「怒ってる?」
「なぁ、バルバトス。まだ怒ってる?」
「別に」
「怒ってるじゃない」
「怒ってませーん。別に何とも思ってませーん」
「怒ってるんだな」
そう、私は怒っている。あのテーブルを作るのにどれほど苦労したと思っているんだ。折角「キョーコも成長したな。何でも拳で解決できると思っていた頃とは違うな」と思ったのに。感心した私の心とテーブルを返して欲しい。
「お詫びに、何でもひとつ言うこと聞くから」
そう言って両手を合わせるキョーコ。部下が魔王の言うことを聞くのは、普通のことだと思うのだが。まぁ、そうは言ってもいつまでも怒ってばかりはいられない。許してやるか、と思ってキョーコを見ていると、ハッと胸元を両手で隠して「え、エッチなのはダメだぞ」と赤くなっている。
「なっ、ばっ、バカか!? そんなことを我が要求するはずがないだろ!?」
少し必死になりながら否定すると、キョーコは「我?」とジトッとした目で私を見る。
「……何だ?」
「アルエルが言ってたんだけどさ……。バルバトスが自分のことを『我』って言うときって、嘘をついているときか虚勢を張っているときだって」
なんだと……? しかし自分の胸に手を当ててみると、確かに思い当たる節はある。なので、これは否定できない。
「やっぱり、私のことをそんな目で見てたんだ」
「いやいやいや、違うっ!」
「違うってことは、女の子扱いしてないってこと?」
「いやいや、それも違うからっ!」
「ほらやっぱり」
あー、もう! 面倒くさい!!
頭を抱えていると、キョーコの笑い声が聞こえてきた。
「ごめんごめん。ちょっと調子に乗りすぎた」
「むぅ。まぁ良いわ。何でも言うことを聞くというのなら、今後は物に当たらぬことだ。特に、私が作ったテーブルや椅子などにはな」
「はいはい。カシコマリマシタ、バルバトスサマ」
「なんでカタコトなんだよ……」
だがまぁしかし。キョーコの機嫌が良くなったのはいいことだろう。『精霊たちの夢』のヘルムートには私も思うところがあるが、ああいう連中と関わるのは時間と労力の無駄というものだ。我々は自分のできることをすればいいのだ。
翌日から再び建設を開始する。宿屋のネーミングは良い案が出なかったため、魔王直々に『憩いの我がダンジョン亭』と名付けた。これまでの『最後の晩餐』『叡智の魔』などとは違い、冒険者の皆さまの好感度を上げることのできる名前だと思う。
我ながら自分のネーミングセンスに目眩がしそうだ。発表したときなど、あまりの素晴らしさに皆、言葉を失っていたくらいだからな。
『憩いの我がダンジョン亭』の1階は売店兼受付となっている。2階には酒場、3階は宿泊施設だ。基礎工事は既に終わり、内装工事の最終仕上げを行う。
「もうちょっと左……そう、あと2ミリほど……そこ!」
位置をきっちり合わせたカウンターテーブルに釘を打ち付けていく。四隅を固定し、中央部分にも数箇所ほど。
「ヤット、カンセイダイネー」
「あぁ、お疲れだったな」
スケルトンのボンと固い握手を交わした。これで酒場は完成。既に1階は完成しているが、宿泊施設の方は簡単な内装工事しかできていない。とは言え、やはり全てを運営するのには人が足りてないんだよなぁ。
当面はクルー総出で手伝うことになっているが、いつまでもそういうわけにはいくまい。彼らの好意に甘えてばかりでは、ブラックダンジョンになってしまう。言葉の響きはちょっと格好いいけどな。
そういうわけで、アルエルお手製の求人ポスターを酒場の壁に張っていたときのことだった。背後で「これ以上入りません~」「でもなんとか詰め込んで」「立つ場所もなくなりますよ」という声が聞こえてきた。
「どうした、レイナ?」
「あ、バルバトスさま。それが調理道具や資材なんかをキッチンに入れていたんですけど……」
「もしかして入らないのか?」
「助けて下さい~」
見るとキッチンの奥でアルエルが箱に挟まって動けなくなっていた。そういや、王都から持ってきた荷物、凄く多かったもんな……。「もうちょっと道具とか減らした方がいいんじゃない?」とキョーコは言うが、うーむ……。
フライパンやお鍋などのセットは確かに外せないが、とは言えこの状態ではとても調理などできない。ここは涙をのんで厳選する必要があるか――。
「バルバトスさま、地下倉庫を増設してはどうでしょうか!」
剣士4人組のDIY大好き少年ニコラが、目を輝かせながら床を指さしている。問いかけているようで、問いかけてない口調に思わず動揺する。
掘るのか……掘っちゃうのか……。いや、私も建築好きだし、地下倉庫って響きは嫌いじゃないんだけどさ。面倒くさ――。
「実は図面も、書いちゃってるんですよ!」
「……ちょっと見せてみろ」
手渡された図面を広げてみる。
人というものは本当に不思議なものだ。何となくやる気が出ない、できれば後回しにしたいということでも、基本的に好きなことにはスイッチが存在している。他人に「やれ」と言われてもそのスイッチがオンになることはないが、具体的な面白さを提示されると簡単にスイッチが入ることがある。
図面に目を落とした私の中で「カチリ」と何かの音が聞こえた気がした。
「……やるか!」
「やりましょう!」
「さぁ、思い立ったが吉日だ。早速取り掛かるぞ」
「えっ、今からやるの? あたし手伝わないよ」
「大丈夫だ、キョーコ。私とニコラ、それにボンがいれば何とかなる!」
「エッ、ボクモ!?」
涙目になっているボンに魔導掘削機を取ってくるよう言う。
さぁ、忙しくなるぞ。
□ ◇ □
「ボク、オナカスイタナ……」
「頑張れ、ボン。ほら干し肉でも食って」
「カタイ……。アタタカイ、モノガ、タベタイナ……」
「ボンくん、もうちょっとで掘りきれますから頑張りましょう!」
魔導掘削機を手にしたニコラがボンを励ましている。
『憩いの我がダンジョン亭』の地下を掘り始めて数時間が経過していた。既に、他のクルーたちはダンジョンに戻ってしまっていて、私とニコラ、それにボンの3人は黙々と掘削作業に勤しんでいた。
あのときは何だか変なテンションになってしまい、思わず「すぐやろう!」と言ってしまったが、今現在ではそれを少し後悔している。ボンの言う通り、確かに腹は減ったし疲れてきた。強情張らずに「明日から頑張る」って言っていけばよかったかなぁ……。
「それにしても、何だか暑くないか……」
既に日は暮れているのにも関わらず、地下は火照るほど暑い。汗がひっきりになしに滴り落ちて、飲んだ分だけ出ていくような感じだ。
「マグマでも埋まっているんですかね?」
「怖いこと言うなよ。ってか、こんな浅い場所でマグマが湧き出るわけないだろ」
「デモ、ナンカ、ヘンナニオイ、シテル」
「確かにな。何だろうな、このツーンとした匂いは」
既に1階部分と同じくらいの広さに掘り広げた空間に、何とも言えない臭気が漂っていた。やっぱり変なもの掘り当てたんだろうか……? そんなことを考えていると、ニコラが地面を指さして言う。
「バルバトスさま、ほら見て下さい。汗が溜まって水たまりみたいになってますよ!」
「本当だな。ちょっと暑すぎるから、流石に中断した方が――」
って、ちょっと待て。いくらなんでも、そんなに溜まるほど、汗をかいてはいないぞ。
「じゃぁ、これは……?」
「おい、ボン。ちょっと舐めてみろ」
「エー!? イヤダヨ」
「じゃ、ニラコ」
「えっと……。ぼく、死んだおばあちゃんの遺言で『知らないものを口に入れてはいけない』って言われてるんで」
どいつもこいつも……。まぁ、言い始めたのは私だから、それ以上は責められない。地面に溜まった水に指を付けて、恐る恐る舐めてみる。ん……これはっ!?
……なんだろ? ちょっとしょっぱいけど。




