋め、何かモゴモゴと言っている。


「あたしがここに来たのは……ずっと……から……」


 ん? なんだ? よく聞こえない。キョーコがここに来た理由? え、そう言えば聞いてない。てっきり王都から一番近かったから、とか思ってたけど、そうじゃないの? 何か理由があったの?


 だが、キョーコはそれきり黙ったまま動かなくなった。そしてスゥスゥという小さな寝息。寝ちゃったのか……。


 暴れまわり過ぎて疲れてしまったんだろう。それにあれ以来、ろくに寝ていない様子だったしな。救護班に駆けつけるよう伝え、キョーコを抱え持ち上げる。思っていた以上に軽いことに驚く。


「ボン、救護班に治してもらったら、ルートを閉鎖しろ。今日はもう閉ダンだ」

「リョウカイッ!」


 床に転がり頭蓋骨だけになったボンが元気よく答えた。


 キョーコを抱えたまま従業員通路を歩いていると、向かいからアルエルが走ってくるのが見えた。


「キョーコちゃん! キョーコちゃーーん!!」


 おいおい、起きちゃうだろ。静かにしような。って言うか、キョーコ死んでないから。寝てるだけだから。

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