「誠意を」
泣きじゃくっているニコラ、コーウェル、ヒューの3人を『最後の晩餐』へと連れて行く。とりあえず落ち着け、とキョーコが淹れてくれたお茶を一口飲んで、ニコラはゆっくりと話始めた。
「ぼくたちダンジョンには入らずに、周囲をうろついてたんです。そしたら、草陰にハッチのようなものがあって……。鍵もかかってなくってラスティンが『従業員用の出入り口かも。入ってみよう』って言い出して」
ニコラが言うには、ハッチを開けると狭く急な階段があり、それを下りると薄暗い通路に出たそうだ。コーウェルは反対したそうだが、後の3人は『バルバトスさまのお役に立たなきゃ』という思いから、奥へと進んでいった。
いくつかの分岐点と階段を降りていくと、広い部屋があった。分厚い扉に付いていた窓から中を覗くと、部屋の中央には不気味に光る巨大な魔導器。そしてその周りに数えきれないほどの人が寝台のようなものに寝かされていた。
寝台に寝かされた人は鎖で固定され、動けない様子だった。彼らとは違う服を着た男たちがその周囲に等間隔に立っており、時折寝台に寝ている人を叩き起こすと、鎖を繋いだまま奥の部屋へと連れて行ったり、新しく連れてきて寝台に固定していたりした。
「あれは……あの魔導器はきっと魔力を蓄積する装置だと思います。王都で売っていた、もっと小さな魔導器をたくさん繋げたものじゃないかって」
ようやく落ち着いてきたニコラはそう言う。確かに魔導器には魔力を溜め込んでおくものもある。それを通常の魔導器と繋ぐことで、魔法を使えない人でも魔導器の使用ができるようにするためだ。
それを使って魔力を蓄積――つまり、寝かされていた人々がそこに魔力を注いでいるということか。その魔導器に溜め込んだ魔力を使って、ダンジョンのトラップなどが動いているというわけか。
問題は、その人々が鎖で繋がれていたという部分だろう。魔力を生み出せる彼らが、それほど簡単に捕まり強制的に働かされているというのは考えにくい。しかもそれだけの人数を集めるのも困難だろう。
しかし、鎖で縛られていることを考えると、自分の意思で喜んで従事しているとも思えない。それはつまり――。
「奴隷……ってこと?」
キョーコの表情が曇る。正確には奴隷ではない。奴隷制度は認められていないから。ただ実質的な奴隷であるという点は間違いないところだろう。恐らく彼らは自らを担保に金を借りたのだろう。もしくは土地や家、家族、愛する人の身代わりになったのかもしれない。
いずれにしても彼らは「自分の意思で」という名目であそこにいるのだ。奴隷であれば、それを糾弾することもできる。だが、合法的かつ自由意思であるという建前を前には何もできない。はっきり言って奴隷制よりも酷い。
だが、今はそれよりも聞きたいことがある。
「ラスティンはどうした?」
「ぼくたち、彼らを助けるかどうかで、意見が別れたんです。それでごちゃごちゃ言っているうちに、ヤツラに見つかって……」
看守――敢えてそう呼ぶ――のひとりが、ラスティンたちに気づいた。彼らは狭い通路を必死で逃げた。もう少しで出口、というところでヒューが足元を取られ転倒した。ラスティンは彼を起こしニコラとコーウェルに託した。追手はすぐそこまで迫っていた。
「先に行け」
そう言ってラスティンは剣を抜いた。ニコラたちは「置いてはいけない」と反論したが、いつになく険しい顔のラスティンに気圧され、泣きながら逃げてきたそうだ。
「ラスティンがいなかったら、ぼくら全員……」
「ニコラのせいじゃないよ。ぼくが大事なところでこけちゃったから」
「ヒュヒュ、ヒューだけのせいではありません。ぼくたち全員がううう、迂闊だったんです」
3人は泣きながらラスティンの名を叫んでいた。いや、まだ死んだわけじゃないだろ……。
「あたしが連れ帰ってくる」
そう言って席を立つキョーコ。いやちょっと待て。
「それは私の役目だ」
ダンジョンのクルーを守るのは魔王の役割。それは譲れない。キョーコは何か言いたげだったが、これだけは絶対に譲れない。謝罪だけで済むだろうか? いや、あのヘルムートという男。一度会っただけではあるが、あれはそれほどお人好しではないだろう。
何かしら厄介な要求をしてくるに違いないと思う。
だが、問題にするのであれば、王国に訴え出ればよい。カールランド王国は国王が君臨しているが、法が整備された国家でもある。国王の命令が法を上回ることもあるが、それは戦争や災害など特異なことが起こったときのみ。ましてや他国のダンジョンの訴えで、法を覆すことなどできるわけがない。
法に反した罪で、剣士4人組と私には何らかの刑罰が与えられるやもしれぬ。だが、しかしそれだけだ。償いが終われば、私もラスティンも再び元の生活に戻ることができる。
今日の内に済ませておくか、と席を立ったときのことだった。アルエルが「大変です」と部屋に転がり込んできた。
「『精霊たちの夢』の方が、バルバトスさまに用があると、下に来られています!」
チッ、先手を取られたか。アルエルにここに通してくれと伝え、キョーコ、ニコラ、ヒュー、コーウェルに下がってろ言う。が、彼らは頑として「残る」と言い張る。彼らに嫌な思いをさせたくなかったのだが……。
『最後の晩餐』の扉が開き『精霊たちの夢』ダンジョンマスターであるヘルムートが姿を現す。続いて、完全武装した衛兵たちが十人ほど入ってきた。彼らに囲まれるような形で、縄で縛られたラスティンもいる。顔には殴られた跡があり、うっすらと血が滲んでいた。
それを見たニコラが「ラスティンに何をした!?」と叫ぶ。ヘルムートは薄ら笑いを浮かべながら「何をした、だと?」と答えた。
「何をした、というのならば、お前たちの方がそれを問われるべきではないのかな?」
「事情は分かっている。全ては私の責任だ。ラスティンは私の命に従っただけ。彼を離してやって欲しい」
「ほぉ……。つまりバルバトス殿は、こいつらを我がダンジョンに送りつけたことをお認めになるということですかな?」
ヘルムートはわざとらしく驚いたような表情をする。
「そうだ、認める。私が彼らに命令した」
「我がダンジョンに潜入したことは罪になると分かっておいでで?」
「もちろんだ。王国裁判所に提訴してもらって構わない」
それを聞いたヘルムートの顔が醜く歪む。薄ら笑いは浮かべているが「それならばそうしましょう」というものではない。恐らくあれは……。
「私としてもそこまで大事にするつもりはございません。まぁとは言え、不法行為は不法行為ですから」
「どうすればよいのだ?」
「誠意……を見せていただければ」
顔を上げ、見下すような目で私を見る。誠意……か。「金を要求しているのか」と一瞬思ったが、あの顔はそういうことを言っているようには思えない。要は私が非を認め、彼に謝罪すること。それを求めているのだろう。
「大変ご迷惑をかけて申し訳なかった。心から謝罪する」
そう言って頭を下げた。十分すぎるほど長く頭を垂れ、顔をあげる。が、ヘルムートの表情は変わっていない。相変わらず冷たい視線で私を見ている。「バルバトス殿」と彼は前置きして口を開く。
「言葉では何とでも言えます。『悪かった』なんてことは、誰にでも言えますし、それで本当に悪かったと思っているとは私には思えないのです」
「では、どうすれば?」
謝って済む問題ではないと言うのならば、先に言ったように提訴でも何でもすれば良い。私はこれ以上譲歩するつもりはない。彼が金品などを要求してきてもそれに応じる気はなかった。
しかし、ヘルムートは何も言わずため息をつく。視線をやや下に向けている。ちょうど私の足元を見ている。あぁ、そう言うことか……。
「謝罪の気持ちは、態度で示すべきであると、私は思うのですが」
騒ぎを聞きつけてダンジョンのクルーたちが集まりつつあった。なるほど、それでわざわざウチに乗り込んできたということか。
自分の部下の前で、土下座して謝れ。ヘルムートはそう言っているのだ。ダンジョンにとって魔王は絶対的な存在だ。それは昔より薄れてきたこととは言え、今でも変わらない。そのダンジョンマスターが部下の前で、他のダンジョンマスターに膝をつく。
それがどれほど屈辱的であるのか。私にとっても部下たちにとっても、それは考えられないほどのことだ。
それに気づいたラスティンが「止めて下さい! バルバトスさま!!」と叫んだ。「俺はどうなっても構いません。それはしてはいけません!」と涙を浮かべながら訴えていた。つくづく私はいい部下に恵まれていると思う。だが、その願いは叶えてやることはできない。
私は部下のためなら何でもやるのだから。
私は地面に膝をついた。




