「そんなふうに言われてしまうと」
王都を出てダンジョンとの中間地点辺りに来たころ。アルエルが「まだあの人いますかねぇ?」と訊いてきた。あぁ、そう言えば来るときに変なヤツがいたな。流石にもういないんじゃないか、と言いかけたとき、街道の先に馬車が止まっているのが目に入ってきた。
前回と違うのは1台だけでなく、4台ほどに増えていること。それに伴って、十人ほどの人たちが忙しそうに右往左往していた。
「やっぱり、お家を建てるんじゃないですか?」
「うーむ」
彼らの近くまで行き、馬車を止める。機材を持って距離を測ったり、それを指示したりする者の中、一人馬車にもたれかかり作業を悠然と眺めている男に目が止まった。最初にいた男もそうだったが、彼の方がより高級そうな服をまとっており、明らかに他の人間とは違う雰囲気を醸し出している。
馬車から降りると、彼は私たちに気づいた様子で振り向いた。私を見ると少し驚いたような顔をしたが、すぐに「これはこれは」と嬉しそうに笑った。
「近々、ご挨拶に伺わないといけないと思っていたのですが、まさかこんなに早くお会いできるとは思っていませんでした」
「伺う? 私にか?」
「えぇ。『鮮血のダンジョン』マスターのバルバトスさまには、ぜひともお会いしなければと思っていたのですよ」
男は少しうやうやしく一礼する。
「申し遅れました。私はダンジョン『精霊の夢』支配人、ヘルムート・ヴァンゲンハイムと申します」
『精霊たちの夢』。それは大陸中央に位置するマルセール公国を代表するダンジョンだ。外資系ダンジョンと言えば『End of the World』が有名だが、それとは違った意味で名を馳せているダンジョン。
「ほぉ、噂はかねがね伺っているぞ。『精霊たちの夢の進出してきた国のダンジョンは壊滅する』という噂をな」
「それは誤解でしょう。我々が既存のダンジョンに対して、具体的に何かしたわけではありませんから」
ヘルムートは私の言葉にも動揺せず、平然とした口調で答える。確かに彼の言っていることに嘘はない。彼らは他のダンジョンに直接的に手を出すことはない。ただ、地場のダンジョンの近隣に進出したり、圧倒的な資金力でそれを潰しにかかるだけだ。
その彼らがここにいる理由はひとつしかないだろう。
「次のターゲットは我々ということか」
「そんなターゲットなどと。それに私たちは、まだここに進出させてもらうと決まっているわけではありませんし」
「でも、するのだろう?」
「どうでしょうか? 立地的には問題ないと思うのですがねぇ。なんと言ってもあの『鮮血のダンジョン』のある土地柄ですから」
ヘルムートは薄ら笑いを浮かべながらそう言う。彼らの手口はよく聞いている。彼らがターゲットとするのは、地場の中でも最も人気があり、象徴的なダンジョンだ。そういうダンジョンを最初に攻略することによって話題を一気にかっさらい、その国の定番ダンジョンへと成り代わる。
万が一にも他のダンジョンが抵抗しようものなら、2つめのダンジョンをその近隣にオープンさせる。そして同じように徹底的に潰す。結果として地場のダンジョンは、ひっそり生き残るか、その圧倒的な力の前に閉鎖を余儀なくされることとなる。
他の国で、彼らはそうやって勢力を拡大してきた。
カールランド王国の中には、我々以外にも5つの地場ダンジョンが存在する。我が『鮮血のダンジョン』は、その中でも最古参のダンジョンであり、人気に陰りが出てきたとは言え王都近郊の定番ダンジョンとしての地位は確保しているはずだ。
つまり、彼らがこの国に進出してくるのならば、我々が最初のターゲットになるのは間違いないということだ。
「お前たちのようなダンジョンには、絶対に屈服などしないぞ」
「屈服などと、そんな物騒な言葉を使わないで下さい。我々はあくまでもダンジョンというエンターテイメントに関わる同志ではないですか」
『同志』という言葉に心がざわつく。表情には出してないつもりだったのだが、それを察したのかアルエルは「もう帰りましょうよぉ」と、ローブの袖を引っ張っている。いや、ちょっと待て。
確かにダンジョンがエンターテイメント化しているのは否定しない。だが、それはダンジョンを運営する者にとって、苦々しくも受け入れないとならないことであるはずだ。この男のように、平然と言ってのけられるものではない。
「お前に同志呼ばわりされる謂われはない」
「これはこれは……手厳しい。そんなふうに言われてしまうと――」
ヘルムートの顔が醜く歪む。相変わらず笑みを浮かべてはいるが、それは好意によるものではない。嘲笑、とも言うべき表情で彼は続ける。
「こちらとしても、ぜひとも潰したくなってくるじゃないですか」
彼の言葉に、思わず鳥肌が立つ。表向きは紳士的な態度を保ってはいるが、こいつの本性は……「悪」という言葉が似合うと感じた。常に自分が相手よりも上位に立っているという前提で、人と向き合っている。自分と並び立つ者などいないという感じだ。
言いたいことはたくさんあるが、これ以上彼と直接関わるべきではないと思う。踵を返し、馬車へ向かう。それを見たアルエルがホッとした表情で、目尻の涙を拭っていた。すまなかったな、心配させて。
それとは対象的にキョーコは怒りに満ちた表情になっていた。握っている拳がプルプルと震えている。が、王都でのこともあってか我慢しているようだ。エライぞ、キョーコ。何でも殴れば解決するというわけじゃないしな。
「オープン記念の花束などは結構ですよ」
去ろうとする我々に、ヘルムートはおどけたような仕草で言う。だが、これ以上挑発に乗ることもあるまい。キョーコの襟首を掴んで馬車に乗せ出発する。誰も口をきこうとしない。重い空気が馬車を支配していた。
こういうとき何か話さないとなぁ、と思うのだが、なかなかいい言葉が見つからない。「そうそう、先月出た新作トラップが凄そうなんだよ」とか「そう言えば建設中の施設の名前、決めないとな。なんか良いのある?」とか「この前ボンのヤツがさ『バルバトスサマ、タイヘン、タイヘン』って転がってきてな。似てるだろ? ボンのものまね」など、いろいろ話しかけてみたのだが、なかなか会話が続かない。
この魔王的会話術をもってしても、変えられない空気。原因はキョーコにある。元々は私が怒っていたはずなのに、すっかり彼女が怒っていることになってしまっている。今も荷台に座ってうつ向いたまま、顔を上げない。
流れ的には、私が怒って周りが慰めるって感じだと思うのだが、いつの間にか私が気を使っている展開に戸惑いを覚える。「ほら、ボンそっくりだろ? どう思う、キョーコ」と振ってみても「あぁ、ニテル、ニテル」と棒読みで返してくる。お前さぁ……。
ダンジョンに帰ってくる。木材の切り出しをしていたボンが「オカエリー」と駆け寄ってきた。似てると思うんだけどなぁ……。荷物をダンジョンに運び込み終えると、アルエルが「あっ、王都で買ってきたおやつ! 皆で食べましょう!」と提案した。そうだな、ちょっと気分が落ち込んでしまっていたし、美味しいものでも食べて気分転換しようか。
「それでは、私はお茶をお淹れしますね」
「わー、レイナさん。ありがとうございます」
「剣士4人組は、皆を『最後の晩餐』に呼んできてくれ」
「了解ですっ!」「りょりょりょ、了解……です」「早く食べたーい」「楽しみです!」
私はキョーコの肩に手を置き「さぁ行くぞ」と促す。それに黙ったままうなずく彼女。まだ機嫌は直っていないようだ。どうもキョーコは「こうと決めたらこう」というような実直さがある反面、一度思い込むとなかなか気分を変えるのが難しい面があるようだ。
どうにかしてパッと気分転換できればいいのだが……。おかしを食べたら忘れられる……っていうのは、ないだろうなぁ。アルエルじゃあるまいし。階段を登り『最後の晩餐』に行く。部屋に入るとキョーコがテーブルの前で立ち止まった。
ん、どうした? 座らないのか? と思っていると、突然「あーーーーーーーーー!!」と叫んで、そのまま両手をバン! とテーブルに叩きつける。同時にテーブルが真っ二つにバキッと割れた。
「あーーーーーーーーーーーーー!!」
DIYで、DIYで一生懸命作ったテーブルがーーーーーーー!!
呆然としている私に、キョーコが「あー、すっきりした」と言葉以上にスッキリした顔で言う。
いや、ちょっと?




