「強くなりたくないの?」
「よっしゃ。じゃ、やるか」
完全に通路から出てきたキョーコが屈伸運動をしている。
「あ、あのっ!」冒険者のひとりが声を上げた。
「はい? 何でしょう?」
「僕ら……その……もうそろそろ」
「んー? よく聞こえませーん」
「いや……あの……そうっ! 薬草! それ下さい」
「えー。でも、さっき持ってるって」
「いえいえいえ。勘違いでした。すみません。薬草、売って下さい!」
「しょうがないですねぇ。キョーコさん、もういいそうですよ」
チッと舌打ちしながらも、キョーコが通路へと下がる。冒険者がホッとしていた。私もホッとした。
「じゃ、薬草4つで4000ゴールドになります」
「はっ?」
「4000ゴールド」
いや、それボッタクリじゃないの! 薬草ってさ、高い所で買ってもせいぜい20ゴールド程度だよ? 量販店なら10ゴールドくらいで買えちゃうよ? ひとつ1000ゴールドって。ボッタクリどころじゃないよ?
冒険者たちもそう思ったらしく、口々に「高すぎる」「酷い」と声を上げていた。そりゃそうだよ。ところが薄月さんは「ここはダンジョンですからね。ダンジョン価格っていうのがあるんですよ」と、ちょっと困った顔をしながらもそう言った。あぁ、これキョーコが言わせているんだな、とそこで察した。
「いや、そんな金額は払えません! 冗談じゃない」
「あぁ、そうですか……。キョーコさーん」再び通路からキョーコがひょこっと顔を出す。
「あっ、ちょ、ちょっと待って!」
「はい?」
「あー……買います! 買えばいいんでしょう!」
冒険者たちがブツブツと文句を言いながらも財布を取り出している辺りで、ようやく私も我に返る。駄目っ! こんなの駄目だってば! ダンジョンの評判が落ちちゃう! ボッタクリダンジョンって噂が広まっちゃうよ?
大慌てでキョーコたちの元へと走っていった。
□ ◇ □
あぁ、どうもすみませんね。うちのものが変なこと言っちゃって。ほら、キョーコ。頭下げる。
えっ? 嫌だ? 何言ってんの。どう考えてもお前が悪いに決まってるだろ。悪いことをしたときは謝る。これ人として常識だよ。ほら……頭……おい、抵抗するな! そうそう。「ドーモ、スミマセンデシタネ」ってねぇ……。
うちの者もこうやって悪いって言ってるんで、許してもらっていいですかね? え、私? いえいえ、魔王じゃないですよ? あー……管理人、そう管理人です。ただのしがない雇われ管理人。そうなんですよ~。
ほら、薄月さん。お金返金しましょうね。え、キョーコに渡した? じゃ、キョーコ出して。あ、こら。プイってそっぽ向かない。どこにしまったの? ポケット? スカートの? いや、無理だよ。自分で出して。あー、そういう態度取るの。
あー、すみません。ちょっと待ってて下さいね。えっ、薬草? あぁ、使ってもらっていいですよ。こう言っちゃ何ですけどね。うちの薬草はいいヤツ使っていますからね。ええ、もちろん、安心の国産です。でしょ? 回復早いでしょ? ねー。粗悪品とはその辺が違うんですよね。
ほら、キョーコ。こっち来い。ポケットに手突っ込むぞ。ちょっ、暴れるな! って、ええっ!? セクハラ? だって、お前が「自分で取って」って言ったんじゃない? じっとしてろよ……。って、動くな。変なとこ触っちゃったじゃない。
お待たせしましたね。ええっと、薄月さん普段いくらで売ってましたっけ? あぁ30ゴールドでしたっけ? ということは、ひとりあたり970ゴールドの返金ですね。えっ、それでも高いって。うーん、ダンジョン内ですからねぇ。ダンジョン価格? そうです。あぁ、ありがとうございます。
あっ、アルエル。お前は来るんじゃない。ややこしくなるから。え、お茶を出す? あぁ、うん。ありがとう。お前にしては気が利くじゃないか。お茶菓子もあるの? って、自分で食べるんかい! 駄目でしょ、冒険者の皆さんにお配りして。
はい? 丸め込まれている気がするって? いえいえ、そんなことはないですよ? うちは「皆様から愛されるダンジョン」ですからね。お客様第一です。ええ、そうですとも。決してうやむやしにして、なんとかこの場をなかったことにしようなんて思ってないですってば。
薄月さん!? お茶、熱いんだから飲んじゃ駄目でしょ!? ちょっと溶けかかってますよ! ちょっと救護班! 急いで来て! 氷、氷大量に持って来て!! あぁ……ドロっとしてきてる……。え、お茶飲んでみたかったって? 冷たいお茶にしましょうね。後で淹れて差し上げますから。
うん? イシャリョー? あぁ、慰謝料ね。薬草で直ったとは言え、ボコボコにされたのは納得いかない? お客様は神様だって? あのねー。神様はそんな横柄な態度、取らないと思いますよ? は? 精神的苦痛ですって?
何言ってんの、あんたたち。ここ、どこだか分かってんの? そうダンジョンだよ。ダンジョンって言うのはね、危険がつきものなの。時には痛い目にあうこともあるけれど、それは自分のレベルが足りなかったから。そういうものじゃないの?
EoWに行ったことがある? えぇ……。あそこでは簡単に勝たせてくれたって? あのね、うちはそういうことやらないんで。だって、それって仕込みでしょ? ダンジョンって言うのは冒険の場所。「生と死が交錯する場所」でしょ。
えっ? 古い? もっと気持ちよくさせてくれないと駄目だと。あぁ、もちろんダンジョンはそういう部分もあるよ。でも、ワザとやられてやるっていうのはどうかなぁ。だって、自分だって気持ち悪いでしょ、そういうの。
だいたいね。あなたたち、よく見るとそこそこの歳に見えるけど、剣の練習とかしてないの? 確かにキョーコは強すぎだし、負けるのは仕方がないけど、あまりにも一方的すぎたよ。え、やっぱりしてない? どうでもいいって?
強くなりたくないの? あぁ、そういうのはいい、と。要は気持ちよくさせてくれればいい。簡単に勝ちたい。自分の強さを感じられればそれでいい、と。いやいや、違うでしょ!? そういうのは!
確かに修行は大変だよ。苦しいよ。しんどいよ。でも、それを乗り越えて成長していくからこそ、面白さってあるんじゃないの? 確かにね、修行したから必ず強くなれるわけじゃないよ? ゲームじゃないんだからさ。でもね、やった分は必ず帰ってくるものなんだよ。
え? 説教臭い? ただの管理人のくせに偉そうだって……? いいだろう。それでは本当のことを教えてやるとする……。
我こそは『鮮血のダンジョン』マスターのバルバトス。地獄の深淵より来たりし、恐怖の魔王。世界の統治者にして破壊者。「慈悲・友愛」などの語は、我が辞書にはあらず。全ての人類は、我が力の前に屈するがよい。冒険者どもよ。我に楯突こうなど100年早いわ。地獄の業火で焼き尽くしてくれようぞ。
って、おい。アルエル、止めるな。こいつらには、本当のダンジョンってのを教えてやらないと駄目だ。若者に迎合するだけでなく、キチンと正しい道というのを示してやるのも大人の努め。ここは一度痛い目に遭わないと分からないのだ。
え、それはさっきやったって? あぁ、そうね。キョーコに吹っ飛ばされたんだっけ? そう言えばそうだったな。いや、でも、こいつら分かってないし。ここはちゃんと教育的指導をだな……って、こらー! キョーコは駄目! 君、手加減をしないから!!
言ってる側から……。あぁ……冒険者たちが紙切れのように舞っている……。
その光景を見ているうちに、ようやく私は我に返りつつあった。冷静になったころ、冒険者たちは既にホットケーキのように4段重ねにされてしまっていた。やってしまった……。仲裁にやってきたはずだったのに、どうしてこうなってしまったのか。
面倒くさいなぁ……。
「そのままダンジョンの外へ、ほっぽり出しておけばいいだろ?」
「いや、キョーコ。それは流石に酷いんじゃないか?」
「でも、どうします? バルバトスさま。とりあえず、治療しておきますか?」
「まぁ、そうだな。薬草、まだある? うん、お願い」
「言っても分からない連中に、そこまでしてやる必要があるか?」
「変な噂、流されちゃ困るだろ。最近は、魔導ネットもあるし、そういうの広まるの早いから怖いんだって」
「ふーん……。ま、バルバトスがいいって言うのなら、別にあたしはいいけど」
「あ、冒険者さんたちが気づかれましたよ」
アルエルの言う通り、彼らはヨロヨロと起き上がってきていた。外傷はほとんど完璧に治っている。流石、安心の国産薬草。
「うぅ……。あれ……ここ……ダンジョン? 何があったんだっけ?」
「記憶、失ってくれてたりしないかなぁ」と、淡い期待を抱いてみる。が「あぁ、そうだ」と徐々に思い出してきているようだ。残念。これは面倒なことになってしまった。もう彼らを説得するのは無理だろう。キョーコの言うような手荒さはできないが、とっととお帰り頂くしかないのだろう。
あー、これダンジョンレビューとかに書かれちゃったりするのかなぁ。星1とか付けられちゃったりするんだろうなぁ。最悪だー。




