表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
きみとぼくのダンジョン再建記  作者: しろもじ
16/34

「それじゃぁ、少しだけ」

 薄暗い部屋に充満した土煙が、吐く息を受けて舞っている。私は部屋の中央に置かれたベンチに腰掛け、じっと宙を睨んでいた。


「ふぃぃぃ、疲れたぁ。おーい、皆ちょっと休憩するぞ」


 ダンジョン拡張工事初日。納屋の奥で壊れたまま放置されていた魔導掘削機を修理した私は、早速ダンジョン脇の山肌の掘削に取り掛かっていた。ちなみに魔導掘削機は、スケルトンのボンが遊んでて壊したらしい。剣士4人組のDIY大好き少年ニコラに分解されそうになっていたのを、私が発見し修理したというわけだ。


 ボンはバツとして、ミノタウロスのサキドエルたちと、木材の切り出しの刑に処しておいた。サキドエルなど肉体派のクルーたちにしてみればお手の物の作業だろうが、骨だけのボンは大変だろうな。


 当初は「薬草や装備品を売る小さな売店」を作る予定だったのだが、いざ設計図を引いているとドンドン規模は拡大していき、結局「1階に売店、2階には酒場。3階に宿屋」という計画になった。


 むろん、山を掘削しただけでは施設としては成り立たないので、木材で補強用の柱を作り、その間に木の板を貼って内装とすることにした。炭鉱っぽくならないように、窓も設置するのが魔王的にポイントの高いところだ。


「初日なのに結構進んだね」


 キョーコが額の汗を拭っていた。


「うむ、やはり魔導掘削機は偉大だな。道具は人類の英知の結晶とも言える」

「あたしの部屋を作るときは、泣きそうになってたもんね」

「むっ、そんなことはないぞ。我にかかれば、あれしきのこと何でもない」


 そう言うとキョーコはおかしそうに笑っていた。一体、何がおかしいというのか……。


「それはそうと、今日はいつものローブ着てないんだね」

「汚れてしまうからな。あれは最後の1着になってしまったし。誰かさんのせいで」

「あぁ、これのこと?」


 キョーコが汗を拭っているタオルを差し出す。濃い紫色のそれは、まごうことなき『由緒正しい魔王のローブ』……だったものだ。タオルケットに続き、こんなハンドタオルにまでされてしまっているとは……。


 由緒正しい魔王のタオルを見つめていると、アルエルが「そう言えば、バルバトスさま」と首をかしげた。


「ここって、誰がやるんですか?」

「ん? ここ?」

「ええ、お店や酒場に宿屋さんまで作るとおっしゃっていましたが、それを誰がやるのかなぁって」

「それはもちろん……」


 考えてなかった。建築に夢中になってて、それは盲点だった。アルエルの顔を見る。いや、この子は無理だろうな。凄くやりたそうな顔をしているが、すまない。ドジっ子にはお任せできないのだ。


 続けてキョーコを見る……が、これはもう論外だろう。目で「別にやってやってもいいけど」と言っているが、暴力が支配する場にするつもりはない。こちらも却下。


 薄月さんなら……と視線を合わせると、ニコッと笑う。あぁ……あれは「拒否」の目だ。雪女の冷たい視線で、思わず身が凍りかける。


 ボンや剣士4人組が手を挙げていたが、うーん……。できれば、こういう施設って女性の方が良いんじゃないかな? スケルトンがマスターの酒場って面白そうだけど。


「あの~」


 頭を抱えて考え込んでいると、部屋の外から声が聞こえた。冒険者か?


「あぁ、すまない。今日は臨時休業でダンジョンは休みなんです」

「いえ、そうではなくてですね」

「今取り込んでいるで、また明日来て下さい」

「いえいえ、ですから、そうではなくてですね」


 顔を上げると入り口に二人の人影があった。真っ暗な室内からは逆光でよく見えないが、ひとりは十代後半くらいの女性のようだ。色白の透き通るような肌に、青い瞳が美しい。その隣には、しわくちゃの少し背の小さい――ゾンビか!?


「お嬢さん、こちらへ!」


 女性の手を取り背後に匿う。


「え? えぇ!?」

「ゾンビに襲われたんですね、大丈夫ですよ。すぐに私が追っ払いますから」

「いえ、あの――」

「さぁ、こいゾンビめ。このバルバトスが塵に返してくれ――」

「誰が、ゾンビだって?」


 ゾンビの持っていた杖が頭にヒットする。くっ、ゾンビのくせに道具を使うとは……って、あれ?


 ようやく目が慣れてきて、それがゾンビではないことに気づく。なんだ、ただの老婆か……。


「おばあちゃん、いきなり叩いちゃダメでしょ」

「ふん、人をゾンビ呼ばわりするヤツなど、叩かれて当然だよ」

「すみません、おばあちゃんが失礼しちゃいました。あの、私たち王都に出てた求人のポスターを見て来たんですけど」


 女性が言うには、彼女の名はレイナ・ストロエフ。老婆の方はマルタ・ストロエフ。先程レイナが言っていたように、二人は血の繋がった家族ということだった。とてもそうは見えないと思い、二人を交互に見ているとマルタにジロッと睨まれる。


「何だい? 言いたいことがあるのなら、言ってごらん」

「……いえ、何でもないです」

「もう、おばあちゃん。これから私たちがお世話になる方かもしれないんだから、そんな言い方ないでしょう?」

「あぁ、そうだったな」


 このタイミングでこの二人が来てくれたのは、本当に幸運としか言いようがない。元々ダンジョンの調理師で募集していたので、二人に現状を説明する。


「と言うわけで、ダンジョンの方ではなく、こちらの一切をお任せしたいと思っているのだがどうだろうか? もちろん、我々も手が空いているときは手伝うが」

「いえ。逆にちょうど良かったかもしれません。ね、おばあちゃん」


 話を聞くと、二人はここ、カールランド王国の王都で宿屋を経営していたらしい。しかし、施設の老朽化や、近隣に新しく宿屋が乱立した結果、やっていくのが難しくなっているときにポスターを見たということだった。


「お食事を作って提供したり、宿屋の運営は慣れていますから」


 うむ。実に素晴らしい。完璧じゃないか。問題はお給料なのだが。


「売上の20%で手を打とうじゃないか」

「なっ、マルタ。それはいくらなんでも」

「お、おばあちゃん!? あまりバルバトスさまを困らせるようなことを言っちゃダメですよ。私たちここを断られたら、行く所ないんだし」

「レイナ、余計なことを言うんじゃないよ。こういうときは弱気なところを見せちゃダメなんだよ」

「誠実にお話しないといけないって、いつもおばあちゃんも言っているじゃないの」


 レイナの言葉にマルタも「レイナの好きなようにおし」と折れてくれた。


「お給料は別にいいんです。寝るところとご飯さえあれば、住み込みで働きますから」


 なんだか、最近無給で働かせている件が多くなっている気がするな……。ブラックダンジョンと呼ばれる日も近いのかもしれぬ。ブラックダンジョンって響きはカッコ良いのだが、いつまでも彼らの好意に甘えているわけにもいかないだろう。儲かるようになったら、ちゃんとお給料を払えるようにしてやらないとな。


 荷物は明日取りに行くとして、ひとまず今日はダンジョンに泊まっていってもらうことにする。キョーコの部屋を作ったときに、予備の部屋も4つほど作っておいてよかった。寝具なども「ガーゴイルお急ぎ便」で注文したところ、今日中には届くそうだ。凄いな、彼らは働きすぎだと思うのだが、便利なのは良いこととも言える。


「それでは、今日の晩ごはんからお料理させて頂きますね」


 宿屋が開くまでは調理の方もやってくれるとレイナが言う。客人には私が料理を振る舞いたかったのだが……まぁ、レイナもマルタもここで働くからにはお客というわけでもないし。


 夕飯の時間になると、レイナが呼びに来たので『最後の晩餐』へと向かう。アルエルはスキップしながら「どんなお料理が出てくるんですかね?」とウキウキしている。私も少し楽しみだったのだが、もしかしたら予想に反して「凄く料理が下手」という展開もあるのか、と思ったりした。


 しかし『最後の晩餐』に入った我々からは、思わずどよめきが上がった。テーブルには色とりどりの料理が並んでいた。そしてそのどれもが美味しそうに見える。


「いただきまーす!」


 アルエルがスープを一口飲む。


「お……美味しいですっ!!」

「おぉ、これは美味いな!」

「ホッペガ、オチチャウー」


 料理には自身があったのだが、これには敵わないと思った。いやはや、本当にレイナとマルタに来てもらって良かった。これなら酒場も繁盛間違いなしだろう。


「お口に合いましたか?」

「もちろんだとも。こんなに美味しい料理は久しぶりだ」

「それはよかったです」

「そうだ、折角二人が来てくれたんだ。今日はお酒を振る舞うとしよう」


 戸棚からとっておきのお酒を取り出す。ビネル酒、20年ものだ。父が買ってたもので、しばらく寝かせておいたのだが、こんな日だ。飲んでも構うまい。


「折角ですが、お酒はちょっと……」

「どうした? 飲めないのか?」

「いえ、そうではないのですが……おばあちゃんに怒られちゃいますし」

「マルタに? あぁ、マルタならさっきお手洗いに行ったから、今のうちだぞ」

「……あぁ~、でも……」

「まぁ、一杯だけ」


 部下にお酒を勧める上司は嫌われる、と本には書いてあった。しかし、私はレイナ(とマルタ)が来てくれたことが嬉しかった。どうしても歓迎の意を伝えたかった。


「それじゃぁ、少しだけ」


 そう言ってレイナはグラスに口をつけた。あっという間にそれを飲み干してしまう。なんだ、いける口なんじゃないか。さぁもう一杯。グラスに注ぐ。すぐになくなる。注ぐ、なくなる……。


「あっ、バルバトス。お前、レイナにお酒を飲ませたのかい?」


 帰ってきたマルタが、驚いた顔をする。私が無理に勧めたんだ。まぁいいじゃないか、こんな日くらい。それに結構飲めるみたいだし。


「あたしゃ、知らないよ」


 マルタが呆れた様子でテーブルにつく。ん、どういうことだ? マルタの言葉が飲み込めずにいると、突然後頭部に激痛が走る。誰かに頭を握られている……ってか、痛いっ、痛いって止めろ、キョーコ!!


「ん、あたしがどうした?」


 対面に座っているキョーコが不思議そうな顔をする。え、ってことは……。


「バルバトスさまぁ……」


 掴まれた頭が強引に回される。視界に、顔を赤くしたレイナの姿が飛び込んできた。


「私ばかりに飲ませてズルいですよぉ。はい、バルバトスさまも飲んでくださいねぇ」


 グラスになみなみとビネル酒が注がれる。あ、いや、私はそんなには飲め――。


「私の注いだお酒が飲めないんですかぁ」


 うっ、酒臭い。完全に目が座っているレイナ。断ったら、どうなるのだろう……。意を決して、グイッと飲み干す。


「わー、良い飲みっぷりですねぇ! ささ、もう一杯」


 注がれるお酒。断りたい。もう勘弁してくださいと言いたい。でも、クルーたちの目が「さすがバルバトスさまだ」と言っている。目を閉じて、グラスを傾ける。半ば死にそうになりながら、何とか飲み干す。


 そこで記憶を失った。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ