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偏愛イデオロギー  作者: 真木
第五編 アンビバレント・マリッジ
51/68

前編<竜之介> 8

 その夜は胸がざわついて、あまりよく眠れなかった。


 ミハルはどこも怪我した様子はなかったけれど、様子がおかしかった。


 家に帰って来てから、何があったのかと訊いたら、押し黙って自分の部屋に閉じこもってしまった。


 見えないところを傷つけられたりでもしたのだろうか。


 気になって何度も寝返りを繰り返して、ぐるぐる考えに沈んでいる内に空が白けてきた。


 ふいに扉が開く音が聞こえた。


 まだアレクも起きだしてこない時間帯だ。ミハルがお手洗いにでも行ったのだろうかとしばらく待っていたが、いつまで経っても戻って来る気配がしない。


 私は少し考えて、ベッドから抜けだした。


 洗面所ではミハルが立っていた。口元を押さえて、微かに震えているようだった。


「ミハル、どうしたんだ?」


 そっと肩に手を触れると、ミハルは過剰なほどびくりと反応した。


「触らないでっ」


 ぱん、と私の手を振り払って、そしてミハルはすぐに後悔の表情を浮かべる。


「これは……っ」


「ごめん、驚かせちゃったか?」


 私は小さく笑って、それからゆっくりと続ける。


「私、頭悪いし勘も鈍いから、ミハルが言ってくれないとわからないんだ。でもいつだってミハルを守りたいと思ってる」


 私はミハルをみつめて言う。


 沈黙が数秒あった。


「……僕が」


「うん」


「僕が、かわいくなくても……」


 ミハルは小声で何か言おうとして、首を横に振る。


「……今は話せない」


「うん……わかった」


 そう言われると、私は引きさがるしかなかった。


 洗面所から出て行くミハルの後ろ姿を見送って、ため息をつく。


 しばらくその場に立ち竦んでいたけれど、まだ早いし私も部屋に戻ることにした。


 そこで、ふと私は洗濯機に引っ掛けた自分のジーンズに目を止める。


 ミハルの様子が気になって忘れていたけど、龍二さんは私のジーンズの後ろポケットに何かを入れた。


 どう考えてもいいものではないだろうけど、入れたまま洗濯機にかけるわけにはいかない。


 私がジーンズを手にとってポケットを探ると、小さな封筒が入っていた。


 一枚の紙くらいの重さしかなかった。封を切って取りだすと、写真だった。


「写真……?」


 一目それを瞳に映した瞬間、私の時間が止まる。


 女の子の裸の胸と、その背中に回る腕が見えた。腕は太さからいって、男の人のようだった。


 一見すれば私と竜之介との写真と同じ構図だったかもしれない。けれど違ったのは、男の方の目がしっかりと開いていて、表情に明らかな欲情が見えたことだ。


 流れる汗さえはっきりと見えた。二人が何をしているのか、疑いようもなかった。


 男の銀髪と碧眼が、艶めかしくさえ見える。


私が彼を間違えるはずもない。


 ……ミハルが女の子を抱いていた。


 それを認識した途端、ぷつりと私の意識が途切れる。


「……安樹、安樹っ」


 次に意識が戻ったとき、私は仰向けになってアレクに抱きかかえられていた。


「どこか痛いところはありますか?」


「私、どうしたの……?」


 私はぼんやりとアレクの青い目を見返す。


「洗面所で倒れたんですよ」


「倒れた? なんで……?」


 私の問いかけに、アレクが微かに眉をひそめた。


 その横に銀髪碧眼の少年が立っているのを見て、私の喉がひきつる。


 目の前が点滅した。


「うぇ……っ」


 私は這うようにして洗面台に向かって、そして吐いた。


 気持ち悪くてたまらなかった。出るものなど何もなくても吐き続けた。


「あすちゃんっ」


 少年が近付く。


 いや、少年なんかじゃない。


 背は私よりずっと高くて、腕だって私より太くて、顔立ちだって私とは全然違う。


 どうして気づかなかったのだろう。


 ……「彼」は男だ。


「さわらないでっ」


 私は反射的に彼の手を振り払った。


 苦しくて息も出来なくて、けれど涙は勝手に溢れてくる。


「うわぁぁんっ」


 うずくまって頭を抱えて泣きだした私に、アレクが近付く。


「安樹、落ち着いて」


 私の前に膝をついて、アレクはそっと私の頭を抱く。


「大丈夫ですよ。大丈夫……」


 アレクの腕には、私は何の拒絶もなかった。


 ゆっくりと頭を撫でてくれるその優しい手に、私は身を委ねる。


 幼い頃から変わりない温もりに少しだけ落ち着きを取り戻して、私は何とか顔を上げる。


 そしてアレクの肩越しに立ち竦んでいる彼の姿を見た。


 彼は声も上げずに泣いていた。碧の両目からとめどなく涙を零して、がたがたと震えながら私を見ていた。


 今にも崩れ落ちそうなその姿に、私の中の感情が微かに動く。


「ごめん……なさい」


 彼……ミハルは、血を吐くように呟いて、踵を返した。


「美晴っ。待ちなさいっ」


 アレクの制止も聞かずに、ミハルは逃げるように飛び出していく。


「……安樹っ?」


 アレクがミハルを追おうとして腰を浮かせた瞬間、私の視界は再びブラックアウトした。

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