「いい案があるんだ」
「何度も言うけどさ。今どき低難易度のルートなんて、冒険者に受けないって」
「そんなこともないぞ。ほら、このグラフを見るがよい。冒険者アンケートによると、ルート1からルート3の満足度の方が、他のルートよりも――」
「うーん……? あれ? このグラフちょっと変じゃないか、バルバトス」
キョーコがグラフの書かれた用紙をジィっと見つめている。まずい。
「えっ!? い、いや? そんなことはないぞ」
「だってほら。低難易度と中難易度、高難易度のグラフが並んでいるけど、縦軸の数字がバラバラじゃん! グラフの棒だけみれば確かにバルバトスの言う通りだけど、数字を比べたらやっぱり高難易度の方が高い数字になってる」
チッ、バレたか。勘のいいヤツめ。
「あらら、ほんとうだー。うっかりうっかり」
魔王級の演技力でごまかそうとするが、キョーコは疑いの目を向けてきている。これはなかなか一筋縄ではいかないようだ。
「別に低難易度のルートを閉鎖しろ、って言ってるわけじゃないんだって。閉鎖中の中難易度ルート、特にルート6。あれを開放しろって言ってるだけなの」
「あ、バルバトスさま。お煎餅取ってもらっていいですか? ありがとうございます! お茶のおかわりは、いかがですか?」
うむ、いただこう。しかし、アルエル。お前も少しは議論に参加したらどうだ? お煎餅ばっかり食ってると、晩ごはん食べられなくなるぞ。
ダンジョン2階にある会議室『叡智の魔』。最近ではあまり使われなくなった一室に、私とアルエル、キョーコの3人が集まっていた。ちなみに「魔」と「間」をかけてある部分に、私のセンスの良さが光っていることに気づいて欲しい。
会議のテーマは「ダンジョン再建のために、今すべきことは何か?」。別にここ『鮮血のダンジョン』が、今にも潰れそうだ、というわけではないのだが、キョーコが部屋の正面に掲げられている黒板にそれを書いた際には、反論することはできなかった。
確かにEnd of the Worldなどの外資系ダンジョンの進出は脅威だ。噂では、別の外資系ダンジョンが、近隣の土地を物色しているというものもある。EoWは我がダンジョンとは地理的に離れているためまだ影響は小さいが、もし噂が本当であれば致命的だろう。
キョーコはその対策として中難易度のルートの開放を主張している。ちなみにルートは「はじめての冒険にぴったり」の超初級ルート1、「ルート1に慣れてきたら」の初級ルート2、「そろそろ背伸びしたい冒険者へ」の低難易度ルート3・4・5となっている。
キョーコの言う通り、ルート6以降は閉鎖中だ。理由は実にシンプルで「再開するお金がない」。私だって再開でるものならそうしたい。しかしそれには先立つものが必要なのだ。
私が素直にそれを言うと、キョーコは少し困ったような顔をした。
「ルートを開くためににはお金が要る。お金を稼ぐためにはルートをなんとかしなきゃいけない……」
「袋小路だな」
「なぁ、いっそどこからかお金を借りられないのか?」
借金……か。アテはないことはないのだが……できれば避けたいところだ。それはキョーコも同じだったようで、それきり口を開かない。
『叡智の魔』に重い空気がのしかかる。アルエルの煎餅をかじる音だけが響いていた。
ここは何か意見を言わなくては、という謎の使命感に襲われる。
「うーむ……要は金さえなんとかできればよいのだから……。既存のルートでなんとか今よりも稼げればあるいは――」
「……バルバトス、それだっ!!」
キョーコが勢いよく机をバンッと叩き、お茶と煎餅の皿、それにアルエルが飛び上がる。ちょっと、心臓に悪いから急に大きな音、出さないでもらえる……?
「今って、ほとんど入ダン料くらいしか収入がないだろ?」
うむ、確かに。ちなみに入ダン料とは、ダンジョンに入る際に冒険者が支払うお金のことだ。毎回払うものや月額制もあるが、魔王的におすすめは年間何度でも入ダンできる「年間パスポート」だ。これは本当にお得。ぜひ、冒険者の皆様も購入いただきたい。
「でも、冒険には必要なものが他にもたくさんあるじゃないか?」
「必要なもの?」
「冒険をすれば、怪我のひとつもするだろう?」
「あぁ、薬草とかのことか」
そういう話なら以前にも考えたことがある。しかし王都では考えられないほどの安価で売られたりしているものばかりだ。最近では魔導ネットでの通販も盛んになってきており、価格は下落の一途を辿るばかり。とても対抗できる値段では売ることができない。
「いやいや、そうとも言い切れないよ」
キョーコは譲らない。
「確かに薬草は王都で買えば安く手に入る。でも、王都で買ってダンジョンまで持ってくるっていうのも手間がかかるし、荷物にもなるだろ?」
「それはまぁそうだろうが……。しかしなぁ、わざわざダンジョンで割高な薬草を買うとは――」
「やってみたのか?」
キョーコの言葉に反論できない。彼女の言う通り、私は王都で売られている薬草の値段を見て、その時点で諦めた。冒険者たちが価格と利便性、どちらを重視するのかは分からない。やってみてもない段階で諦めていたのは確かなので、ぐうの音も出ない。
「そうだな。キョーコの言う通りかもしれぬ。とりあえずやってみるか」
「よしっ、その意気だ。バルバトス」
「薬草だけでなく、他の物も売れるかもしれんな」
「防具とか剣とか……後は、魔法の触媒とか」
「あっ、私魔導の杖とか持ってますよ」
「それレプリカだろ……」
久々に口を開いたアルエルにやや呆れながらも、ようやく議論が活気づきだしたことを嬉しくも思っていた。同時に「そう言えば、昔はこんな感じだったよなぁ」ということが脳裏をよぎる。私がまだ小さかったころ、父の代のダンジョンはこんな感じで活気に満ち溢れていた。
ふっと幼少期の記憶が甦る。ひとりの少女が私の目の前に立っていた。
『りょーちゃん』
『なんだい?』
『りょーちゃんは、おおきくなったら、だんじょんをやるの?』
『そうだよ。すっごいやつ作るんだ』
『わー。たのしそうだね』
『□△※♪ちゃんも、一緒にやろうよ』
『うん! やるっ!』
『やくそくだよ』
『やくそくだねっ』
あれ……? こんな甘酸っぱいできごと、あったっけなぁ。凄く小さいころの出来事だった……ような気がするのだが、相手の少女の顔も名前も思い出せない。考えれば考えるほど、現実のことだったのかどうかが怪しくなってくるくらいだ。
ちなみに「りょーちゃん」とは私のことだ。私の本当の名前、真命は「フキヤ・リョータ」。バルバトスは……アルエルに言わせると「芸名ですよね」となるのだが、ここはかっこよく「ダンジョンネーム」と言っていこう。
アルエルは一族から放逐されたのが幼少期、ということもあり、ファミリーネームが分からなかったので「フキヤ・アルエル」ということになっている。いや、違う。子供ではない。兄妹、という言葉が一番しっくりくるのかもしれない。
これらの名前は、アルエル以外のクルーたちにも教えてはいない。モンスターの中には真名を教えると危険な者もいる……というのが建前だが、ほら、リョータってちょっと軽い感じじゃないか? 「我こそは魔王リョータ」って。そりゃないよ、ってなるじゃない? そういうわけで、これは秘密になっているわけだ。それにそもそもバルバトスとは――。
「おい、バルバトス。聞いてるのか?」
キョーコの言葉にハッと現実へ引き戻される。
「悪い悪い」
「しっかりしろよ。じゃ、まとめるぞ。まずは薬草を売ってみる。ひとまずは在庫はあるみたいだけど、随時魔導ネットでも仕入れてコストカットを図る。将来的にはダンジョンでの栽培も視野に入れる」
えっ、いつの間にそんな話が拡大してたの……? しかしまぁ、それはそれで良さそうなやり方だとは思う。どこで栽培する気なのか知らないが……。
「まぁいいんじゃないか。……って、あれ? そう言えば『薬草を売る』って言うが、ウチのダンジョン、そういう施設ないぞ」
EoWなどではダンジョンに併設する形で、宿泊施設や売店などが設けられている。ここ鮮血のダンジョンではそういう設備は一切ない。そうか、そういうものも必要だよな。でも、作るお金ないぞ……。そう言うとキョーコは不敵に笑う。
「任せておけって。いい案があるんだ」




