「できました!」
楽しくもあり、大変でもあったダンジョン(居住区)増築の翌日。今日からは再び通常業務に戻る。まずは事務仕事から。昨日思ってた「調理師募集」のポスター作りだ。確かに料理は私の趣味ではある。しかし、今後のことを考えると、専門のクルーを雇った方がいいだろうとも思う。別に手伝いと称して、私がキッチンに立つことだってできるわけだし。
そういうわけで、早朝からペンを握り机に向かっているわけだが……。ほら、こういうのって、文章だけだとインパクト弱いじゃない? やっぱりイラストとかあった方がよくない? クルーさん募集だからな。あんまり暗い感じにしちゃダメ。アットホームで、働きやすい職場。そういうのを表現したい。
今どきの? 萌えっていうの? かわいいキャラクターたちがたくさんいて「一緒に働こう!」とか「待遇もバッチリ!」とか言っている、そんなやつ。……と思っているのだが、なぜかでき上がるのはおどろおどろしい、不気味なポスターばかり……。25年間気づかなかったけど、自分に絵心というのがないことを初めて知った。図面なら得意なんだけどなぁ……。
頭を抱えていると、そこへ扉がバタンと開き、アルエルが飛び込んできた。
「おはようございますっ! あれっ、どうしたんですか? バルバトスさま。そろそろ朝ご飯の準備をしないと」
ちょっと! ノックくらいしてよね!! ポスターを手で隠そうとするが、慌てていたせいか、その内の一枚がヒラリと舞ってアルエルの足下へ落ちる。イヤァァァ!
「ん? これって……ポ……スター……です……よね?」
なんでそんなに私をチラチラ確認しながらしゃべるのだ。気を使われると、そっちの方が傷つくし。そうだよ、ポスターだよ。悪かったな! 下手だって? 分かっているよ。3分前に気づいてましたぁー。魔王にだって、できることとできないことがあるんですぅー。
本当は口に出して抗議したかったが、威厳を損なうような行為は慎まなければならない。ここはグッと我慢だ。バルバトス、君はもう大人なんだから、思ったことを何でも言うべきではない。絵柄に関しては敢えて触れず、アルエルに事情を説明する。
「えー。私、バルバトスさまの料理が好きなんだけどなぁ」
「それは……そう言ってくれるのは嬉しいのだが、とは言え、これからキョーコを交えてダンジョンの改革に取り組まなければならない。忙しくなるんだぞ」
「あー、そうですね。3人で頑張らないとですね」
え、お前も入るの?
「んっ……あ……あぁ、そうだな……。頑張らないとな」
すっかりやる気のアルエルを見て、まぁいいかと思う。三人寄れば文殊の知恵、とも言う。うん、そうだ。きっとそう。そうに違いない。自分で自分に暗示をかける。
料理の件は「たまには私も作るから」ということで、アルエルも納得したようだ。そうなると、やはり問題はポスター。そもそも安くあげようとしたのが間違いだったのかもしれない。ここは専門家に頼むか、いっそ王都の求人に出すという手の方がいいのかもしれぬ。
そう思っていると、アルエルが意外な提案をしてきた。
「私が描きましょうか?」
おいおい、アルエル。お前正気か? 分かってないと思うから忠告しておくけど、イラストってな、意外と難しいんだぞ。街とか魔導ネットで見かけるようなイラストって、一見簡単に書いているように見えるかもしれないけど、そこに至るには長い練習期間と血の滲むような努力が必要であってだな……。
自分のことは棚に上げつつ、トクトクと言って聞かせたが、アルエルは全く聞いていない。「ちょっと失礼します」と私の机に腰掛ける。キュポンとペンのキャップが取れる音がして、キュッキュと書いている音が続く。まぁ、一度くらいやらせてみるのもいいかもしれぬ。才能という言葉からもっとも遠い存在アルエル。多少の挫折感に浸るのも悪くはなかろう。
「できました!」
はやっ! もうできたの? って言うか、子供みたいな絵を書いたんじゃないだろうな? へのへのもへじ、とか。最近の若い子は知らないか。まぁ、ここはキチンと評価を下してやらねばなるまい。思えば最近、少々甘やかせすぎたやもしれない。現実の厳しさというのをしっかり教えてやるのも魔王の努めというも……。
って、うおー! すげー上手い! なんだこれ! プロっ? えっ、プロなの!?
「まだ細かいところは描ききれてないんですけど」
いやいやいや。十分、これ十分だよ?
不意打ち。ここまで虚を突かれることは、早々ない。近年稀に見るほどの奇襲攻撃と言っていいほどのできごとだった。思えばこの10年間。アルエルには苦労を掛けられっ放しだった。剣術を教えても駄目。魔法を教えても駄目。何をやってもダメっ子アルエル。そこでようやく気づく。そうか、私は今までこういう目でアルエルを見ていたんだな……と。
がっくりと跪く私の前に、アルエルが自分の書いたポスターと私のを「ふーん」と、なんとも言えない表情で見比べている。やめてっ! そんな目で見ないでっ!
「いえいえ、バルバトスさまのポスターも……何と言うか……独特? いい雰囲気を醸し出していますよ? ほら、ここに書いているゾンビとか、凄くリアルでちょっと怖いくらいですもん」
アルエルの指さしている先には、私の書いたクマさんの絵。ちょっと可愛らしさを出そうと思って、書いてみたんだよ。断じてゾンビではない。が、もう反応する気力も残されていないので「ありがとう」と言っておく。これ以上自分を貶めることもあるまい。
「いや、ここはお前のポスターを採用しようではないか」
「えっ、いいんですか? 私ので」
「うむ。部下に功績を立たせるのも魔王の努めだしな」
「わー、ありがとうございます! じゃぁ、早速貼ってきますね」
「ちょっと待った。どこに貼るつもりだ?」
「ダンジョン前……かなぁ?」
「そんな所に貼っても効果ないだろ。ダンジョンに来るの、冒険者ばかりなんだし」
「あっ、そう言えばそうですよね。うーん、じゃどうしましょう?」
「貸してみろ」
ポスターを受け取ると再び机に向かう。魔導読み取り装置に画像を通し、魔導ネットからダンジョン協会へと送信した。
「便利な時代になったものですよねぇ」
「お前も今どき、魔導ネットのひとつも使えないと、時代に取り残されるぞ」
「勉強しますぅ」
スクリーンを開き、協会へ繋ぐ。しばらくすると、スクリーンに少し眠そうな表情の若い女性が現れる。
「あれ~、こんな早くに誰かと思ったら、バルバトスさまじゃないですか」
「久しぶりだな、リーン」
彼女はダンジョン協会の受付兼、事務員兼、住み込み警備員兼、協会長秘書のリーン。どうやら寝起きだったらしく、ボサボサの髪の毛をかきあげながら何度もあくびを繰り返していた。
「さっき画像を送っておいた。それを複製し、王都の見込みのありそうな所へ掲示を頼む」
「う~ん……どれだぁ……。あ、これか。へぇぇ、求人ですか?」
「あぁ。ダンジョンのクルーのための調理師だ」
「私が応募しちゃおっかなぁ」
「勘弁してくれ」
一年ほど前に彼女に振る舞ってもらった料理を思い出した。あれはなんと言うか……脳天にガツーンと来ると言うか、料理に対する価値観が変わったと言うか……単純に言えば暴力的な不味さだったなぁ……。
「はいはい。分かりました」
リーンは不満そうな顔をしながらも、今日中に配布してくることを約束してくれた。
「さてと、この件はこれで大丈夫だろう」
「バルバトスさま、こっちの絵はどうするんですか?」
アルエルが指さしているのは、机の隅に置かれた私が描いたポスター。
「いや、それは……」
破いて捨てよう、と手を伸ばす。が、サッと手を伸ばしてきたアルエルに奪われてしまった。
「私がもらってもいいですか?」
アルエルは大事そうにポスターを抱えている。そうか、そんなものでも大切に思ってくれるのか。大切なのは絵の上手下手じゃないんだよな。誰が描いたのか、そう、そういうのが大切なんだ。「もちろん、いいぞ」そう言うと、アルエルは嬉しそうに喜んでくれていた。
翌日。
『最後の晩餐』に向かうと、一角に人だかりならぬモンスターだかりが出来ていた。「どうした? 何か面白いものでもあるのか?」と聞くと、スケルトンのボンが「ミテミテ!」と壁を指差す。
そこには、昨日私が描いたポスターが掲げられていた。立派な額縁に収まったそれの下には「バルバトスさま画」と丸っこい文字で書かれた札が付いていた。
「あっ、バルバトスさま! おはようございます。折角なんで、みんなに見てもらおうと思って、ここに飾ってみたんですよ。好評ですっ!」
アルエルの無邪気な笑顔と、他のクルーたちの「どう言ったらいいのか分からない」という表情の間で、私もどういう表情をしたらいいのか分からなかった。




