表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
きみとぼくのダンジョン再建記  作者: しろもじ
21/34

「そんなに危険なの?」

 我々が地下倉庫の床で発見した水たまりの正体は『オンセン』というものだった。


 我々の文化ではお風呂とは「湯に入り、身体を清めるもの」という認識である。対してオンセンとは「湯に浸かり、傷や疲れを癒やすもの」という効能があるらしい(バルバトス調べ)。そういう習慣はこの国にはないのだが、でもこれってダンジョンのお風呂としては、最適ではないだろうか……と思った。


 翌日、別の場所から真下に掘り進み、私たちはその源泉へとたどり着いた。吹き出てくる大量のお湯を見て、私とボン、そしてニコラは狂喜乱舞した。お湯はパイプを使って4階に作った大浴場へと引き上げた。お湯を引き上げたことで、地下室の温度も自然と下がったのは幸いだった。


 こうして地下1階、地上4階の『憩いの我がダンジョン亭』は完成を迎えた。


 完成から1週間ほどしたころ、アルエル特製のポスターのお陰で、サラ、エミリー、ジーナ、リーゼロッテという4人の従業員の確保にも成功した。ちなみに全員年頃の女の子で、主に酒場において人気を博している。


 ただ、一番の人気は……意外なことにボンだった。スケルトンという見た目にも関わらず、明るい性格が女性客を中心に受けているらしい。本人もまんざらではない模様で、時折頭蓋骨を外しては、同僚のロックと入れ替えるという隠し芸を披露している。


 当初はまばらだった来訪客も、王都での口コミが広まるにつれ増えていき、1ヶ月ほど経った今ではそれなりの繁盛と言えるまでになった。正直ダンジョンよりも賑わっているくらいだ。それでも『憩いの我がダンジョン亭』を訪れたのち「ちょっとダンジョンで一冒険していくか」という客もチラホラ出てきているので、相乗効果は発揮されているのだと思う。


 そのダンジョンで最も人気なのが「キャットウーマン」ことキョーコだ。


 待望のルート6を開通させ彼女を配置しているのだが、そこは通称「キョーコルート」と呼ばれていて、プレミア価格が付いているほどだ。キョーコを倒せば、その奥に座している私と対峙できるわけだが、そもそもキョーコを倒せる者がいないので誰も来ることがない。


 一部界隈では「どうやらキャットウーマンがラスボスらしい」という噂まで広がっているらしく、私の心はざわつくばかりだ。


 そしてそれに触発されたのがひとり。


 『最後の審判』にて暇をもて遊ばしている私の前で、アルエルが「えいっ、えいっ!」と剣を振るっていた。


「アルエル、腕が下がってきているぞ」

「はいっ、はいっ!」

「もっとテンポ良く。剣を振り下ろすときは、ズバッと」

「はひっ、はひっ……はひぃぃ……もうダメですぅ」


 剣を投げ出して、地面にへたり込むアルエル。前に比べれば随分マシになってきたとは言え、まだまだ持久力に問題がありそうだな。それでもアルエルは暫く休むと、また剣を持って立ち上がる。


「キョーコちゃんが頑張っているのだから、私も頑張ります!」


 元々アルエルは頑張り屋さんではあったが、その天性のドジっ子的才能で剣術などは一向に上達しなかった。人は上達している、向上していると思えないものに力を注ぎ込み続けることは難しい生き物だ。


 ずっと昔はダメっぽくても「いいぞ、その調子だ」とか「よくなってきているぞ」とおだてたりしていたものだが、徐々にそのレパートリーも尽きてきて、最近では本人もそれに気づき始めていた。


 それがキョーコに触発された格好とは言え、やる気になってくれたのだから、魔王的には嬉しい。ただ、剣術に関しては私も人のことは言えない部分があるので、できればもう少し技術のあるヤツに見てもらった方がいいのも確かだろう。


 ボンはすぐにフザケて遊びだすし、かと言って、ミノタウロスのサキドエルはあまりにスパルタ過ぎてアルエルが泣き出してしまう。剣士4人組のラスティンなんか丁度いいかな、と思っていたのだが、想像以上に女性耐性がないらしく、アルエルの前に立つと顔を真っ赤にして直立不動のまま動作を停止してしまう始末だ。


「おーい、そろそろ閉ダンの準備するぞ」


 キョーコが『最後の審判』に汗を拭きながら入ってきた。むぅ、もうそんな時間か。


「今日は忙しかったのか?」

「まぁまぁだね。二山ほどかな?」

「ふたやま?」

「冒険者の山」


 あぁ、キョーコがノックダウンした冒険者の数が二山ほどということか。っていうかさ、ちょっとくらいは手加減してやらないとかわいそうじゃない?


「でも、お陰で薬草は飛ぶように売れてるし『地獄の釜』も大繁盛みたいだよ」


 『地獄の釜』とは、例のオンセンの名称だ。みなまで言うな、分かっている。


 我ながらナイスネーミングセンスだと言わざるを得ないことを。


「ちょ、ちょっと行ってきますぅ」

「おい、アルエル。今日は私が閉ダンを手伝うからゆっくりしてろ」

「ダメです。それは私のお仕事なんですぅ」


 ヘロヘロになりながら部屋を出ていくアルエル。変なところで強情な子だ。


「なぁ、バルバトス」

「ん? なんだ、キョーコ」

「アルエルの特訓ってさ、なんで魔法はあんまり教えないの?」


 む、その話はしたくないのだが。


 しかしキョーコのダンジョンでの貢献を考えると、彼女にだけは言っておいても良いのかとも思う。朝早くから夜遅くまで、それこそ毎日休まず働いている。「少しは休んだらどうだ? 遊びに行ってきてもいいんだぞ」と言っても、頑として言うことを聞かない。


 その姿勢は、他のクルーたちにも確実に伝わっており、かつての緩い雰囲気が最近ではピリッと引き締まり、ダンジョン内での緊張感を生むようになってきていた。もちろん良い意味でだ。


 私はキョーコを展望台へと連れ出す。ここなら人も来ないし話しやすいと思ったからだ。


 真っ赤に染まった夕日が山の間に沈みかけて、空一面を赤く染めている。日中の暑さも和らぎ、優しく吹き抜ける風が気持ちいい。お手製のベンチに腰掛けると、私は話を始めた。


「エルフ族は基本的に魔力が強い傾向がある」

「それは知ってる」

「中でもダークエルフはその傾向が強い」

「それも知ってる」

「アルエルは……彼女の彼女の潜在的な魔力は、通常のダークエルフよりも強大なものなのだ」

「でも、魔法使えないって言ってたじゃないの」

「あぁ、それは彼女が『魔力のコントロールができない。また魔法の詠唱を覚えられない』と言うだけであって、魔力がないわけではない」

「強すぎるって……具体的にはどのくらい強力なの?」

「過去に遡っても、そのような個体は存在しなかった……そのくらいだ」


 キョーコはゴクリとツバを飲んだ。


「でも。あたしが見る限り、そこまで魔力を持っているようには見えないけど」


 あぁ、そうだな。私は説明を続けた。魔力は体内で生成される。そしてそれを一時的に体内に貯めておくこともできる。魔法使いと呼ばれる職業に就く者は、一般的にそのどちらかの能力が高い。


 つまり生成が速いか、貯蔵が多いか。もしくはそのバランスが良いか。とは言え、魔力の生成には時間がかかる。生成が速い者でも、戦闘中に魔力を補充しきれるほどではない。せいぜい「次の日には全回復している」程度だ。


 それは私であっても同様で、私の場合は貯蔵が特に優れている、というだけで、生成に関してはそこらの冒険者と大差ない。


 しかしアルエルの場合はちょっと違う。アルエルは貯蔵は極端に少ない。しかし生成スピードが尋常ではない速さなのだ。どれほど魔力を消費する魔法であっても、リアルタイムで生成が可能。つまり、その気になれば魔力の枯渇の心配なく、いくらでも魔法を使うことができるということだ。


 そして、そんな生き物は普通存在しない。


 人間であろうが、エルフであろうが、モンスターであろが、だ。ダークエルフの一族の長は、そのことを知ってアルエルを恐れた。そして「生かしておけば、いずれ一族に、いや世界に災いをなす」と彼女の命を奪おうとした。


 しかし、必死の抵抗をしたアルエルが、魔力を暴走させ、長の試みは失敗した。彼女を見失った彼は「いくらかのダメージは負っていたはず。きっと生き長らえることはできまい」と思っていたらしい。


 私と父が彼らの元を訪れた際、長はそれを教えてくれた上で「アルエルを引き渡せ」と要求した。それがもし、曽祖父、祖父の時代だったら、大人しく従うしかなかっただろう。しかし、父の代になったころ、ダンジョンの主、ダンジョンマスターの持つ社会的な地位は、それ相応に高くなっていた。


 父はダークエルフの長の要求をはねつけた。「彼女は、我がダンジョンの庇護下にある」と言ってくれた。後になって、父も後悔してはいたが、結果として、言ったことを守ってくれたことに、私は感謝した。


「アルエルの……その力は、そんなに危険なの?」

「使い方によっては……というところかな」

「使い方?」

「その気になれば、世界を何度でも滅亡に追い込める、ということだ」


 それを聞いたキョーコの表情が変わる。泣きそうな、それでいて怯えているような、そんな何とも言えない顔をしている。


「安心しろ」私はキョーコの頭にポンと手を乗せる。

「あのアルエルが、そんなことするわけないだろ?」

「うん……まぁ、そうだな」

「それに、さっきも言ったが、いくら魔力の生成がずば抜けていると言っても、あいつは魔法を使えない。頭、悪いからな。呪文覚えられないし」

「でも、あんたがあたしに使った、無詠唱魔法なら――」

「あれは、魔力のストックが必要となる魔法だ。アルエルには使えない」


 それを聞いて、ようやくキョーコも安心したようだった。そう、結局のところ、アルエルの潜在能力は高いものの、まるで使いものにはならないのだ。ダメっ子アルエル健在、というわけだ。


「あたしがアルエルにしてあげられることってないのかな?」

「お前はお前で十分頑張っているじゃないか。それだけで十分だ」


 少し残念そうな顔をしながらも、キョーコは「そうかも」と納得しているようだ。よかった。キョーコが「あたしがアルエルを特訓する」とか言い出したら、どうしようかと思っていたところだ。


 あんなのが二人もいたら、確実にダンジョンがなくなってしまうからな。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ