14「氷室氷柱」
笑い疲れた僕は、一度下を見る。
雪の様な少女の美しき瞳がこちらをずっと見ていた。
この瞳に見られると、吸い込まれそうになる。
恋と言う穴に、放り込まれそうになる。
て言うか…いつまで抱きついてるんですかねぇ!?いくら彼女がまだ中学生位の見た目とは言え、流石にこれはドキドキせざるを得ないと言うか…こりゃ言わなければ退きそうにないなぁ…。
「流石にそろそろ恥ずかしいんだけど…」
僕が少し頬を赤くして、頬笑みかけて言うとーー
「…ひゃ!しゅびばせん!!あ、ちが…えっとぉ…」
彼女が頬を真っ赤にして、驚きの早さで、後ろに下がり、僕から距離を取った。
すると、数秒の間を開けて、言葉を噛んだ事を思いだした為の恥ずかしさか、今度は顔が真っ赤になった。
「すみません…噛んでしまいました…」
「違う、わz…」
っぶねー!!
かみまみた☆
からの一連の流れをやりたいと言う衝動をなんとか抑えられたぞ…よくやった僕。
危うく全力で物真似をするところだった。
そんな僕のオタク事情は置いとくとして、それよりかこれだよね。
僕は地面に落ちている紙を拾った。
「これ、君のだよね?」
拾ったのは一枚の原稿用紙、僕はそれを指差して、彼女に聞く。
すると、彼女は突然あたふたするとこちらに急いで近寄って僕が持っている紙を取ろうとする。
「ん~!」
喉から出た声を振り絞り紙に手を伸ばす。
けれど届かない、背伸びしても、届かない。
「…」
なんだこれ、可愛すぎかよ。
僕全然イジワルしてるつもりないんだけど…この姿を見てると、何か新しい扉を開きかけると言うか…僕の中にあるSが…って、いけない、いけない!いつ誰が鬼畜系男子になると言った。
僕は腕を下ろし、彼女に紙を渡した。
「はい」
「ありがとうございます…」
お礼なんだ。
ここは罵倒が飛んできても文句言えないと思うんだけど…あべこべ世界の難儀な所かな。
そんなことを思っていると、彼女は他にも散らばっている紙をしゃがみながら拾って行く。
だが、その数はなかなかなもの…それに、結構な所まで紙が飛ばされている。
流石にこれを見過ごすってのは、男として出来ないよね。
「よし!」
僕は近くにある紙を拾う。
すると、彼女は目を見開き、いきなり立ち上がる。
「い、いいですよ!?拾わなくても!男の人がこんな私なんかの為に…」
…本当に、この世界は噛み合ってないとつくづく思う。
男だからなんだ、そんなの関係ないじゃないか、何て言う価値観は、きっと他の世界を知っている僕だけなのだろう。
だから、せめて僕と言うちっぽけな存在からでもいいから、こんな距離感を取っ払いたい、一人でも多く。
「いいよ、僕がやりたくてやることだ」
「で、でも」
「一人じゃこの量は大変だよ、はい」
僕はとりあえず拾った近場の紙を彼女に渡した。
彼女はその渡された紙をとると、その紙で口元を隠した。
「ありがとう…ございます…」
その時の少女の顔は、隠されてもわかるほどに真っ赤で、まるで雪が溶けているかの様に、揺るんだ顔をしていたのを、時雨は知らなかった。
 ̄ ̄ ̄ ̄ ̄
 ̄ ̄ ̄
 ̄
「ふぅ…これで最後かな?」
「はい、ちゃんと百十二枚ありました!」
…拾っていてわかってたけど、何十枚とかじゃなくて三桁行ってたのね。
てか、これってもしかしてーー
「ねぇ君って、もしかして小説を書いてるの?」
「ふぁい!?」
あ、この反応、間違いない。
それにしても手書きとは、このご時世なかなか居ないんじゃない?
そう考えると、彼女はなかなかにレアな存在なのかも知れない。
「凄いね!僕文才とかないから読み専門なんだよねぇ…」
そう、僕はいわゆる読み専なのである。
一度、自分で小説を書こうと思い、書いたは良いものの、読んでみるとあ~ら不思議、ほとんど台詞になってるではありませんか、状況説明も設定も何もかもがあやふや、そんな駄作を書いたら最後、もう書きたいとも思えなくなり、読み専門になる。
「いえ…その、私も別に文才がある訳では…」
ほほう、先程、拾ってる途中でチラ見をさせて頂いた所、僕の予感が告げた。
彼女の小説は、確実に面白いと。
ならば読みたい、読むしかない。
この世界の小説と言うものに、この世界の物語の個性達に、読み専である僕が興味を示さない訳がない。
そんな好奇心が勝ってしまったばかりの僕の我が儘を許して欲しい。
「ねぇ、君が書いたこの小説、読ませて貰ってもいいかな?」
「え!?そそそそそんな!男の人が私の書いた文なんて読んだら目が汚れてしまいます!それどころか清き心も汚れて行ってしまいますよ!?」
「そんな事ないよ、人が一生懸命書いた物語を読んで、汚れることなんてある訳がないんだ、僕はそう思ってる」
って…あまりの読みたさになんか変なことを口走ってしまった…は、恥ずかしい。
「…」
しかも何も返答なしですかそうですか…。
そんな事を思っていると、バサッ、と言う音を立てた。
その立てられた音の方へ目線を向ける。
そこには、彼女が下を向いて、百十二枚もの原稿用紙を僕の胸に押し付けていた。
「その…つまんないかも知れないですけど…どうぞ…」
彼女は横に視線をずらして、赤面している顔を必死にポーカーフェイスしようもしている。
そんな姿がまた可愛らしいと思ってしまうのは、きっと仕方のない事だと、そう思う。
「それじゃ、遠慮なく」
僕は原稿用紙を手にして、近くのベンチに座り、その物語の中へと飛び込んだ。
そこに広がっていたのは、ただただ美しい、物語だった。
登場人物達が、物語の風景が、全てがまるでこの景色と同化したかの様に見えた。
包み込まれる、この物語に、吸い込まれる。
これを、言葉でなんと現せばいい?
どう表現すればいい?いや、きっと僕なんかのお粗末な言葉で表現していい物語じゃない。
それ程までに、この物語は、美しかったのだ。
そして、次の瞬間「っ!?」突然と僕の意識が戻った。
あれ…?風景が戻った…?
なんで…あ、そう言う…事か…。
「あ、あの、どどどうでした?その、私人に読んでもらうの初めてで…しかもそれが男の人となるとどうなのかなぁ…っと…」
「ねぇ…」
「は、はい!?」
「これ、続きは!?」
「へ…?」
「続きはないの!?」
「え、えっと…まだ書き途中で…」
「ま、マジかぁ…ここで終わりなんてあんまりだ!!」
その時、僕は自分を抑えきれず、今の感情を露にする。
続きが読めないと言う事への落胆、ここで途切れてしまう物語との一時の別れ、きっとこの気持ちは信者の気持ちのそれと同じ。
どうやら僕は、彼女の物語の信者になってしまったらしい。
「え、えっと…面白かった…ですか?」
彼女のその質問に、信者としては答えざるをえない。
「面白いなんてもんじゃない!!こんなの一度だって読んだことない!ここまで引き込まれたのは初めてだ…」
「…ほ、本当ですか…?」
「嘘なんかつくもんか、本当に良かった」
「…ありがとうございます」
彼女は、微笑んだ。
喜びから来るその微笑みは、きっとそこら辺の男なら、すぐさま恋の盲目へと誘われるほどだろう。
だがしかし、今僕が恋をしているのは、彼女の作り出す物語…どうやら僕は、彼女の物語に、恋をしてしまったらしい。
「君の名前、聞いてもいいかな?」
「え?えっと…私の名前は、氷室 氷柱、です…」
「僕は、灰原 時雨、よろしくね!氷室さん」
「よろしく…です」
そんなぎこちない挨拶を交わした。
その日、僕は氷室さんとまた明日会う約束をした。
本当はもう少し遠くへ行こうと思ったが、今日は氷室さんに会った事で不思議な満足感に襲われたため、帰ることにした、
そんな帰り道、明日彼女の小説にまた会える幸せにニヤけが止まらなかった。
「いやー楽しみだなぁ」
そこで、ふと、あの時の氷室さんの笑顔を思い出す。
ー…ありがとうございますー
「氷室さんの笑顔、可愛かったな…」
不思議と、氷室さんの笑顔を思い浮かべると僕まで、顔が暑くなった。
きっと、明日の楽しみは小説だけでなく、氷室さんに会えると言う楽しみもあると言う事を、僕は知らない。
氷室さんとの出会いは二話で収めるつもりだったので少し長くなりました…ではまた次回!