「やっぱり凄いですね」
「バルバトスさま、侵入者です!」
アルエルが『最後の審判』に転がり込むように駆け込んできて、実際蹴躓いて盛大に転んでいた。
「いてて……。あっ、バルバトスさま、侵入者……って、さっき言いましたっけ?」
なんか最近、緊張感なくなってない? うん、まぁ、お互い長い付き合いだしさ。そんなにかしこまらなくてもいいんだけど、ほら、こういうのってちゃんとした方が雰囲気出るじゃない?
そう言って聞かせようと思ったが、今はそれよりも心配なことがある。呪文を唱えスクリーンを表示させた。「あたしに任せとけ」と言ったキョーコは、朝イチから張り切ってダンジョンへと出ていった。「まさか冒険者の皆さんをカツアゲするとか、そういうやり方じゃないよね?」と尋ねる私に、キョーコは一瞬「あぁ」とつぶやいた後「違う違う」と否定していた。
「あぁ」の後に続く言葉が「そういうやり方もあったか」というのじゃなくてよかった。しかし私の第六感が「何かおかしい」と警告を発している。念を押すように問いかけたが、彼女は「分かってるって。しつこいぞ」と手のひらを振っていた。
スクリーンを操作しキョーコを映し出す。彼女は最初の冒険者が入っていったルート2の先、セクション5にいた。
スクリーンの中のキョーコが振り返る。おしりに付けていたしっぽがゆらりと揺れた。映像を送ってきている魔導器は、精巧にカモフラージュされているはずなのだが、どうしてその位置が分かったのだろう……。彼女と目が合う、ちょっと怖い。キョーコがニコッと笑った。
……あれは分かっていない目だ。
直感的にそう感じたが、すでに時遅し。もうひとつのスクリーンを表示させる。冒険者は順調に歩を進めセクション3へと侵入していた。彼らは4人パーティだった。随分若そうなメンバーだな。まだ新人かな? 先頭から剣士、次に剣士、更に剣士、最後尾にも剣士。
って、剣士4人パーティかよっ! いや確かに剣士って人気のクラスだよ? でも魔法使いや僧侶なんかも入れてバランスを取るのも大切でしょ!? しかし彼らだけを責めるわけにはいかない。最近はこういうパターンが多いのだ。
前にも言ったが、最近のダンジョンは「生死を賭けた冒険の場所」から「ワクワクドキドキのエンターテイメント施設」になってしまっている。その理由が「蘇生術の進化」にある。
蘇生魔法は昔からあるが、それを行うには高レベルの僧侶などが必要であり、かつ確率も高くはなかった。よって冒険者にとって「死」とはその言葉の通りの意味合いで受け取られていた。
しかし技術の進歩は恐ろしいもので、今では中級レベルの僧侶でも蘇生が可能なまでになってきている。しかも、蘇生グッズまで販売されており、僧侶でなくても仲間の冒険者を簡単に蘇生させることが可能になった。
まぁ人の命に関わることだけに、蘇生技術の進歩を否定することはできない。こんな時代ではうっかり「蘇生反対」なんて唱えようものなら、世間からの批判を浴びて謝罪会見……なんてことにもなりかねない。
おっと、そんなことを考えている間にも、剣士4人組はセクション3を突破したようだ。無残にもボンとロックの残骸が散らばっている。あー、救護班。至急急行せよ。
冒険者たちはセクション4へと入っていく。もうひとつのスクリーンを見ると……先程までいたキョーコがいなくなっていた。慌ててスクリーンをセクション4へと切り替える。そこに彼女の姿があった。
いや、ちょっと待て。「任せとけ」って、キョーコが直接冒険者の相手をするってことなの!? 見た所、冒険者はそれほど経験のない「初心者を脱した辺り」という感じだった。いくらなんでもそれは無茶じゃないの? そもそも冒険者を倒した所で、入ってくるお金は変わらないよ?
あ……もしかして「適当に力を抜いて戦って、少しだけ怪我を負わせて薬草を買ってもらう」みたいな作戦? いや、でも冒険者だったら薬草くらい持参していると思うのだけれど。
「大丈夫でしょうか、キョーコちゃん」
アルエルが心配そうにモニターを見ていた。いや、キョーコの心配より、冒険者の方々の方が心配なのだが。
そう言っている間に、キョーコと剣士4人組は対峙する。何か言っているようだ。音量を上げてみる。
『あれ? 今度は女の子ひとり? しかも猫耳? ネコ娘?』
『見たことないモンスターだねぇ』
『ふむ、興味深いです』
『ゆゆゆ、油断は禁物ですよぉ』
ふむ。4番目の方、実に賢明な発言だ。しかし先頭の剣士が「とっととやっつけて次行こうぜ」と煽るように言う。ちょっと君は黙ってて。魔導器を操作してキョーコの顔をズームで写す。暗くてはっきり見えないが、どうやらご立腹のようす。ほら、やっぱり……。
止めるべきか、いやしかし今から行っても間に合わない可能性が……。私が葛藤している間にも戦闘は開始された。まず1人目の剣士が雄叫びを上げながらキョーコに斬りかかる。「死ねぇぇぇ!」って、それ死亡フラグだよ。あっさりかわされて、代わりに腹部へ強烈なパンチを食らい、その場に倒れ込む。
すかさず死角から2人目が真横に剣を払う。が、難なく肘でそれをガード。同時に剣が甲高い音を立てて折れた。うろたえているところを顔面に一撃。ノックアウトだ。
3人目はそれを見て躊躇していた。逃げるべきか、立ち向かうべきか悩んでいるのだろう。逃げろ、逃げてしまえ。それが正解だ。そう心に念じるが、やがて「うわぁぁぁ」と叫び声を上げながら突進する。あぁ……。顔面を掴まれて苦悶の声を上げている。痛いんだよなぁ、あれ。気を失って崩れるように倒れた。
4人目。悲鳴を上げながら逃げていた。そうだ、それでいい。ちょっと遅かったけど。しかし、その瞬間スクリーンからキョーコの姿が消える。あれっ? っと思う間もなく、逃げる冒険者の前方に現れた。怖ぇぇぇ。手刀で剣を叩き落とされ、立ち尽くしているところを、首を掴まれ持ち上げられる。そのまま気を失ってしまった。
「やっぱり凄いですね、キョーコちゃん」
「あぁ……」
「私も頑張らないとですね」
「いや、あれは別格だから」
キョーコ級は二人も要らない。あんなのが複数いたら、もう手が付けられないし。
「でも、これってどうなるんでしょうか?」
アルエルが首をかしげる。しかし、それは私が聞きたいくらいだ。冒険者をノックアウトしても、彼らは持参している薬草で回復するだろう。予備の薬草もある程度は持っているだろうし、わざわざこんなところで買わないだろうし。
倒れた冒険者を一瞥すると、キョーコは壁に近づきコンコンと叩く。壁の一部が光り、扉が出現。従業員用通路だ。キョーコは体内に魔力を使える代わりに、外への放出はできないらしい。アルエルでさえできる、通路の開閉ができないのだ。
ん? と言うことは誰が通路を開けたんだ? そう思っていると、キョーコが開いた通路へと消えていった。代わりに雪女の薄月さんが現れる。へ? 何やら手にカゴのようなものを持っている。
そうしたとき、ようやく冒険者がうめき声を上げながら起き上がり始めた。そこへ薄月さんが向かう。
『お疲れ様です。薬草、いかがですか? すり傷、打撲、骨折。何にでもよく効く薬草ですよ』
いやいや。だからそれは無理だって。
ようやくヨロヨロと起き上がってきた冒険者が口を開く。
『薬草? そんなの当然持ってるし』まぁ、そりゃそうだよねぇ。
『あらら、そうなんですか?』薄月さんはウフフと笑った。
『じゃ、その薬草でササッと回復しちゃいましょうか』
『言われなくってもやるよ。おい、薬草出して』
『キョーコさーん。第2ラウンドの準備、お願いします』
冒険者がギョッとする。私も慌ててスクリーンを動かした。開きっ放しになっていた従業員通路の影の奥で、キラッとふたつの目が光っていた。
「ヒィ」冒険者と私が同時に同じような悲鳴を上げた。
これは怖い……。




