先輩たちの愚痴 その2
「そんでさぁ、話を戻すけど、この三人で最後に演奏したのいつやったけ?」
と拓哉が聞いてきた。
「夏休みの最後の週辺りとちゃうか?」
と僕は記憶の糸を辿りながら応えた。
「そんなもんやんなぁ……合宿が終わってからは週に一回程度しか練習でけへんもんなぁ」
としんみりと拓哉は言った。どうやら拓哉はもっと僕たちのバンドでの練習がしたかったようだ。
その気持ちはよく分かる。
「お前の補講もあったしな……」
と哲也が付け足すように拓哉に言った。哲也も同じように思っていたようだ。
「せやねん……もう三年やもんなぁ……」
と拓哉はいうとため息をついた。受験生は大変である。
里親の責任と全体演奏の課題が増えた上に吹部との合同オーケストラも加わったので、僕たちのバンドとしての練習時間はどんどん削られていった。それに僕たちは三年生だ。拓哉は受験勉強に本腰を入れ始めた。
ただでさえ貴重なバンドの演奏時間が、仕方がないことだと理解していながらも削られるのが僕たちは少し残念だった。
「去年の夏まではユルイ部活やったのになぁ……」
と哲也が言った。
「ホンマにな。それだけが取り柄のええ部活やったのに……」
と拓哉が頷いた。
「オーケストラとかやり出したからとちゃうか?」
と僕が言うと
「そうそう。去年のクリスマスコンサートが決まてからは練習も毎日になったやん?」
拓哉が話を続け
「そうやったなぁ……でも、あれはあれで楽しかったからええねんけど……拓哉もそう思うやろ?」
哲也も納得していた。
「せやねん。アダージョもオーケストラもそれはそれで楽しいし、ダニーに指揮してもらえるのも嬉しいし感謝もしてるねん」
「そうやろ?」
「けどなぁ……」
と最後は三人でお互いの顔を見合わせながら僕たちはため息をついた。
確かに今は部活として充実している。どこに出しても恥ずかしくない『器楽部』である。いやもう『弦楽部』『オーケストラ部』と言ってもいいかもしれない。
後輩たちの成長も著しい。こんな普通科の学校でオーケストラもできる。それも指揮をしているのは世界的な巨匠と言われる指揮者である。おまけに夏の合宿以降はプロのオーケストラの楽団員が定期的に指導に来てくれるようにもなった。
これのどこに不平不満を言う筋合いがあるというのだろうか?
それを分かった上で僕たちは言う。
「でもなぁ……」
と。
三人ともそれからしばらく言葉が出なかった。
それを打ち破るように
「あ、そうそう。今日のパーリー会議な。内容は後でお前も聞くと思うけど、お前にも先に言うとくわ」
と哲也が口を開いた。
「三年生の引退時期やけど、今年は十月にしよか? って部長が言うてた」
「冴子が?」
と僕は聞き返した。
「ああ。そうや」
「ああ、もうそんな時期かぁ……今年は早いな」
昨年の三年生は二人は推薦で合格を勝ち得ていたし、本来なら藝大希望で最後の追い込み中の彩音先輩も何故か年明けまで普通に部活動していた。
「去年の先輩たちは参考にならんし、お前らも関係ないやろ?」
と拓哉は僕たちの顔を見比べて笑いながら言った。
僕は藝大、哲也は音大進学希望である。拓哉とは少し立ち位置が違っていた。
「せやな。俺も哲也も年明けまで部活できるけどな」
と僕が笑いながら言うと哲也も頷いた。
「そういうことで来週頭に三年生会議するって。そこで三年生の正式な引退時期と後の役員人事を決めるって冴子が言うとったわ。お前も考えとけな」
「なるほどね。そろそろ決めとかなアカンなぁ……」
と僕は頷いた。
もっとも今年の三年生も、僕とか哲也みたいに年明けまで部活動していても平気だと言いかねない奴らの方が多いと思っていたのだが……。
「で、それはそうと、お前、聞いたか?」
と哲也が思い出したように口を開いた。
2025.05.08 加筆修正




