下の巻
1/
開拓地に作られた簡素な木造の神殿。そこでオリヴィエは死者の弔いを行っていた。
遺体の無い行商人の空の棺桶には荷馬車から回収した遺品を詰め、
冒険者の棺桶には丸に十字の紋の羽織を詰める。これは弥十郎たっての頼みだ。
その意図は分からなかったが、きっと大切な事なのだろうと彼女は考えた。
葬儀の費用は三人で負担した。誰が言い出したのでもない、全員が一様にそうしたのだ。
慈母神に死者の魂の安息を祈り、そして懺悔する。彼女は弥十郎たちに嘘を吐いていた。
“啓示”を嬉しく思ったのは本当だが、森を出た彼女に待っていたのは残酷な現実だった。
神殿は“啓示”を得た森守という存在を疎み、オリヴィエを厄介者のように扱ってきた。
唯人が信仰する神が、どうして無信心な森守に御力を貸すのか。
彼等は開拓地という僻地かつ危険地帯に彼女を送り込み、それで良しとした。
種族の差に愕然としていた彼女の心を救ったのは、命を懸けて守ってくれた唯人の護衛。
だがオリヴィエには彼を助ける事はできなかった。その後悔はこれからも背負っていくのだろう。
この開拓地で出会った唯人と虎人。初めて出来た異種族の仲間たち。
そこに見えた希望と、彼等を守れた事への誇りを胸に彼女は戦う決意を固める。
それは坑道の戦いよりも困難なものになるかもしれない。
だが慈母神が力を与えてくれたのは、きっとそうする為なのだろうから。
2/
弥十郎は墓地にある無銘の墓石の前に立った。護衛の冒険者の物だ。
そして、おもむろに小刀を取り出すと名前を深く刻み付ける。
これが今の弥十郎に出来る最大の弔いだった。
怯える門番の横を通り抜けて三度街道を歩む。
“不動一念流”との関係が悪化した以上、この開拓地には居られない。
次の逗留先となる道場を探すべく、新たな旅へと向かう。
「おおい」
背後からする声に振り返ると、そこには遠くからでも分かる虎人の巨躯。
袈裟に袋をかけた李趙が手を振って歩いてくる。
何用か、と弥十郎が訊ねると武侠は大いに笑いながら答えた。
「まだ借りが返しきれていない。返し終わるまで付いて行くぞ」
借りというのならば十二分に返してもらった、と弥十郎。
李趙がいなければ坑道で己は無念の内に死していただろう。
その返答を虎人は鼻を鳴らしながら手で拒否を示す。
「それを決めるのは俺だ。俺は俺のやりたいようにやる。
次の目的地も決まっておるまい? ならば旅は道連れよ」
それに弥十郎の作る飯は旨いしなと豪快に笑いながら背を叩く。
ややも呆れながら弥十郎は共に歩く。己はこの無頼漢が嫌いではなかった。
葬送の鐘の音が聞こえ、弥十郎は足を止めて黙祷を捧げた。
“友よ。あの時、お主は望んでいた冒険者と成れたのか”
問う声は誰の耳にも届かぬだろう。聞こえたとしても返す者はいない。
弥十郎は歩む。己が何を目指しているのか、まだ答えは出せぬ。
だから、冒険者として世界を見て回ろうと決めたのだ。
まずは観るより始めよ。時間はまだある。答えを出すのはそれからで良い。