「あんたが、ここの魔王か?」
「新しい冒険者!? このダンジョンに、こんな短期間で!?」
アルエルの失礼な言葉に、少しだけムッとする。アルエルとの付き合いは長い。初めて出会ったのは約10年前のことだ。一族から放逐され、森をさまよい、ダンジョンの前で行き倒れていた彼女を保護した。
種族はダークエルフ。本来、知的で邪悪。この魔王の部下としては、これ以上ない逸材……のはずだった。しかし、実際のアルエルは私の命令を頻繁に間違えて部下に伝えるし、お茶を持って来いと命じれば、蹴躓いて私の顔面にぶちまける。それも2分の1の確率でだ!
致命的なのが「情に脆い」というところ。ダークエルフのくせに。
つい先日も、自慢の創作トラップを前に足止めをくっていた冒険者が「くそっ、病気の妻のために、薬代が必要なのに!」と泣く泣く引き返していると、その先にこっそりと宝箱を置いていた。
冒険者は「さっきまではなかったはず……」と戸惑いながらもそれを開き、中に入っていた大金に大喜びでダンジョンを去って行った。彼の背後でウンウンとうなずいていたアルエルを見て、私も思わず涙ぐんでしまったのは確かだ。しかし、その金が私の貯金箱から捻出されていた事実を知り、コツコツと貯め続けた2年間の努力が泡と消えたことに、愕然とする。
まぁ、それでも彼女は信頼に足る部下だと言える。概ね忠誠は尽くしてくれているし、先程のように率直な意見を言うこともある(ムッとはするが)。
それよりも今は新しい冒険者だ。
呪文を唱え新しいスクリーンを表示させる。セクション1――ダンジョンの入り口に人影が見えた。しかし、たったひとりしかいない。魔導器を操作して左右を確認するが、他に誰もいない。スクリーンを操作し映像を拡大してみる。はっきりとは見えないが、相当若そうな――10代前半と言ったところか――少女だった。
身につけているのは強固な鎧でもなければ、魔道士などのローブでもない。まるで「近所を散歩してたら、迷っちゃいました」という服装だ。いや、これは本当にそうなのかもしれない。いくら古ぼけたダンジョンと言えども、単独で、しかも少女ひとりで攻略などあり得ない。
少女は立ったまま、念入りに左右を見回している。そこであることに気がつき、思わず「あっ」と声を上げてしまう。セクション2に設置したスケルトンは、そのまま待機状態にしてあった。もし少女がそこへ足を踏み入れれば、スケルトンは「侵入者だ」と思い込み攻撃してしまうだろう。
それはマズイ。
『ダンジョンでの負傷は自己責任です』というのは、一種のお約束でダンジョン入り口にも明記してある。しかし、それは相手が冒険者の場合に限る。間違って入ってきた一般市民にはそれが当てはまらない。場合によっては、ダンジョン責任者(つまり私)の責任が問われることになりかねないし、ダンジョン自体の評判に傷が付く可能性だってある。
頼むから帰ってくれ……。スクリーンを見つめながらそう願う。一瞬、アルエルを送り込み追い払おうかとも思ったが、事態がより複雑になりそうな予感がして躊躇してしまう。
しかしそうも言っていられまい。私がアルエルに命じようとしたときのことだった。ふとスクリーンに映っている少女が妙な行動をしていることに気づく。彼女がいるセクション1は、広間になっている。各ルートへの扉が設置されているが、ルート5への扉は開いているはずだ。
少女はその扉に進むでもなく、かと言って引き返すでもなく、広間の正面にある壁をマジマジと見ていた。手で擦ったり、コンコンと叩いたりしながら、少しずつ位置をずらして何かを確認しているように見えた。おい、ちょっと待て。まさか――。
少女はある所で立ち止まると、コクンとうなずいて少し後ずさる。姿勢を低くし、力を込めるような体勢を取る。そして一気に壁へ突進していった。
「ちょっ……そこは……!」
少女は躊躇なく壁へキックを繰り出した。ダンジョン内に轟音が響き渡り、この部屋の天井からもパラパラと割れた破片が落ちてきた。別のスクリーンでは、スケルトンたちが「なにごとっ!?」とシャカシャカ慌てふためいている様子が映し出されていた。
私は思わず席を立つ。少女が破壊した所は……ダンジョンの秘密通路が隠されていた。いわゆる「従業員用通路」というやつだ。通路の扉は魔法で壁と同化していたので、冒険者が気づくことなどあり得ない……はず……なのに。
い、いや! 今はそれどころではない。スクリーンを操作し、通路の映像を表示させる。セクション1、セクション2、セクション3……いない! これはマズイ。なぜなら、その先には――。
その瞬間、この部屋――魔王用の部屋。『最後の審判』と命名している。お気に入りだ――の壁が、轟音を上げて吹っ飛んだ。アルエルの背後をかすめ、そのまま反対側の壁にぶつかり、再び轟音を上げる。
吹き飛んだ壁の向こうには、うっすらと通路の輪郭が見える。が、土煙が立ち込めており、はっきりと確認はできない。その煙の中に、人のシルエットが浮かび上がる。スカートの台形の形が、風に舞いフワフワと揺れている。一歩一歩こちらへ近づいて来ている。
突然のことに、私はただ立ち尽くしていた。まさか隠し扉を見つけるヤツがいて、それを蹴り飛ばしてしまうなど、想像できるはずもない。アルエルなどはガクガクと震えながら、頭を抱えてしゃがみ込んでしまっている。
見た目はただの少女なのに……とんでもないヤツが来てしまった。しかしここで魔王の威厳を失うわけにはいかない。ここで引けば、取り返しのつかないことになる。私が魔王として君臨できなくなるだけではない。下手をすればダンジョンごと失ってしまいかねない。
それは絶対にできない!
私は意を決して一歩踏み出す。既に土煙は収まりつつあり、少女の姿をはっきりと捉えることができるようになっていた。薄手のワンピースに、くるぶしを覆うほどのショートブーツ。長く艶かしく輝いている髪が、通路から入ってくる風でゆっくりと舞っていた。
見た目だけは本当に「街の少女」と言っていいほどだ。しかし彼女のやったことを思えば、それが間違いだと分かる。普通、街の少女は扉を蹴破ったりはしない。
「あんたが、ここの魔王か?」
少女は立ち止まり私に問いかける。答える代わりに、呪文の詠唱を始める。こういう場合、普通は「そう、我こそは『鮮血のダンジョン』マスター、バルバトス。よくここまで来たな、冒険者よ。しかしそれもここまでだ。我が力の前に屈するがよい」なんてことを言うものだろう。ちょっとフラグっぽいけど、そういう演出も必要なのだ。
しかし今回は違う。本能が「これはいけないヤツだ」と言っている。彼女の見た目に惑わされてはいけない。躊躇している場合ではない。やれれる前にやらなければ!
私が答えの代わりに呪文を詠唱していることに気づいた彼女は、不敵にニヤッと笑った。背すぎに悪寒が走る。早くっ、早く詠唱を完了しなければ!!
次の瞬間、彼女の姿がフッと消えた。「おや?」と思う間もなく、腹部に激痛が走る。そして彼女が目の前に現れた。息が止まる、呼吸ができぬ。見ると、彼女の膝が私のみぞおちにめり込んでいた。そのまま椅子と共に、背後の壁まで吹っ飛ばされる。
「バルバトスさまっ!!」
アルエルの叫び声が遠くで聞こえた。