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偏愛イデオロギー  作者: 真木
第一編 偏愛イデオロギー
2/68

前編<ミハル> 2

 シュートを決めて降り立つと、観客席で立って声援を送ってくれているミハルと目が合った。


 私が手を振ると、ミハルはめいっぱい手を振り返す。はしゃいでジャンプしているのを微笑ましく思いながら試合に戻る。


 バスケットボールは一番好きなスポーツだ。スポーツはどれもほどほどにこなせるけど、全身の筋肉を脈動させて汗をかくのは本当に気持ちいい。


安樹あんじゅ、今日もよかったよ」


「ありがとうございます、先輩」


 試合終了後に先輩に褒められて、私は笑顔を返した。


「安樹に黄色い声上げてる女の子いっぱいいたね」


「ああ、安樹って高校の時から女の子に人気あって……」


 廊下を歩きながら、同級生と先輩が話している。


「下手な男より男前じゃないですか。見た目もほら、クールですし」


「そんなことないよ」


 私はひらひらと手を振って笑っていた。


 ふいに廊下の向こうから歩いてきた男子の一団があった。競技場にて同時並行で行われていた試合が終わったのだろう。


 その中で一際目立つ長身に、先輩たちは目ざとく気づいて駆け寄る。


「あ、浅井君っ」


「男子の試合終わったんだ。どうだったっ?」


 周りに男子たちはいくらでもいるというのに、彼にだけ殺到するのはいささか失礼ではないだろうか。


「先行ってくれ」


「ああ、わかった」


しかしそれでも他の男子たちはあまり怒る様子はない。慣れているのだ。


がっしりした体格に百九十近い長身。目鼻立ちはくっきりとしていて、そして見事な仏頂面。私には理解できないが、彼、浅井竜之介は異常に女子に人気がある。


「安樹。話がある」


 彼が私を名指ししてきたので、私は露骨に顔をしかめた。先輩は話しかけようとしていたのを打ち切られたことに不満そうな顔をして、同級生は私と竜之介を見比べる。


「あ、先輩。浅井君、安樹の従兄なんですよ」


「そうなの。あ、ごめんごめん」


 先輩と同級生は何か含みのある笑みを浮かべてそそくさと去っていった。


「何か用か? 竜之介」


 私は一緒に去りたい気持ちをぐっとおさえて、不機嫌に問いかける。


「まだバスケなんてやってたのか」


 竜之介は波の無い淡々とした口調で言ってくる。


「そろそろ女子らしいこともしたらどうだ。花なり、お茶なり」


「私の趣味じゃない」


「その格好。肩まで出したりして。髪もいい加減伸ばせ。そのままじゃ着物も着れんだろう」


 私はそろそろ怒りも忘れてため息をついた。


 竜之介は結構な家の長男で、彼自身古風な考えが根付いている。男子はこう、女子はかくあるべし、というのが骨の髄までしみこんでいるのだ。


 だから私に会うたびにあれこれと文句をつけてくる。やれ髪が短い、やれはしたない振る舞いはやめろ、それもしつこいくらいに同じことを何度も言う。


 しかもこの竜之介、私の幼稚園の頃からずっと一緒ときている。事あるごとに私に突っかかることを同級生たちは見て、仲がいいんだねと噂する。付き合っちゃいなよと言われたことも一度や二度じゃない。


 私は諦めて隣を通り過ぎる。その肩を竜之介の大きな手が掴む。


「安樹。話が終わってない」


「もういい。何話したって平行線だ」


 だけど、私の方は死んでも竜之介と付き合うのは御免だ。小言で耳が痛くて一緒にいるのが耐えられない。


 たぶん私が恋愛に嫌気がさしたのは、竜之介と噂されたことが原因だ。絶対そうに決まっている。


「実家の方に顔を出せ」


「断る」


 母が結婚してから一度も戻らなかった古い家なんて、私だって行きたくないに決まっている。


「あすちゃん、お疲れ」


 ふいに私の後ろから馴染みの声が近づいてきた。ミハルだった。


「あれ、リュウちゃん?」


 ミハルの姿をみとめるなり、竜之介は眉をひそめる。露骨に舌打ちをして踵を返す。


「なんだったの? あすちゃん」


 去っていく竜之介にほっとして、私はミハルの手を握った。


「いつもの小言」


「リュウちゃんも懲りないねぇ」


 ミハルはあははと笑って私の手を握り返す。


「大丈夫?」


 私はちょっとだけ顔を歪める。


 竜之介の嫌なところは、昔から私より何でもできたところだ。それが女のお前じゃ敵わないといわれているようで腹が立ったから、つい私も対抗心を燃やして躍起になった。


 そりゃ、力じゃ敵わないかもしれないけど。勉強なら、無事同じ大学に入った時点で同等じゃないか。偉そうに見下ろすのはやめてほしい。


「リュウちゃんに振り回されちゃ駄目だよ、あすちゃん」


 ふいにミハルが笑みを消して私を覗き込む。


 ミハルはかわいらしい顔立ちだけど私よりは背が高い。初めて彼に背を抜かれた時は本気で泣いたなと、ぼんやりと思う。


「平気。子どもの頃みたいに、闇雲に殴りかかったりしないよ」


 いつだったか、竜之介のあんまりな言い様に腹を立てて殴りかかったことがあった。あまりに小さい頃なので、その後どうなったかは覚えてないけど。


「……リュウちゃんにも困ったなぁ」


 何気なく言ったミハルは、いつもの優しい笑顔だった。

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