「随分早いね」
「ま、まさか……アルエル。今まで私を謀ってきたというのか――」
アルエルはうつむいたまま顔を上げない。キュッと閉じていた口元が歪み笑みを浮かべたかと思うと、前髪に隠された瞳がキラリと光った。
「ふふふ。今ごろお気づきになられたのですか、バルバトスさま? そう、これまでの私は仮の姿。今このときのために作り上げてきた虚像なのですよ」
その言葉に思わずゴクリとツバを飲む。背筋に悪寒を感じながらも、額にはうっすらと汗が滲んできているのが分かった。再び問いかけようとする私を制し、彼女が言葉を重ねる。
「いいでしょう……。今こそ真の私の姿をお見せしましょう!」
アルエルがゆっくりと顔を上げ私を真っ直ぐに見つめる。彼女の瞳を見つめ返すと、蛇に睨まれた蛙のように動けなくなった。まずい……アルエルは本気だ。なんとか状況を覆す言葉を探すが、頭が混乱しているせいか見つからない。
アルエル……待ってくれ。君はそんな人じゃなかったはずだろう?
そんな私の気持ちなど意に介さないかのように、アルエルはふらりと立ち上がる。ゆっくりと片手を振りかざし、一瞬の静止の後一気に振り下ろす。叩きつけるような音が室内に響き渡った。
「や、やめろっ!!」
思わず目を閉じてしまう。深呼吸をし心を落ち着かせようと試みた。恐る恐る目を開けると、うっすらとアルエルのドヤ顔が視界に入ってきた。視線を少しずらすとテーブルの上に置かれた4枚のカードが目に入る。
「革命ですっ!!」
「ちょ、お前っ! ここで革命とかふざけるなよ!」
「お、やった。ナイス、アルエル」キョーコがグッと拳を握る。
「ボ、ボク、2トカAバッカダヨー!」ボンが涙目で訴えていた。
うろたえている私の目の前で、アルエルとキョーコがカードを積み上げていく。
「やったー、一番上がりですぅ!」
「ん? どうした、バルバトス? カード出さないの? 上がっちゃうよ?」
キョーコがイジワルそうな顔で煽ってくる。クッ、出さないんじゃない、出せないんだよ!
「はーい、終了でーす! 1位は私、2位はキョーコちゃんですね。ボン君が3位で……バルバトスさまが最下位ですね!」
「それじゃ、バルバトスとボン。よっろしくー」
ダンジョン前にはちょっとした広場がある。普段からキレイにはしているのだが、季節柄雑草が生い茂り始めていた。ついこの前刈ったばかりだというのに、植物の生命力には驚かされると言うか、呆れるくらいだ。
それを誰がやるのか? ということになり、最終的に私とキョーコ、それにアルエル、ボンの4人が選ばれた。4人でやればよかったのだが、なんと言ってもこの季節だ。誰もやりたくはない。
「4人もやる必要ない。2人もいれば大丈夫だろ?」という私の提案が受け入れられ「じゃ、勝負しようか」と指をポキポキ鳴らすキョーコをなんとか説得し、カードゲームで平和的に決めようということになったわけだ。
キャッキャとはしゃいでいる女子2人を後に、部屋を出て通路を進む。階段を降り、スタッフ用通路を抜けダンジョン入り口へ。今日は少し来ダン者が少ないものの、短い行列はできていた。ペコリペコリと会釈し「いらっしゃいませ~」と愛想を振りまきながら外へ向かった。
ダンジョンの外へ出るとギラリと照りつける太陽が待っていた。思わず「うっ」と掌をかざす。「ちゃちゃっと終わらせるか」と言うと、ボンが頷いて小さな鎌を手渡してきた。敷地の端に行き、黙々と草を刈る。
「ねぇ、見て。こんな暑い中、大変そうだよね」
背後から並んでいる冒険者たちの声が聞こえてきた。
「ここの魔王の指示なんだろうけど……」
「こんなに暑い時間にやらせなくてもいいのにね」
「まぁ相手は魔王だからな。その辺は容赦ないんだろ」
「酷いよねぇ」
クックック……まさかその魔王自らが草むしりしているとは思うまい? などということを考えてみたが、何とも気まずい。隣ではボンが微妙な顔で私を見ていた。やめろ、そんな目で私を見るな!
小一時間ほど草刈りをし、木陰で休憩していたときのことだった。何かが空を飛んでいるのが見えた。目を凝らすとそれはガーゴイル便。地面に降り立ったガーゴイルが「お届けものッス」と荷物を手渡してくる。伝票を確認すると、宛名には『フキヤ・アルエル様』とある。あいつ、また要らないものを買ったのか……。
ため息をつきながらサインをしていると、ガーゴイルが「そう言えば、新しいダンジョンがオープンするって聞いたんスけど」と、先程飛んできた方角を指差す。
「王都の方か……」
「そッスね。確かここと王都の中間地点くらいだったかな」
「『精霊たちの夢』か……」
「おっ、流石バルバトスさま。ご存知だったんッスね」
「しかし1ヶ月前には、まだ工事すらしてなかったはずだが」
「なんか、凄い人数の人が集められたみたいッスよ。あれ? それはご存じない?」
ヘルムートに会ってから、私はダンジョンの増築に忙しいという理由でここを離れていない。だが、それは表向きの理由で、実際には「関わるべきではない」と思っていたからだ。ただこれほど早く完成にこぎつけるとは思ってもみなかった。せいぜい半年先、1年先のことだろうとたかをくくっていた。
「それでいつオープンするんだ?」
「うーん……。ボクもあんまり詳しいことは知らないんスけど、近日中だとか」
礼を言ってガーゴイルが飛び去るのを待ってから、ボンに「中止するぞ」と言う。
「テイサツ、イクノ?」
「いや、まずは詳細を調べてからだな」
ダンジョンに戻り、自室へ向かう。途中で薬草を山のように抱えたキョーコとすれ違った。「あれ、もう終わったの?」じゃない。お前、何その薬草の束は。ちゃんとお店作ったでしょう?
問い正すと「だって直に売った方が儲かるから」とプイッとそっぽを向く。むぅ、またアレをやる気か。ちょっと来い、と無理やり連行する。
「どこ行くんだよ?」
「私の部屋だ」
「えっ……あたしを連れ込んで、何する気?」
「ちょっ、おまっ、ななな何言ってんの!? 何もするわけないだろ。なんでちょっと赤くなってんだよ」
「バルバトスの方が赤くなってるじゃん」と言うキョーコに事情を説明する。
「随分早いね」
「あぁ、どうやらこの前のことが相当効いているらしい。こちらが対策を打つ前に、突貫工事で開いてしまえ、というつもりだろう」
「既成事実化してしまうってことか」
「いくら力のある外資系ダンジョンと言えども、他国に進出する際には横槍が入る恐れがあるからな」
「で、どうするの?」
「協会に問い合わせる」
ダンジョン協会。
王国内にあるダンジョンを統括している組織だ。国内の7つの地場ダンジョン、それに外資系ダンジョンである『End of the World』が加入している。
スクリーン型の魔導器を操作しダンジョン協会へと繋ぐ。各地に張り巡らしてある魔導ネットを通じて、こうして遠隔地とも気軽にコミュニケーションが取れるようになったのはつい最近のことだが、つくづく便利な世の中になったものだと思う。
しばらく待つと、スクリーンに二十歳くらいの女性が眠そうな顔で現れた。
「久しぶりだな、リーン」
『ふわぁぁあ、お久しぶりです。バルバトスさま』
大きく口を開けてあくびをしているのは、ダンジョン協会の受付兼、事務員兼、住み込み警備員兼、協会長秘書のリーン。
「お前いつも眠たそうだな。暇なのか?」
『最近は皆さんが問題を起こしてないお陰で、あんまりやることがないんですよねぇ』
「いいことじゃないか」
『まぁそうなんですけど。で、今日はどうされたんですか、バルバトスさま?』
「ちょっと調べて欲しいことがあってな」
『あ、もしかして『精霊たちの夢』の件?』
話が早くて助かるな。リーンによると、彼のダンジョンのオープンは2日後とのことだ。カールランド王国では、国内のダンジョン全てにダンジョン協会への加入を義務付けているため、彼らも協会員になる。
彼らがダンジョン協会の会員になるのならば、打つ手はないだろうか? そもそも外資系ダンジョンが進出して来ているって言うのに、なぜ手を打っていないのだ。協会はその辺りをどう考えているのだろう。それを問い正す必要がある。
ふとスクリーンに目をやると、相変わらず眠そうなリーンの横で何かがモゾモゾと動いている。何だ? 布? いやローブのような……? それはリーンの腰辺りで動きを止めると、中からニョキッと人間の手が出てきた。
『キャァァァア!!』
「どうした、リーン。大丈夫か!?」
『なにこれっ? 何かが、私のおしりを触った! ……って、会長……?』
リーンがバサッと布を取ると、そこには四つん這いになったダンジョン協会会長――レンドリクスの姿があった。
『おぉ、ひしさぶりだな。バルバトスよ』
ニカッと笑うレンドリクスの顔面に、リーンの拳が突き刺さる。その勢いでモニターが落ち、ノックアウトされ床に転がる会長の姿が映し出された。
『秘書にしておくにはもったいないほど、良いパンチであるな』




