推理
本当の自分がわからなくなった。
親のために、世間体のためにいい子を演じてきた。友人からはいい奴だと言われいい奴を演じた。
優秀だった兄が大学受験に失敗して引きこもりになってからは親の期待は僕に向けられた。もしかしたら、期待されていると自分が勝手に思っていたのかもしれない。そこからは、親の顔色を伺い親の理想になれるように合わせていた。しかし、僕は高校受験に失敗し自分はできない人間なんだ、人の期待に応えられない人間なんだと自分の限界に気付いた。同時に、今まで誰にでも合わせてきた自分を嫌いになった。
高校生活2ヶ月目。高校には慣れたが、誰とも関係を持たずにひっそりと生活していた。
授業が終わり必要最低限のものが入ったリュックを背負い、行きつけの喫茶店へ向かう。
カラン カラン
ドアに取り付けられた鈴が鳴る
いつもの端の席に座り小説を取り出し周りを見渡す。
(相変わらず人が少ないな。)
店内は細かな所まで清掃が行き届いている。、アンティークが散りばめられたインテリア、少し大きめなBGM、最低限の間接照明の明かりを窓から入ってくる優しく温かな陽の光が補填し、心を落ち着かせてくれる。
(いつもと変わらず落ち着けるな・・・)
何よりも、入った時に出迎えてくれるマスターの温かな笑顔がとても心地よい。
「今日もコーヒーでいいかな?」
見た目通りの落ち着いた声で聞かれる
「はい、氷少なめのブラックでお願いします」
ここのコーヒーはアラビカ種70%とインド産ロブ種のブレンド豆を使っているらしい。
いつも、客が少なく潰れたりしないのかと周りを見渡した時、マスターがそれを察したのかように
「わたしはここのお店を趣味で営んでいます。飲んで美味しい、食べて美味しいと笑ってくれるお客様の笑顔のために営業させていただいております。普段は細々と会社を経営しているんですよ(ニコッ)」
おしゃべり好きのマスターが言う
「へぇ、そうなんですね」
もっと上手い返しがあったのではないかと思うが、それよりもよく人を見ている人なんだなと感じた。
この喫茶店に通うきっかけはもちろんお店の雰囲気、マスターの人の良さもあるが、別の理由もあった。
高校生活1ヶ月目のこと、土砂降りの雨の中傘もささずに同じ制服を着た、腰まである長い黒髪の女性がこの店に入っていくのを見た。引き込まれるようにその店に入っていった。
中に入るとその女性は端の席に座りノートパソコンを開き、大きなヘッドフォンを付けカタカタと作業をし始めた。それを見たマスターはゆっくりと音を立てずにホットコーヒーを女性の隣に置く。
それをじっと見ていた僕にマスターが近寄り注文を聞く。
「アイスコーヒー、氷少なめでお願いします」
「かしこまりました」
暇つぶしのアイテムを何も持っていなかった僕はとりあえず学校で出された課題を出し、彼女を横目に作業をし始めた。
「アイスコーヒー氷少なめでございます」
「ありがとうございます」
彼女を不思議そうに見ていた僕にマスターが
「同じ制服だね。君も山南の生徒かな?」
「はい」
「紀伊はいつもあそこで小説を書いているんですよ。パソコンを買い与えてからは小説を書くことに熱中しましてね」
「キイ?」
「はい、わたしの孫でございます。親と仲が悪くわたしの住むこの町の高校に通いたいと現在は二人で暮らしています」
「はぁ」
と、マスターが戻っていった。
課題が終わり、会計をしようとレジに行くと
「あのーもしよろしければ、キイと仲良くしてくださいませんか?」
「はぁ」
「ありがとうございます」
イエスと言ったつもりはないのだがお礼を言われた。
「学生さんからお金はいただきませんよ」
「えつ、でも」
ニコッとされ
「あ、ありがとうございます」
これがここに通う一番の理由だった。
そこから、1ヶ月経つが未だに彼女と話をしたことがない。彼女が小説を書いていると聞いたので、アピールのために小説を読み始め、たまに彼女がこちらを見て目が合うくらいだ。何なら、マスターと仲良くなっていった。
喫茶店に行く前に図書室で本を借りようと3階まで階段を登った。
(はぁ、運動してないから息が切れるわ・・・)
階段を上がり、図書室に入る。
(今日もミステリーを借りるか。あ、いや待てよ。テストまであと二週間じゃん。借りている暇ないな)
本を選んでいると
「てめぇ、何やってんだー。」
外から怒号が聞こえた。
「スパイク忘れたって⁉やる気ねぇのか?やる気がないなら帰れ!!」
気になってグラウンドを見渡せるベランダに出る。
(かわいそうに・・・。忘れ物しただけでやる気ない判定かよ)
本は諦め、昇降口を出て、校門に向かって歩いて行く
トボトボと歩くユニフォーム姿の生徒とすれ違う。
電車を乗り継ぎ地元の駅へ向かい、歩いて喫茶店へ向かう。
喫茶店に入ると、すでに橋の席に彼女が座っていた。彼女を横目に反対の橋の席に座る。注文のお伺いとともにマスターが話しかけてくる。
「昨日、キイがふじくんの話をしたんですよ」
「えっ⁉僕の話ですか?」
驚きを隠せなかった。
「はい、昨日夕食のとき『おじいちゃん、あの彼よくいるね』と言っていました」
「あー、なるほど。やっと認識されたレベルなんですね」
まぁ、しょうがないかと思いながらもショックを受ける。
「いえいえ、大きな進歩でございます」
「はぁ、そうですか・・・」
「今日は小説はお読みにならないのですか?」
「テストが近いもので、苦手な歴史から手を付けていこうかなと」
「なるほど。歴史ですね。頑張ってくださいね」
ウンチクを話そうとしたのか、何か言いたげだった
「キイさんは勉強している様子がないようですが、大丈夫なんですかね?」
「そうですね。確かに見たことがありませんね。まぁ、本人にそこは任せているので口だしはしません」
「なるほど・・・」
「そういえば、ふじくんの話だけでなく学校の話を聞きました。何でもアメフト部の生徒の持ち物が盗まれたとか。そしたら、翌日下駄箱に戻してあったと聞きました。」
「はぁ、返ってきたので一件落着ですね」
「いえいえ、なぜ盗んだのでしょう?なぜ、使われないで返ってきたのでしょう?それで生徒の中で犯人探しが始まっているとか。」
「盗まれたものは何ですか?」
「新品のランニングシューズとそのシューズが入っているケースごと盗まれたらしいです」
「なるほど。新品のランニングシューズですか」
「最近、ふじくんはミステリー小説読んでるじゃないですか。少し、考えてみませんか?」
確かに、読んでいるが解決して「なるほどねぇ」と思っている程度でしか読んではいない。推理しようとしたことは一度もない。
「キイが珍しく目を輝かせて何でだろうと聞いてくるので、格好良く答えてあげたいなと」
笑いながらマスターが言う。
「考えてみたいですけど、聞き込みをしたりしないと・・・」
「少しですが、キイが聞き込みをしていました」
「え!?キイさんがですか?」
「はいそうでございます。キイが昼休み教室で本を読んでいたところ・・・
女子生徒A「ねぇ、犯人誰だと思う?」
女子生徒B「普通に考えてランニングシューズ盗むのは陸上部じゃね?ランニングシューズなんて陸上部以外使わないでしょ」
女子生徒C「じゃぁ、あの新井くんじゃね?」
女子生徒D「違うと思う。だってわたし、見たんだよね」
女子生徒ABC「えー⁉」
女子生徒D「直接見たわけじゃないんだけど・・・。トランペットの楽譜を教室に忘れて取りに行った時、教室からガタンッ音がして教室に入るのとっさにやめたんだよね。そしたら、背が高くてガタイがいい子の影が床に写っているのが見えて・・・怖くて、音楽室に戻ろうとしたんだ。でも、楽譜取りに行くの思い出して、誰もいないのを確認して教室に入ったんだよね。そしたら、アメフト部の溝口くんの机が倒れていて・・・」
女子生徒A「直接見たわけじゃないけど確かな証言だね」
女子生徒B「でも、新井くん背が高くないし、ヒョロヒョロじゃね?」
女子生徒C「事件は迷宮入りだね」
このような会話を聞いたらしいです。」
とマスターが必死に女子生徒の声真似をした。キイさんが聞き込みしたと聞いたが、盗み聞きであった。
「なるほど。部活は詳しくありませんが、ランニングシューズなら運動部全般使うのではないでしょうか?」
「私もそうだと思い、キイに聞いたところグラウンドの外を走る時ランニングシューズを履くらしいのです。グラウンドではそれぞれの専用シューズを履くそうです。その日外周を走った部活は、アメフト部、陸上部、ハンドボール部だけであったそうです」
「なるほど。じゃぁ、容疑者はある程度絞れますね。まず、ピンポイントでアメフト部の生徒の机が倒されているので、同じクラスの生徒のであると思います。キイさんのクラスでその3つの部活に所属している人って分かったりしますかね?」
「抜かりはありません。聞いております。アメフト部の佐橋さん。この方が今回の被害者ですね。同じくアメフト部の岡崎さん。陸上部の新井さん。サッカー部の岸本さん、比留間さんでございます。影の特徴から絞りますと、アメフト部の岡崎さん、サッカー部の岸本さんですね。それ以外のお方は背が低く、ガタイもあまり良くないとお聞きしています。」
「お孫さん、探偵みたいに調べていますね」
「はい、自慢の孫でございます」
「そこまで、わかっているならあとはアリバイがあるかないかじゃないですか?」
「そうなんです。アメフト部の岡崎さんは被害者の方と一緒に練習に参加しているのでアリバイがございます」
「じゃぁ、岸本で決まりじゃないですか。岸本を何度か見たことありますけどかなりの大男ですよ」
「そうでございます。しかし、その方は怪我で部活を見学されているそうです。つまり、白であると言えます」
「じゃぁ、お手上げですね」
「はい。ですからふじくんにもご意見をお聞きしようかと」
(いや、もうお手上げですよ)
と、思いながら聞いた
「1つ疑問が出たのですが、なぜ犯人はランニングシューズを盗って、使用せずに戻したのですかね」
「それも謎でございます。やはり、運動部ですから厳しい先生が顧問をされていると思います。忘れ物をするとかなり怒られるのではないでしょうか?それを恐れて・・・とか?」
「あるかもしれないですね。でも、怒られるよりも盗むことを選択するのはかなりメンタル弱いですね」
「そういうお方もいるのではないでしょうか。怒られる恐怖に追いやられ、正しい選択ができなくなってしまう」
「変な奴もいたもんですね。まぁ、図書室まで怒鳴り声が聞こえるくらい怒り方が尋常でないですから。まぁ、盗んだ理由はそう想定しておきましょう。ですが、使用せずに戻したというのがわかりません。もし、ランニングシューズを盗みそれを使って練習に参加できたなら汚れているはずです。盗まれた日の前日は雨が降っていてグランドはぬかるんでいて、靴で走ろうものならば汚れるはずですから」
「コンクリートを走ったのでは?」
「はい。それも考えたのですが必ずグラウンドで準備体操してから外周を走っていますから、コンクリートの道路だけを盗んだ新品のシューズで走るのは不可能だと思います」
「なるほど。では、どういうことなのでしょう?」
「間違ったんじゃない?」
初めて聞いた声。
「き、キイさん?」
「盗んだものが目的のものじゃなかったから、使用せずに元に戻した」
風鈴のように聴き心地の良い声だ
「い、いつから聞いてたの?」
「そんなのはどうでもいいでしょ?」
「ふじくん、キイさんは序盤から聞いていましたよ。ヘッドフォンを少しズラしていましたし、何より音楽プレーヤーに接続されていませんでした」
「おじいちゃん、今はそんなことどうでもいいでしょう!で、私の意見はどうなの?」
「あ、あぁ。確かに、目的のものじゃなければ使用せずに戻したという結果に納得がいく。ただ、新しい疑問が出てくる」
「新しい疑問って?」「新しい疑問とは?」
マスター、キイが同時に言葉を発する。
「ほら、ピンポイントで被害者の席を狙ったでしょ?ってことはアメフト部が持っている何が欲しかったんだろう?」
「確かにそうね」
いつの間にか隣の席に座っていたキイ
「ユニフォーム?ヘルメットみたいなやつ?」
キイが言う
「いや、アメフト部は練習の時は学校指定の体操着を着ているし、ヘルメットみたいなやつというかヘルメットなんだけどそれは部室にある。ショルダーパッドなどの諸々の道具も部室にあると思う」
「じゃぁ、余計謎が深まるばかりじゃない」
感情がもろに口調に現れるし、顔にも出る
「二人とも仲が良さそうですね」
嬉しそうにマスターが言う。
「やめて、おじいちゃん」
真顔で拒否するキイ
こんなに考えているのに拒否された僕は少し苛立ちを覚えた
「迷宮入りですね。もう遅いので帰ります」
バッグを持ち店を出る。すると、察したマスターが店の外まで出てきた。
「また、お待ちしていますね」
「はい」
コンビニに寄り夕食を買う。
「こちら温めますかー」
店員が気持ちのこもっていない声で言う
「いや、ご飯は冷たいのが好きなのでいいです」
いや、そんなことまで聞いてねぇよみたいな顔をされる。一人暮らしをして自炊をしたことが一度もない。
もうすでに日が落ち街灯が道を照らしている。
「あー、わかんねぇ」
と独り言を言いながら帰宅した。
誰が作ったかもわからない、味が濃いコンビニ弁当を食べるとベッドの上に倒れこむ。そのまま、寝てしまった。
朝起きて、風呂に入った。朝飯を抜いて登校した。
授業中もあの事件を考えていた。アメフト部の何が欲しかったのか。そして、「アメフト部の持ち物」を知っている人ということで容疑者を絞れるが絞り過ぎて容疑者がゼロになった。仮に、「アメフト部の持ち物」を知っている人ということだけで考えたら同じクラスのアメフト部岡崎だ。だが、アリバイがある。
—もう考えるのは止めよう。
帰りのHRが終わり、昇降口に向かう。すると、サッカー部のであろうスパイクが一足無造作に置かれていた。
(スポーツマンなら靴ぐらい揃えろよな)
タッタッタッタッ
また、後ろから足音が聞こえる。
「あれ、山下くん?山下冨士くん?」
後ろを振り返ると、小柄なサッカー部がいた。いつか図書室から見た、こっぴどく怒られていた人か。
「は、はぁ。山下ですが」
誰だこいつ?と表情に出して言ってみた。
「え、僕誰かわからない?同じ委員会の比留間だよ」
寂しそうな表情をして、罪悪感に駆られる。
「あぁ、比留間くんか。これから、部活か?」
「よかった、覚えていてくれて。そうなんだ。あんまり行きたくないんだけどね」
「そっか。まぁ、頑張れ」
理由を聞いて欲しそうだったが、面倒だったので聞かないで話を終わらせた。サッカー用のスパイクを揃えて比留間の目の前に置いた。
「ん?これは僕のじゃないよ?」
「え!?だってこれ、サッカー用のスパイクだろ?」
「そうだけど・・・。多分アメフト部のじゃないかな?取り替え式のスパイクは審判によっては使えない時もあるから、うちの部では念の為禁止されているんだ!」
「へぇ、そうなんか」
言い終わる前に自分の靴を履いて、比留間は走ってグラウンドに向かった。
タッタッタッタッ
後ろから足音が聞こえる
「やべぇ、遅れるぅ」
独り言を言いながらガタイのいい男が先ほど揃えたスパイクを履こうとする。
(あれ、アメフト部じゃん。)
「ね、ねえ、そのスパイクあなたのですか?」
気になってしまったことを口に出してしまう
「あぁ?そうだよ。遅れるから。じゃあな」
と、少しイラついた声で言ってグラウンドへ出て行った。
帰宅途中、スポーツショップに寄った。
サッカー用のスパイクを見ていると店員が近づいてきて
「何かお探しでしょうか?」
「あっ、いえ。アメフトの道具を探していまして」
「あー!なるほどですね!プレースキッカーのポジションなんですね!」
「ぷ、プレース?」
「そうでございます!ご存知ないでしょうか?あれ、アメフトをされているお客様でないのでしょうか?」
「あ、いえ。やろーかなと。ハハッ」
聞きたいことが聞けそうだったので店員に合わせた。
「なるほど。初心者のお客様ですね!」
「はい、そうですね。ちなみにですけど、アメフトの方がサッカー用のスパイクを買うことってあるんですか?」
「はい!時々いますよ!サッカー用の方が蹴りやすいということでご購入される方が!」
「あー、なるほど・・・。購入考えてみますね。また今度来ます」
「はい!お待ちしております!!」
外がオレンジ色に染まっていた。夕日を背にして喫茶店へ向かう。
何か思いつきそう。一度整理しよう。癖で鼻をつまむ。
「なるほど・・・。あっ、いやでもあの証言が」
ダメだ。あと少しなのに。独り言がどんどん出てくる。鼻が少し赤身を帯びるくらいつまんだ。夕日がジリジリと背中を焼いているような感じがした。
「あぁ、そういうことか」
カランカラン
喫茶店に入る。
「ふじくん、いらっしゃい」
「マスター、お話いいですか?」
何かを察したようにマスターはカウンター席へ誘導した。キイも察したように初めから僕の隣に座った。
「まず、犯人が分かったと思います」
二人は驚きもせずに続きを聞こうとした。
「いきなりですが、お二人はサッカー用のスパイクをアメフトでも使っている選手がいることはご存知ですか?」
「あまり、スポーツは詳しくないわ」
淡々と言う
「あるアメフトのポジションに限られたことですが実際にいます。もし、それを犯人が知っていると仮定したらサッカー部が容疑者にあがります」
「なるほど。そうですね。アメフト部が持っているかもと期待をして盗んだと」
マスターが落ち着いた声で言う
「はい。サッカー用のスパイクをアメフト部が使っている、しかし盗んだあと、スパイクではなく、中に入っていたものがランニングシューズだったので、翌日使用せずに元に戻しておく」
「つじつまが合うわね。でも、サッカー部は体格的に証言と合わないんじゃなかった?」
うなづきながら、キイが言う
「そこなんです」
「えっ、もしかしてわかってないの??」
「いえいえっ。ここに来る途中にわかりました」
「どうゆうこと?」
僕に顔を近ずけて言う
「女子生徒の証言を覚えていますか?」
「確か、大きくてガタイがいい人だったかしら?‘」
「そうです。あっ、まだギリギリ大丈夫だと思うので一度、外に出ましょう」
何も言わずに二人はついて来る
「さぁ、影を見てください」
「見てるわよ。だから何?」
「気づきませんか?影が伸びて大きく見えることに」
「あっ」
「そうです。女子生徒は盗んだ人を生で見たわけじゃない。影を見たんです。夕日で伸びて大きくなった影を」
「いや待って、でも身長が高いだけじゃない?ガタイがいい人には見えないわよ?」
「そうですね。じゃぁ、このバッグを僕のお腹に入れてみます」
「あっ・・・」
「そうです。ランニングシューズが入ったケースをお腹に入れた犯人を、女子生徒が影を通して見たんです」
カランカラン
「なるほどね。そういうことだったのね。」
「はい。影のおかげで身長が高いと錯覚しているので、小柄な人でも容疑者になります。」
「そうね。違ったらただの妄想になってしまうわね。その条件に当てはまる人物に心当たりがあるのね?」
無言でゆっくりと頷いた。
五分くらい沈黙が続いた。
「ふじくん、素晴らしいですね。本当に解決してしまいました。何だかとてもスッキリしました。もしよろしければ、晩御飯でもどうですか?」
「ちょっと、おじいちゃん!!」
「キイも気になっていたことが解決してスッキリしているんだろう?今日くらいいいじゃないか。賑やかな食卓も」
「はぁ。まぁ、そうね。あなたのおかげでスッキリしたわ。ありがとう」
「ふじくん。どうでしょうか?君の話がもっと聞きたい。」
「じゃぁ、お言葉に甘えて」
役に立てたのかな。自分が人の役に立てたのかな。とてもいい気分だ。
普段は、店の二階を住居として使っており、そこで夕食をとるらしいのだが、三人なのでお店のテーブルを使って夕食を食べた。
僕の一人暮らし生活の中で大変だったこと、面白かったことをたくさん話した。
「ふじ、もっと早く解決しなさいよ!ずっと、何か詰まっている感じがして気持ち悪かったわ!」
「いや、もっと感謝しろよ。キイ一人じゃ解決できなかっただろ」
「私の聞き込みあっての解決でしょ?てか、呼び捨てにしないでよ!」
「こっちのセリフだ」
笑っているマスターを横目にこんな他愛もない会話を繰り広げた。
翌日、たまたま下校時間に遭遇したキイと共に「サッカー部の比留間」のもとへ向かった。
比留間は教室で一人着替えていた。
「比留間。話があるんだ」
恐らく盗んだ時と同じ時間であろう。キイは壁にもたれかかっている。
「おぅ!山下くん!」
満面の笑みで返して来る
「お、おう・・・。げ、元気かい?」
我ながらアイスブレイクが下手だ。
「サッカー部は毎日練習で大変そうだね。確か顧問は体育教師の高松先生だっけか?あの人は怖そうだよな」
「あぁ、怖いってもんじゃないよ」
一瞬で表情が曇る
「そっか。比留間よく怒られているよな」
「あー、見ていたんだね。よく怒られているよ。その度に思い切りサッカーボールをぶつけられるんだ」
「そんなひどいことをするのか」
「理不尽に怒られてばかりさ」
「理不尽?」
「うん。試合で負けたら、僕がベンチで声をしっかり出してなかったからだっていって、怒鳴り散らすし。もう辛いんだ」
「だったら、辞めればいいじゃん」
「辞められないよ。両親は僕がサッカーを始める前、すごく仲が悪くて毎日喧嘩ばかりだったよ。でも、僕がサッカーを始めた頃から、二人が応援してくれて次第に仲が良くなっていたんだ。サッカーが僕たち家族を繋いでくれたんだ。」
「親、親、親って。親のためにやって楽しいのか?それで満足なのか?」
自分に言っているようだった。自分も勉強の成績だけが唯一、両親が話すきっかけとなってくれたからだ。
「楽しい、楽しくないじゃない。また、喧嘩ばかりの毎日になるなら辛くても続けるしかないんだ。それで、満足だ。」
「親のための人生でいいのか?」
「いいわけないだろ。でも、そうするしかないんだ」
「まぁ、本人がいいって言うならもう口出しはしない」
「そうしてくれ・・・」
比留間は拳を握りしめるが、すぐに開いた。
「で、山下くん話って終わりかい?」
「あ、あぁ。そうだったな。比留間・・・。単刀直入にいうが、アメフト部のランニングシューズを盗んだのは君じゃないのか?」
「なんで、そう思うの?」
目を反らして言う
初めての推理。気持ちが高ぶる。
「まず、犯行当日お前はスパイクを忘れ盗みを考えた。しかし、他の人サッカー部の連中から盗むのは不可能と考えた。そこで、アメフト部をターゲットにした。」
「なんで、アメフト部なんだい?」
「お前は、アメフト部が極稀に使っているサッカーのスパイクに目をつけた。なぜだか知らんがお前はそれを知っていた」
「ちょっと待って。僕がそんなことを知っているってなぜ思うんだい?」
「あぁ。この前昇降口で会ったよな?」
「うん、そうだね」
「その時、言ったこと覚えているか?」
「・・・・・・・・」
「お前は、俺がサッカー部のスパイクだと思っていたものをアメフト部だと言った。そんな知識を持っていない奴がそのスパイクをアメフト部だと思うこと自体おかしいだろ?」
「・・・・・・・・」
順序良く推理を話していく
「そこで、同じクラスのアメフト部がスパイクを持っていることに賭け盗んだ」
「でも、僕以外の人がその知識を持っていてもおかしくはないだろう?他のクラスのサッカー部が盗んだということもあるんじゃないか?」
「そうだな。それも考えたが、ピンポイントでアメフト部の佐橋の机が倒れていた。入学してまだ2ヶ月。クラスが10クラスあるこのマンモス校で部活、席の位置を把握するのは限りなく不可能に近い。だが、同じクラスだったら可能だよな?」
「なんか、君は探偵さんみたいだね。そうだよ。僕が盗んだんだ」
溜息をついてからそう言った。
「怒られないためだけに盗んだのか?」
「そうだよ。怒られないためだけに盗んだんだ」
比留間は一息つきまた話し始める。
「顧問の先生は何かと僕のせいにしてみんなの前で怒るんだ。何もしていないのに。ひどい時はボールをぶつけられる始末さ」
「それって、体罰じゃないか?」
「そうだよ。でも、今回は忘れ物をした自分に非がある。だから、いつも以上に怒られるんじゃないかって思った時に盗むことを考えたんだ。君は今回の件を先生に話すよね?」
「いや、別に。ただ、自分の推理があってるか確かめたかっただけだから。これで、この話はおしまい。時間とって悪かったな。まぁ、比留間も今の部活が嫌なら辞めて新しいこと始めてみるといいぞ」
「新しいことって言ったて・・・」
「俺は、最近あることがきっかけで本を読み始めた。まだ二か月だけど、いろんな本を読んだ。それがきっかけで、友達もできた。今まで、勉強勉強で辛かったけど、今は読書っていう趣味ができて毎日が楽しい」
(そうだ。あの喫茶店で本を読むようになり、きいと話すようになってからは楽しいと感じるようになった。)
「そうなんだ。考えてみるよ」
少し笑みを浮かべながら言った。
比留間はそのまま部活に向かった。
「ふじ、私たちも帰りましょう」
「あぁ」
きいとは何も話さず、喫茶店へ向かった。
「事件は解決できましたか?」
ニコリと笑顔で話しかけるマスター。
「ふじの推理通りだったよ」
「そうですか。解決したのに浮かない顔ですね?」
マスターは自分の浮かない表情に何かを察した
「・・・はい。自分は今まで人の顔色をうかがいながら生きてきました。比留間も同じだったんです。比留間に対して言っていることが全部自分に言っているようで・・・」
「そうですか」
「ですが、ふじくんは今そう感じているからこそ彼に言うことができたんですよね?昔の自分が嫌だった。そんな風になって欲しくない。それはふじくんの優しさですよ」
「そう言っていただけると、助かります」
「まぁ、とりあえず一件落着ってことね」
「そうですね。ところで、きい。せっかくふじくんというお友達もできたことですし、何か部活に入るというのはどうですか?」
「何言ってんのおじいちゃん。他人以上友達未満よ。しかも、どの部活も興味がないし」
「えっ、友達じゃないの?あっ、でも他人以上にはなれたんだ」
「何喜んでんのよ。気持ち悪い」
「どの部活にも興味がないのなら、興味あるもので部活を作ってみるのはどうでしょうか?」
「部活かぁ。俺も興味ある部活がないけど、興味あるもので部活を作るのはありだなぁ」
「そうですねぇ、例えば小説を書く部活とかはどうでしょうか?」
「いや、俺読むのは好きだけど・・・」
「部活になれば誰かに読んでもらう機会も増えることですし、きいは小説家になるための腕試しができますよ?」
「うっ。確かに」
「では、決まりですね。お二人で部活を作ってみましょう」
「え、俺の意見は?」
「ふじ、とりあえず昼休みどこかに集合ね。とりあえず、連絡先の交換しましょ」
「あ、はい」