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きみとぼくのダンジョン再建記  作者: しろもじ
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「私はよかったんですけど」

「緊張しますねぇ~」


 アルエルを先頭にお店に入る。すぐさま身なりの良さそうな女性が駆け寄ってきた。要件を伝えると、女性は「すぐに査定させて頂きます」と営業スマイルで答える。ソファーで待っていると、ものの十分ほどでひとりの男が近づいてきた。随分恰幅の良い身体に、いかにも高級そうな服をまとっている。


「お待たせ致しました。ご指示頂いた商品を査定させて頂いたのですが……申し上げにくいことに少し難しいようです」

「買い取れないと言うのか?」

「えぇ、申し訳ございません……ところで、失礼ですが資金が必要になられているのでしょうか?」

「まぁ、そうだな」


 私は自分がダンジョンマスターであることを話し、事情を説明した。すると男は一層にこやかな表情になり「それでしたら、対案がございます」と言う。


「対案?」

「はい。ダンジョンを担保にご融資という形をご提案させて頂きたいのですが」

「たんぽ?」

「ご融資の見返りとして、一時的に押さえさせて頂く物件や物品のことですね」


 あぁ、なるほどな。返済が滞った際には、それが差し押さえられるということか。って、いやいやそれは駄目だろう。ダンジョンは先代から受け継いだものなのだ。ホイホイ差し出すことなどできるわけがない。


「由緒正しいローブを担保に……というわけにはいかないよな?」


 男はクスリともせず「難しいですね」と笑顔だけは崩さず答える。キョーコたちの冷たい視線が痛い……。もちろん、冗談のつもりだったんだよ! 滑るとは思ってなかったの! と抗議したいところをグッと我慢する。これ以上傷口を広げる必要はあるまい。


「そちらのダークエルフのお嬢様、というご提案もできますが」


 男は手のひらでアルエルを指し示す。一瞬意味が分からず戸惑った。


「特にダークエルフの市場価値は近年上がっておりまして。一昔前だと、エルフの方が人気は高かったのですが、最近のトレンドはダークエルフになっております」


 そこまで聞いてようやく理解する。


 カールランド王国に限らず、主要国家では奴隷制度を認めてはいない。しかしそれはあくまでも表面上のことであり、形を変えた形で現在も同じようなことが行われている。


 かつての奴隷商人たちは「斡旋商人」という名称に変わって存在しており、金の代わりに身柄を押さえられた人たちが、極めて低賃金で過酷な労働を課せられている。むろん、全ての人がそういう扱いをされているわけではない。


 自分で商売を始めたり、冒険者として気ままな生活を送る者の方が多い。ただ、何らかの事情で多大な負債を抱えたり、この男が提案しているように人を担保に金を借り、それを返せなくなった場合には「人が売られる」ということになる。


 一度そうなってしまうと、そこから抜け出すのは難しい。それはダンジョンなど比にならないほど残酷なものだ。なぜかと言うと、それを行っている人たちに罪悪感などないからだ。彼らに言わせれば「同意の元でのこと」であり、一体何が悪いのかということになるのだそうだ。そのことは、この男の口調からもよく分かる。


 男が提案しているのは、アルエルをそういう境遇に落とすと言うことだ。私は席を立つ。


「帰るぞ」

「お客様? どうなさいましたか?」


 男は不思議そうな顔で引き留めようとする。その胸ぐらを掴み、耳元でささやく。


「もう一度、うちの家族を質に入れろなどと言ってみろ。ダンジョンマスターというのがどういう人種なのか、骨の髄まで教えてやる」


 へたりこんでいる男を後に店を出た。皆、重く黙り込んでしまっていた。アルエルはやや困った顔で「皆さんのお役に立てるのならば、私はよかったんですけど」などと言う。


 冗談じゃない。頼むからそんなことを言わないでくれ。いつも言っているだろう? 我々は皆家族。家族を質に出すようなヤツはいないだろうし、少なくとも私はそんなことは絶対にしない。


「なんか、悪かったね」

「マルタのせいじゃないさ。悪いのはこんな制度を認めている奴らだからな」

「あたし、やっぱりちょっとぶっ飛ばしてくる」


 腕まくりをして店に引き返すキョーコを止める。いくら腹が立ってるからって、それはダメ。負債ができちゃうよ。必死にすがりつく私を見て「分かったよ。分かったから離して」とキョーコは呆れた口調で言う。


「傍から見たら、何だか私がバルバトスを振ってるみたいじゃない?」

「へっ!? いや、私はそういうつもりじゃ……」

「バルバトス、男は諦めが肝心だよ」

「マルタまで! ちょ、違うからっ!!」


 少し納得がいかないが、少しだけ和んだ雰囲気にホッとする。と同時に腹が減ってきた。


「ご飯にしましょう!」

「広場があるから、あそこで食べるか」


 アルエルがお弁当を広げた。いただきます、をしてから一口頬張ってみる。


「お、アルエル。これ美味しいな!」

「よかったです! ……って言っても、レイナさんとマルタさんに手伝ってもらったんですけどね」

「でも、アルエルさんは頑張って作ってましたよ」

「うむ、お前も腕を上げたな。昔は結構――」


 そこで隅っこに広げられているお弁当箱に目が行く。焦げた卵焼き。形の特徴的なおにぎり。たこさん、と言うよりは『ワレワレハ・ウチュウジンダ』という感じのウィンナー。そうそう、前はこんな感じだったよな。


「こっちは少し失敗したか。まぁ、いつも上手くいくとは限らない。失敗を重ねながら人は成長していくも――」

「それ、あたしが作ったやつ」


 隣に座っていたキョーコが顔を赤くしていた。「初めて作ったんだよ。美味しくないだろうから、別に食べなくてもいいよ。他にもたくさんあるし」おどけた口調でそう言うが、笑顔が少し引きつっていた。


 エイリアン型ウィンナーをひょいっと手で摘み、口に放り込む。モグモグモグ……。


「あ、おい。無理して食べなくても」

「うむ、見てくれは少しアレだが、味は悪くないぞ」

「そ、そう?」

「あぁ、初めてにしては上出来だ。アルエルが初めて作った料理は、本当に凄かったんだぞ」

「バルバトスさまぁ! それは内緒ですぅ!!」

「どう凄かったの?」

「キョーコちゃん!?」

「うむ、料理云々以前にだな……『最後の晩餐』が吹っ飛んだ」

「吹っ飛んだ!?」

「あぁ、ボンッと大きな音がして煙が立ち込めて、髪の毛がチリチリになったアルエルが……」


 当時のことを思い出して思わず吹き出してしまう。顔を真っ赤にして「内緒だって言ったのにぃ」と抗議しているアルエルには悪いが、お陰でキョーコもすっかり元気が戻ってきたようだ。


 普段、ダンジョンで暴れまわっている姿が印象的だったので忘れてしまいがちだが、キョーコも女の子らしいところがあるのだな。料理が女性の仕事だとは言わないが、それでも料理が下手と言われるのはあまり気持ちの良いものではないだろう。


「ふぅ~、もうお腹いっぱいですぅ」

「私も食べすぎてしまったな。あのおこげの卵焼きのせいだな、きっと」

「ちょっと! もういいってば!!」


 馬車に乗り込み出発。レイナとマルタが、少しだけ寂しそうに宿屋の方角を見ていた。彼女たちにとって、思い出が詰まった大切な場所だったのだろう。無理もないことだ。これから始まるダンジョンでの生活が、それ以上に楽しいものになればよいのだが。

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