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きみとぼくのダンジョン再建記  作者: しろもじ
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「劣っているとでも」

 魔導スクリーンには、ダンジョン協会会長であるレンドリクスの姿が映し出されていた。一見、ちょっとスケベなただの年寄りに見えるが、彼の素性を知っている者にとっては印象は異なる。


 ダンジョン協会はダンジョンに対して圧倒的な力を持っている。ダンジョン協会のさじ加減ひとつで、ダンジョンの存亡が決まると言ってもいい。ダンジョンマスターと言えども、ダンジョン協会に楯突くことは死を意味するとまでは言わないまでも、社会的には抹殺される可能性を持っている。


 協会自体は自主独立を謳っているが、王国の直轄組織であることには間違いなく、それ故に協会がダンジョンに対して甘い顔を見せることはそれほど多くない。むろん、我々は対立しているわけではないが、かと言って彼らが我々を縛っている手綱を手放すことはない。


 その大元がこの会長レンドリクスなのだから、言葉には気をつけないといけない。


『ふむ『精霊たちの夢』の件か……』

「ええ、聞いた話では近い内にも開くとか」

『あー、あれはいつだったかの、リーン……ふむ、来週の頭のようだな』

「我々には知らされていなかったのですが――」

『ワシが知ったのも、ついこの前のことだからのぉ』

「ちょっと、あんた! とぼけたようなことばかり言わないでよ!!」


 ちょ、キョーコさん!? 私を突き飛ばしてキョーコがスクリーンの前に陣取る。


「国内のダンジョンを保護するのも、協会の使命じゃないの!? なんで――」

『ほほぉ? バルバトスよ、この娘は?』


 申し訳ございません。ほら、キョーコ謝って。ってか、ちょっとそこどけて。スクリーンに私が映ってないだろ。どーけーろー。はぁはぁ……。あくまでもどけない気が。まぁいい。隣に座るぞ。ちょっと詰めろ。椅子の3分の1ほどに、なんとか腰掛ける。


「えぇ、最近入ったばかりのヤツでして。どうも言葉使いがなっておらず、すみません。あとできつーく言っておきますから」

『おぉ、そう言えば冒険者たちが「凄い可愛い子がいた」とか言っておったの。お主のことか』


 会長の言葉に頬を染めて「あはは、いやぁ」と照れている。相変わらずチョロいな、こいつは。


『ま、その娘の言うことも、もっともだな』

「それでは……」

『だが協会としては、今回の件どうすることもできん』

「それはどうしてですか?」

『彼らがダンジョン協会の会則に、なんら違反をしておらんからだの』

「そんな、今更会則など」


 ダンジョン協会の会則。それはホウライ帝国の襲来まで遡る。


 大陸の東に位置する小国であったホウライ帝国が、突如として他国への侵略を始めたのが約100年前のこと。彼らは特殊な魔法を駆使し、2年ほどで大陸の大半を手中に収めた。その魔法の正体は今では未知のものとなっているが、ホウライに伝わる秘術を軍事転用したものだと伝えられている。


 このカールランド王国を含め多くの国々は、その圧倒的な軍事力に屈し配下となっていった。やがて大陸の全てはホウライのものとなるだろうと誰もが諦めていたが、その瓦解は想像していた以上に早く訪れた。


 「救世主が現れた」わけでも「叛乱が各地で起きた」わけではない。原因に関しては未だ謎の部分が多いとされるが、噂では彼らの魔術の特異性が、自らを滅ぼすきっかけになったらしい。


 結果的に3年足らずでホウライの侵攻は止まった。彼らは徐々に戦線を後退させていき、やがて元よりも遥かに大きな領土を失ったところで終戦となった。現在ではホウライ帝国はかつての栄光の影すらなく、国家としての(てい)をなしていないとも聞く。


 開放された国々は、すぐさま元の政治体制を復活させたり、新しい政府を打ち立てたりした。混乱した期間の後、奴隷制の廃止やより民主化した政府が設立される中、我が国のダンジョンは王国の管轄下に収まることを了承した。


 戦火の元で冒険どころではなくなっていたダンジョンを国が保護する代わりに、有事の際は戦力としてダンジョンを活用するというのが当時の流れのようだ。その中で、ダンジョン協会が設立されることとなり、協会の会則も生まれることとなった。


 と言っても、それは100年も前に制定されたものだ。長い期間で数々の会則が追加され、それらは膨大な量になっている。そしてそれらは主要なものを除き、形骸化しているものも多い。それは会則よりもダンジョン協会会長の力――すなわちヘンドリクスの力が大きかったからだ。


 だからダンジョンマスターである私でさえ、その全てには目を通したことはない。無論、主となるものについては理解しているが、多くの場合、困ったときには彼に聞けばよいからだ。


『会則には「他の国のダンジョンが国内に進出することを規制する」というものはないからの』

「でも、協会はこの国の協会でしょ? 他国のダンジョンが好き勝手しているのを黙って見てるって言うの?」


 キョーコの言葉に会長の眉がピクリと上がる。基本的に誰のどんな言葉に対しても、表情すら変えない彼にしては珍しい反応だ。だが、相変わらず少しとぼけたような表情は崩さず、困ったようにあごひげをいじり始めた。


『お嬢さん――いや、キョーコと言ったかの。まずお前さんは勘違いしているようだが』


 のほほんとした顔ながら、会長の眼光が鋭く光ったような気がした。


『協会はダンジョンを保護する機関ではない。ダンジョン同士の公正な競争は、むしろ奨励するところだの』

「でも、それじゃ――」

『それともお前さんは、自分のところのダンジョンがヤツらに比べて劣っているとでも言うのかの?』


 キョーコの性格をこの短時間で見抜いたとは思えない。が、実に的確な発言だ。このような煽りをされれば当然……。


「そんなわけないでしょ! あたしたちがあんな外資系のいけ好かないダンジョンに負けるわけがない!!」


 こうなるよなぁ……。


『ホッホッホ。威勢が良くてよいの』


 参ったな。我々がいくら頑張ったところで、資金力・技術力で彼らに勝てるはずがない。それに加えて唯一の利点であった立地の良さも押さえられてしまったわけで、私としてはその辺りの窮状を訴えて多少でも譲歩を引き出す予定であった。


 しかし、こういう話になってしまってはそれも難しいだろう。


『バルバトスよ。協会としては彼らが何者であっても、金を出しルールを守っている内は何も言えん。ま、そんなところかの。キョーコよ、王都に来るときは協会に遊びにおいで』


 言葉と同時にスクリーンの表示が消えた。


 ルール……か。


「ごめんね。あたしが余計なことを言ったから」

「気にするな。それに会長の言っていることは正しい」


 EoWが進出してくる前、国内だけでも20を超える地場ダンジョンが存在していた。それらは既得権益によって保護され、大した競争もなくぬくぬくとした日々を送っていた。それが外資系ダンジョンの進出と共に一変する。


 既存のダンジョンは口々に「外資系のダンジョンは資金力に物を言わせている」「我々にとって脅威だ」と叫ぶばかりで、何一つ努力をしてこなかった。結果として、現在の7つになるまでダンジョンは駆逐されていった。


 確かにそれらは外資系ダンジョンが進出して来なければ起こらなかった出来事だったのかもしれない。しかし、そのような態度で運営されていたものが、いつまでも民衆の指示を得られるはずもない。


 遅かれ早かれ、ダンジョンという施設自体がなくなることになっていただろう。だから、私は会長の言うように「公正な競争」には反対しない。だが、このままではいけないことも分かっている。


「どこ行くの?」


 部屋を出ていく私をキョーコが追ってきた。


「気になることがあってな」

「気になること?」

「あぁ、さっき会長が『ルール』と言ってただろ?」

「あー、うん。確か『金を出してルールを守っている内は何も言わない』とか言ってたよね」

「会長はああいう性格だから『言わない』と言ったら言わない。だが……」


 私は階段を降り、2階にある『叡智の魔(会議室兼資料室)』へ向かう。


「会長が言うことには、意味があることが多い」


 重いドアを開くと、何とも言えない香りがした。今では自室に本を置くようになったのであまりここを訪れることはなくなったが、私はこの部屋のこの空気が好きだった。やや古くなった紙の香りが、蓄積された知識を連想させるからだ。


「おや、バルバトス。ここに来るとは珍しいな」


 部屋の片隅から声がした。リッチのランドルフさんだ。彼は祖父の代の頃から、このダンジョンで暮らしている。モンスターには珍しく勉強熱心で無類の本好きだ。私も小さいころは、彼と一緒にここで貪るように本を読んだものだ。


「ちょっと調べ物がありまして」

「ほぉ。どんなことじゃ?」

「ダンジョン協会の会則。その資料ってここにありましたよね?」

「あぁ、あるとも。右奥の書架の一番奥にあるはず。それの何が知りたいのじゃ?」


 私は書架に向かいながら、先程の会長との会話を話した。ランドルフさんは黙って聞いていたが「なるほどな。それは確かにあのジジイの言いそうなことじゃな」と嬉しそうに笑う。彼らは人間とモンスターという間柄だが、気が合うのか合わないのか、昔はよく舌戦を繰り広げたりもしたそうだ。


 「ほれ、これじゃな」ランドルフさんが1冊の本を棚から抜き出して手渡してくれる。うっ、重い……。ちょっとした辞書ほどの厚さの書物をめくってみると、細かな文字でびっしりと文字が書き込まれている。


 どうしたものだろうか……。会則の中に何かヒントか抜け道のようなものがあると思っていたのだが、これでは埒が明きそうにない。やや絶望感に打ちひしがれていると、ランドフルさんがヒョイッと私の手から書物を取り上げた。


「そういうことなら、ワシに任せておけ」

「いや、しかし――」


 確信のないことでランドルフさんに迷惑を掛けられないと思ったが、彼は手で私の言葉を制すると読みかけの本にしおりを挟みテーブルの上に置く。


「ワシはな。もう歳じゃから、あまりダンジョンの役には立てん。それでも、何かできることならしたいとは思っておるんじゃよ」

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