「魔王さま、侵入者です!」
薄暗い部屋に充満した冷たい空気が、吐く息を白く染める。部屋の中央に置かれた玉座に腰を下ろしていた私は、じっと虚空を睨んでいた。
唐突に壁に設置された魔晶石が赤く輝き出す。来たか。随分待たされたものだが……まぁいい。軽く手を振ると魔晶石は元の黒い石へと変化する。それと同時に廊下を走る足音が聞こえてきた。
「魔王さま、我がダンジョンに侵入者です!」
息を切らせながら部屋に駆け込んできた部下が、うやうやしく私の前で跪く。荒い呼吸と共に上下している肩がわずかに震えていた。
恐怖による支配。
世間一般では忌み嫌われているその言葉も、ここでは例外だ。恐怖は魔王を魔王たらしめる。ダンジョンを支配している魔王にとって、それは決して譲れない、譲ってはならない一線なのだ。私は玉座から立ち上がると部下に命じた。
「ルート5を残し後は全て閉鎖。セクション2から6に戦闘配備を命じる」
部下は私の命令を復唱すると、来た道を引き返していった。それを確認し再び玉座へと腰を下ろす。ささやくほどの小さな声で魔法を詠唱すると、目の前の空間に複数のスクリーンが投影された。ダンジョン内部のあらゆるところに設置してある魔導器を通じて、こうして動かずとも侵入者の様子を伺えるようになっている。
ルート5は我がダンジョンでも中級程度の難易度。ルートは1から10まで用意しており、数字が上がるほど上級者向けのルートとなっている。他のルートを閉鎖したことにより、侵入者――冒険者どもはここを進むことを余儀なくされる。
セクションとはルート内を区分けしたものだ。セクション1がダンジョン入り口。以降、ダンジョンを進むごとにセクション2、3と区切っている。こうすることで部下たちへの正確で素早い指示が可能となり、冒険者どもを始末するのを効率化することができるわけだ。
先程部下に命じたセクション6までは、さほど強力なモンスターは配置されていない。まぁこの辺りは小手調べといったところだろう。
しかしお遊びはそこまでだ。
私は宙に浮くスクリーンを指で触り、セクション7を選択する。そこへレベル30のモンスター「ミノタウロス」を配備するよう、魔法で書き込んだ。
ダンジョンに入った冒険者どもは序盤のモンスターに気を良くしながら歩を進める。そこへ段違いの力を持ったモンスターが突如現れる。彼らは恐れおののくに違いない。勇気を振り絞って立ち向かうが、圧倒的な力の前に絶望を覚えるだろう。悲鳴を上げ、命乞いするかもしれぬ。
それがダンジョンというものだ。
無慈悲で不条理。彼らの願望など一切無視し、突然の終末を迎える。ダンジョンとはそういうものであり、それこそが冒険というものだ。彼らがそれを認知しているかどうかは知らないが、それは私の知ったことではない。
「どれ……」
冒険者の様子を見ようとスクリーンを切り替える。そろそろセクション2くらいは突破しただろうか? 腕のいい冒険者なら3……いや4くらいに進んでいるかもしれぬ。クククッと笑いを堪えながらスクリーンを見る。が、そこに冒険者の姿はない。配置されていたスケルトンが、ヨロヨロとうごめいていた。
もしやセクション2を突っ切って、次のセクションへと進んでしまっているのか? スクリーンを切り替えるが、やはりそこにも冒険者どもの姿はない。
稀にモンスターを無視し、とにかく先へ進むことを優先してしまう冒険者たちがいる。こやつらもその類か。セクション4、セクション5……スクリーンを切り替えるが、どこにも冒険者の姿はなかった。
どういうことだ……。
「たっ、大変です、魔王さま!!」
部下が再び転がり込むように、部屋に飛び込んでくる。
「冒険者たちが……引き換えしていますっ!」
その言葉に慌ててスクリーンを切り替える。セクション1、つまりダンジョンの入口。そこに彼らはいた。輪になって集まって、何やら話し込んでいるようだが聞こえない。スクリーンを操作し音量を上げると、彼らの会話が聞こえてきた。
「だから私は止めとこうって言ったのに」
「だってさ。ここくらいしか空いてるダンジョンないんだし」
「空いてるにしても、あんまりだよ、これじゃ」
「古臭いし、なんかかび臭いし」
「ルートも選べないんじゃねぇ」
「それにほら。モンスター」
「今どきスケルトンはないよなぁ」
「ヨロヨロしてて、緊張感0だよね」
「やっぱ、前言ってたダンジョン……なんだっけ?」
「『End of the World』?」
「あっ、それそれ。そっちにしとけばよかったなー」
「でもEoWって、超人気ダンジョンだし。当日券だと入ダンできないって話だしね」
「予約も一杯だって」
「そうそう、それでここでいいかーって話になったんだよね」
「やっぱ、空いてるのには理由があるってことかな」
「ねぇ、もう帰ろうよ」
「だな。森で狩りでもして帰るか」
「賛成ー」
そう言ってダンジョンから去っていく冒険者の後ろ姿を見ていると、怒りがこみ上げてくる。
ルートがひとつなのは、迷わなくていいようにという配慮じゃないか! 確かに閉鎖しているルートもあるっちゃあるけど、冒険者に適切なルートをサジェストするっていうのも、心遣いのひとつだっていうのが分からない?
それに……そう、スケルトン! ヨロヨロしていたって? そりゃそーだろっ!! スケルトンはヨロヨロしているものだろ! シャカシャカ動き回るスケルトンなんて、気持ち悪いだろ!?
End of the World? 知ってる知ってる。ちょっと前にできた外資系のダンジョンだよな。知ってるよ、パンフレットで見ただけだけど。そりゃさ、凄いと思ったよ? 最新の魔導器を駆使して、冒険者に幻影を見せたり、ダンジョン内部がランダムに変化したりするんだろ?
でもさ、あぁ言うのって高いんだよ。外資系のように資金がたっぷりあるダンジョンならできるかもしれないけど、うちみたいに国内でコツコツやっているダンジョンに、そんな設備を導入する余裕なんてないんだよ!
一気にまくしたてたので、少し頭がクラクラしてきた。独り言のつもりだったのだが、うっかり口に出してしまっていたようで、部下のアルエルは少し悲しそうな表情になっていた。少し申し訳ない気持ちになり、ねぎらいの言葉をかけてやる。アルエルは一瞬だけ表情を明るくしたが、顔を引き締めると頭を垂れ小さく震え始めた。
部下との関係は難しい。優しい言葉をかけ過ぎれば、私に対する恐怖心がなくなりそれは忠誠心へと影響を与える。かと言って、傍若無人な態度が過ぎれば、それはそれで問題になるだろう。
アルエルの様子を見る限り、今回の私の対応に間違いはなさそうだ。少しホッとしたところで、壁の魔晶石が再び赤く点滅し始める。
新しい冒険者がやって来たらしい。