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きみとぼくのダンジョン再建記  作者: しろもじ
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「うるさいっ! 違うっ!」

「暑い……ちょっと脱ごう」

「駄目だって。ほら、ちゃんと兜も被って。バルバトスだってバレちゃうって」

「いやでも、もう汗だくなんだが」

「我慢我慢。男でしょ」


 私とキョーコは炎天下の中、長蛇の列に並んでいた。季節はすっかり秋だと言うのに、なんでこんなに暑いのだろうか。それは強く照りつける日差しのせいもあったのだが、私が身にまとっている装備にも理由があった。


 フルアーマープレートメイル。頭から爪先まできっちり全身、鋼鉄の鎧に包まれている。完全装備、と言えば聞こえはいいが、はっきり言って周囲から完全に浮いているようにも見える。今どきのダンジョンに、ここまでフル装備で挑むものはそうそういない。


 『精霊たちの夢』のオープン当日。外資系ダンジョンというものがどういうものか知っておくべきだろうということで、私は偵察に向かうことにした。アルエルも行きたがっていたが、いくらエンターテイメント施設に成り下がったとは言え、ここはダンジョン。危険が全くないとは言えない。


 渋るアルエルを説得し、私とキョーコで行くこととなった。


 そしてかれこれ1時間ほど列に並んでいるというわけだが、照りつける日差しで鉄製のプレートメイルは、まるでフライパンのようにアツアツになってしまっている。下に着ている布服がなかったら、やけどしそうなくらいだ。


 一方キョーコは膝丈のパンツに膝当て、チュニックに軽装の革鎧を合わせている。涼しそうだな……それ。


「なぁ、交換しない?」

「やだ」

「このままじゃ、ダンジョンに着く前に蒸し焼きになってしまうぞ」

「駄目だって。万全の準備をしておく。昨日約束したでしょ」

「それはまぁ……そうなのだが」

「蘇生できないんだから、気を抜いちゃ駄目」


 昨晩、準備をしているとき、キョーコが「念のために」と蘇生用のポーションを荷物に入れていた。「2つもあればいいか」と言うキョーコに「私のは要らない」と答えた。


 決して強がっていたわけではない。父が他界寸前に私に聞かせてくれた話がある。私たちの一族は、蘇生や回復などの魔法や薬が使えないと父は言っていた。その理由は私たちの血統にあるそうだ。


 今から100年ほど前、ホウライ帝国が大陸全土に侵攻していたころ、曽祖父は戦火の中この地にたどり着き、そして戦争の終わりと共にこの地に残されダンジョンを開いた。


「私の一族のルーツはホウライにあると聞いている」

「ホウライ出身であることと、蘇生や回復ができないことの繋がりはないじゃない」

「それが関係あるのだ、キョーコ。ホウライが大陸を掌握しかけていたのにも関わらず、瓦解していったことには、このことが関係していると私は思っている」

「それってどういうこと?」

「恐らくホウライ独自の魔法。それが蘇生や回復を阻害していると考えられている」

「独自の魔法って何? バルバトスが使っている魔法は普通の魔法じゃない」


 キョーコの問に答えられない。ホウライが大陸侵攻の際に使った魔法、それはキョーコが使っている肉体強化の魔法だと私は思っている。通常の肉体強化魔法というのは、肉体の外に対してかけられる。


 打撃などから守ったり、筋力を上げたりするのも、魔力で肉体を包み強化するものだ。一方でキョーコが使う魔法は肉体の中に作用する。筋肉繊維の1本1本、表皮などに直接魔力が注がれるため、より効率がよく効果も高い。


 ただ、非情に高度な魔法知識と、複雑な術式構成が求められるため、それはホウライ秘伝の魔法となっていた。


 そして強力な魔法には必ず副作用がある。肉体の内部に魔力を行き渡らせるため、肉体自体が変質し、結果として蘇生や回復を阻害する要因となってしまう、というのがわたしの見解だ。


 それらは遺伝的なものらしく、肉体強化魔法など使ったことがない私であっても、その特性は受け継がれているらしい。父が他界したのち、薬草を試してみたことがある。指をナイフで切り、そこに薬草をすり込んでみた。普通であれば瞬時に血が止まり、やがて傷口自体もふさがってしまう。だが、私の場合はそうはならなかった。


「そんな……じゃ、駄目だよ。バルバトスは残って。あたしひとりで行くから!」


 話を聞いたキョーコは泣きそうな顔でそう言った。しかし、そういうわけにはいかない。私自身の目で確かめる必要がある。


「けど、バルバトスが死んじゃったら……」

「大丈夫だ……って、おい。死ぬ前提かよ!」

「だって、ろくに剣も使えないじゃない」

「アルエルよりは使えるぞ」

「それは使えるうちに入らないから!」


 随分な言われようだぞ、アルエル。しかし、キョーコが私のことを思って言ってくれているのも分かる。誰かに心配されるというのは、決して悪い気がするものでもない。私は「我を……私を誰だと思っている。魔王バルバトスなるぞ。そんなに簡単に死んだりしない」とキョーコの頭にポンと手を置く。


 キョーコはコクンとうなずいた。よかった。納得してくれたんだな。そう思っていた私に、今朝彼女が手渡してきたのがこのフルアーマープレートメイルというわけだ。


「最低でも、これ着て」


 と言うキョーコの迫力に押され、渋々着ることとなったのだが……。止めておけばよかったな、とも思う。せめてアルエルの持っていた「勇者セット」アレにしておけばよかった。レプリカだし、軽そうだし、暑くなさそうだし。


「あ、そろそろ順番みたい。もうちょっとだよ、バルバトス」


 キョーコが指差す方を見ると、確かにもう少しでダンジョンの入り口みたいだ。助かった……とホッとしつつ、一応念を押しておく。


「言っておくが、魔法は使うなよ」

「分かってるって。しつこいな、バルバトスは」


 キョーコは手のひらをヒラヒラさせながら「はいはい」と言っている。これだけの人出だ。そうそう私たちの正体がバレることもあるまい。しかしもし、キョーコが魔法で暴れまわってしまえば、いくらなんで目立ってしまう。それだけは避けなければならない。


「あたしはスクロールを使って補助に徹する。バルバトスは、そのお得意の剣でなんとかする。そうでしょ?」


 少し「お得意」の辺りの言い方が気になるが、そうだ、その通り。キョーコには武器は持たせない。持ってしまえばうっかり強化魔法を使ってしまう恐れがあるからだ。私だって、いくら剣術が苦手と言っても、その辺の冒険者よりは心得があるので、何とかなるだろう。


 それにそもそも、私が蘇生できないということは、キョーコも同じだと言う可能性が高いのだ。キョーコが過去のことを話したがらないので、今ひとつ確信は持てないのだが、恐らく彼女もホウライにルーツを持つもの。


 それもあって、彼女を後衛にしたわけだが、まぁ最悪は正体がバレたとしても彼女の命さえ守れれば良いとは思っている。


「お次のお客様〜、どうぞ〜」


 係員の声が聞こえて、私とキョーコはダンジョンに踏み込む。私が認識しているダンジョンというものは、ジトッと湿気ていたり何とも言えない妖気が漂っていたりするものだ。だが『精霊たちの夢』はそうではなかった。


 一応地肌が剥き出しの、ダンジョンぽい構造にはなっているが、どこか人工物のような印象を受ける。それに足元もゴツゴツしているように見えるのに、やけに歩きやすい。地面を触ってみると、それは平らな面になっていた。


 なるほど。トリックアートというやつだな。立体的に見せているだけというわけか。壁にも触ってみる。こちらは岩石のようにデコボコしているが、妙に柔らかい。万が一ぶつかっても怪我をしないようにできているということか。


 こんなものがダンジョンと言えるのだろうか……。歩を進めながら、訝しげに思っていたときだった。


「バルバトス!」


 キョーコの声に我に返る。と同時に、足元で何かがカチリと鳴る音が聞こえた。ゴゴゴッという音と共に、天井が落ちてくる。


「走れっ!」


 私とキョーコは奥の通路へと滑り込む。同時に天井が地面に着地する音が聞こえた。絶対に間に合わないと思ってたのに、すんでのところで回避できた。なんか途中で天井の落ち方がおかしかったような気がするのだが……。


 鈍い音をさせながら、天井が再び元の場所へと登っていく。ふと見ると、天井のあちらこちらに、魔晶石が設置されていた。なるほど、あれで冒険者を感知して「ギリギリ間に合った!」というタイミングを測っているというわけか。


 その後のトラップ類も圧巻の数々だった。坂道を転がってくる幻影の巨石。ルート自体が回転し、いつまで経っても出られない回廊。地面に描かれた魔法陣が光り、スモークと共に登場した古代神……。


 私たちはそれらに目を丸くしたり顔を青くしたりしながら、ある場所へとたどり着いた。そこは今までのものとは違って、薄暗く不気味な雰囲気を感じさせる大きな空洞だった。背の高さほどの岩が立ち並び、枯れかけた草がカサカサと音を出しながらなびいていた。


「ば、バルバトス……」

「ん、どうした?」


 見ると岩の影に何かが浮かんでいるのが見えた。あぁ、あれはレイスだな。亡霊の一種だ。


 ここまで進んできて、私はこのダンジョンが「完全に危険を排除している」ものだと理解した。どんなことがあっても冒険者を傷つけない。そのように作られている。モンスターも一応我々に相対するが、こちらの技量を見ながら適当にやられてくれる。


 本当のレイスはそれなりに厄介な相手だ。なにせ実体がないのだから、剣で攻撃することができない。私たちの装備であれば脅威に感じてもおかしくない。だが、このダンジョンのやり方を知ってしまった以上、必要以上に恐れることもあるまいとも思っていた。


「さ、先へ行くぞ、キョーコ。そろそろ出口だと思うし」


 一歩前へ進もうとするが、何かが腕を掴んで離さない。フルアーマープレートメイルの見えにくい視界に苦労しながらそれを見ると、キョーコが私の腕にしがみついていた。


「……もしかして、怖いのか?」

「うるさいっ! 違うっ!」

「じゃ、行くぞ。腕を離せ」

「……ちょ、ちょっと待って……」


 キョーコはギュッと目を閉じ、両手で私の腕を掴んで離さない。なんだ、やっぱり怖いんじゃないか。ちょっとキョーコをからかってやろうかと思った、が……なんだか必死で私の腕にしがみついているのを見ていると、彼女の中の女の子らしさを感じてしまい、いつの間にかドキドキしている自分がいた。


 待て待て待て。お前の方こそ冷静になれ、バルバトス。

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